二文乙六 天秤 (6)近寄らないで貰えないかな?

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は高校二年生。

 強気の留学生エリーと、ツンデレながらも愛情深い彼女「ベーデ」に挟まれて、心身共に忙しい毎日。

 最近、ベーデとギクシャクしがちな駿河は、遅まきながら努力を始めるが、すれ違う二人の間に新たな隙間風が。

 そこでエリーが一肌脱ぐことに。

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「愛想尽かされても仕方ないのかも…。」

「まだ負けたと決まった訳じゃないデショ?」

「そうだけど。」


「負けは気持ちから始まりマス。押し付けは迷惑デスけれども、心が離れていないのナラバ、気持ちはきちんと伝え続けるベキデス。」

「君は良いよね、当事者じゃないから…。」

「そうですよ、当事者ではないから冷静に分析と提言を出来るんデス。」

「まあ、そうかも知れないけれど…。」


「ダ・カ・ラ~、勝負する前から気持ちで負けたら駄目デス。もっと姿勢を良くして顔を上げて行かなくちゃ不可いけマセン!」

「うん…。」


「モウ! 普段の姿勢からして負けてるじゃアリマセンカ。しゃんとシテ!」

「だって、此処にはベーデが居ないし。」

「ソウイウ心掛けが不可マセン。何デスか! 女の子ミタイに足をずるずる引きずって!」


 僕は言うに言われぬ切ない心境で、足駄をガーララゴーロロと引き摺りながら、確かにエリーの言う通り煮え切らない態度で歩いていた。


「ほら始まった。君お得意の精神論が。」

「恋愛は観念論が大事デス。」

「大事なのは気持ちだろう?」

「気持ちは観念に支配され、観念は気持ちに支配されマス。」

「どっちが先だい?」

「どっちが先ということはありマセン、でも強いて言えば同時デス。」

「同時じゃあ立ち行かないだろう。」

「其様なことはありません。鳥渡ちょっと其処に座りなさい。」


「もう良いよ。帰ろうよ。」

「良くありません。お座りナサイ。」

「何だよ…?」

「駿河は観念も気持ちもあまりに意識しないから駄目なんデス。」

「駄目、か?」

「そう、駄目です。きちんと自分の気持ちも観念も把握しなくては不可マセン。其の方法は人夫々ですが、あまりに意識しないと、後で気づかされる許りで、今度のように厄介なことになりマス。」


「うん、確かに常時いつも後から気付いてばかりだな。」

「でしょう? 鳥渡は自分に耳を傾けてあげなケレバ。」

「少し気をつけてみる。」

「よく出来マシタ。じゃ、帰りマショウ。」

「ああ。」


 *     *     *


「あのう。鳥渡ちょっと。」

「はい?」


 校門を出たところでいきなり男子学生が目の前に現れた。それもあまりに突然のことで僕は足駄が捻れて転びそうになった。

「ア、大丈夫?」

「ごめん、大丈夫、大丈夫。」

 エリーが右手を支えて呉れた。


「駿河、君かな?」

「人に名前を訊ねるときは、自分から名乗るものデス。それに此の国に駿河は掃いて捨てるほど居マス。もっと言うなら、ちゃんと『ですか?』と、最後まで言わなければ失礼でしょう?」

「エリー、良いから僕が話をするから。」


 そう、彼女血色ばんだのも、現れた男子学生が先日書店でベーデと一緒に居た彼だったからだ。

 何故、僕より先にエリーが其処まで血色ばんだのか分からなかったけれど、それが僕の緊張を解して呉れた。


「駿河轟なら僕ですが。僕をお捜しでしたか?」

「ええ、そう。話が。」

「何でしょう?」


 其のまま歩道の端に寄った。エリーが睨んでいる。


「アイさんに近寄らないで貰えないかな?」

「はぁ?」


 僕は其の発言の内容に我が耳を疑った。「別れて下さい」とか、「思い切って下さい」なら分かるけれど、いきなり「近寄らないで」とは何事か?


ういうことでしょう?」

「アイさんは、釣り合わない君に付きまとわれて迷惑をしている。」


「迷惑…、ですか?」

「そう。」


 彼の言葉遣いが、其のさっぱりとした恰好とは違って急にぞんざいになのが段々癪に障ってきた。


「それは彼女がそう言ったんですか?」

「言わなくても気付きなよ。自分が不似合いだ、なんてことくらい。」

「似合うか似合わないかは、当人同士の気持ちの問題で、見た目の問題ではないと思いますが。」

「其の恰好でよく其様な事を言えるね。これだから一高ここの貧乏人は嫌なんだ。」


(弊衣破帽の何たるかも分からずに、外見だけで判断する厭な奴ですね。駿河、此奴に私のカードを見せてやりましょうか?)

(それは僕じゃなくて、「君が」お金持ちだってことだろ? 然も、「君のお家」がお金持ちだってこと。)


 僕はエリーに囁いてから、もう立ち去ろうと思った。


「用件はそれだけですか?」

「分かったね?」

「馬鹿馬鹿しい…。失礼します。」

「鳥渡待て。彼女に近付くなと言ったんだ。」

「見ず知らずの貴男に言われなくても、僕が直接確かめますから。」

「人が親切に、傷付かないように言ってやっているというのに…。」


「駿河、此様こんな男、殴って良いですよ!」

「だから、僕のことだと思って勝手なこと言わないの。」

「だって、此奴こいつ非礼過ぎますよ!」

「ベーデに確かめれば良いだけのことだから。」

「貴男は腹が立たないの?」

「腹は立つけど、当人以外を相手にしても仕方がないでしょ?」


「ベーデがどうこう言う前に、此の男自体が失礼な存在じゃないですか。」

「そうだよ。だから、相手にしちゃ駄目なんだってば。」


「君達は、そうしてこそこそ誤魔化すしか出来ないのか?」

「ちゃんと聞こえるように言ってアゲマショウか?!」

「ヴィルヘルムスさんっ!」

「…ハイ…。」


「貴男が何を仰有おっしゃっているのか、僕にはさっぱり理解出来ないのでこれで失礼します。」

「鳥渡待て、彼女にもう連絡をするな。声一つかけるな。彼女が汚れる。」

「…!」


 僕より一瞬早く彼に足を出しそうになったエリーの制服の衿首を掴んで引き戻した。


「Elly, Danke für dein Besorgnis.(エリー、君の心遣いに感謝するよ。)」


 彼女の両肩を押さえて落ち着かせ、感謝の言葉を言っている最中に背後から声がした。


「君は外貨を稼ぎにでも来た其の成長し損ないの金髪とでお似合いだ。アイさんには二度と近づく…!。」


 僕は胸が冷たくなって振り返った。


「…此の娘に謝って下さい!」


 偶発的にでも殴らないように自分の手を後ろに回し、彼の前に歩み寄った。


「今直ぐ、此の娘を侮辱したその発言を謝って下さい。」

「…お前らに謝る必要なんかない。」


 それまでとは違う空気に多少怖じ気づいたのか、端切れの悪い開き直りの言葉が返ってきた。

 最早、交渉の余地は無かった。背後でエリーの鼻息が荒くなっている。

 彼女が飛び出して行かないように両手で通せんぼをしながら、目の前の男にゆっくりと言い聞かせた。


「…良いかぁ…?。喧嘩口上で、自分の名も名乗れないような貴様が何様だか知らないがな、これだけは覚えておけよ? 

 貴様のような日本人が此の国を駄目にしているんだ。

 其の目と、耳と、口は何のために付いているんだ? 

 其の綺麗にした頭の中には何が詰まっているんだ? 

 よく見て、聞いて、頭で考えてから言葉にしろ。」


「形勢不利になると今度は脅迫か…。久しぶりに日本に帰ってみれば、とんだ野蛮な奴らばかりだ。」

「Eine Bedrohung?(脅迫ですって?)」


 エリーは余程口惜しいのか、彼を殴れない焦れったさを僕の背中に頭をドスドス押しつけることで紛らわしている。


(分かった、分かったから。エリー…。)


「Hey, Shall I say it in English so you boy can understand?

(おい、お坊ちゃんにもわかるように英語で言ってやろうか?)

 If you can't get angry when you should, there's no point in being human.

(怒るべき時に怒れないような人間は、人間をやっている意味がないんだ。)

 And people like you who cannot understand the situation or the meaning of words are called fools.

(そして、貴様のように状況と立場を弁えずに物申す奴を、愚か者というんだ。)

 Did you understand? Don't play, baby!

(わかったか?! この甘えん坊野郎!)」

「…。」


「ェリィ、行くよ。」

「ベェェ!」


 *     *     *


「駿河、何故殴らなかったデスか?」

「殴った瞬間に、彼奴あいつと同じレベルになっちゃうでしょ?」

「デモ…。」


「確かに、君に対する侮辱は、確かに此の足駄で殴り付けてやっても良いくらいのものだった。」

「私のコトは馬鹿馬鹿しいを通り越しているカラ腹も立たないデスけれど、それより駿河の…。」


「僕のことはベーデに確かめれば良いだけのこと。」

「モシモ…、其様なことは絶対ナイと思うケド、モシモあの男が言っていたことが…。」


「…其の時は其の時さ。それはそれで仕方がない。」

「…。私の所為せい?」

「自意識過剰だよ。」

「ゴメナサイ…。」

「謝る必要なんか何処どこにもないさ。」


「私…。」

「良い? 僕がベーデに確かめてどういう結果になったかは、これまで相談にのって貰ったから君にはきちんと報告するよ。でも、それがどういう結果であれ、其のことを理由にして僕との関係をどうこう変化させるのは止めて呉れ。」

「あー、分かりマシタ。約束シマス。」


 *     *     *


 彼女の家に電話をすると、まだ帰っていなかった。

 二度目の時もまだ帰っていなかった。

 お母さんは、普段いつものように「帰って来たら電話させましょうか?」と言って下さったけれど、もう遅いので迷惑になっては不可ないと、其の日は諦めることにした。


 翌朝早く、登校間際に電話が鳴った。彼女ベーデだった。


「朝早くに御免なさい。貴男なら、此の時間もう起きていると思って。」

「ご明察。もう出るところだよ。」

「今日、放課後に会える?」

「良いよ、時間作れる。」

「じゃあ、常時いつもの西村で。」

「ん。」


 *     *     *


 エリーに事情を話すと、其の日は早く帰って行った。


「…お待たせ…。」

「…いや、俺も今先刻さっき来たところだから…なんだぁ? どうした?」


 読んでいた文庫本から上げた視線の先、彼女の顔には頬から首にかけて湿布が貼られている。

 中学校の応援団の時でさえ、あれだけ殴られても無傷だったのに。


「…ん? 座って良い?」

「ああ、何にする?」

「ストロベリー・ジュース…。」

「聞いて良いのかな、其の…。」

「ごめんなさい!」

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