二文乙六 天秤 (5)自分がどれだけ脳天気だったか
【ここまでの粗筋】
天然系な主人公「駿河轟」は高校二年生。
強気の留学生エリーと、ツンデレながらも愛情深い彼女「ベーデ」に挟まれて、心身共に忙しい毎日。
相思相愛の想いが確かであった筈のベーデと、最近ギクシャクしがちな駿河は、遅まきながら努力を始めるが、すれ違う二人の間に新たな隙間風が。
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「え?」
ベーデが其の声に振り返っている。違った空気の示す通り、どうやら人連れらしい。
(誰だぁ?)
物陰から隠れ見している自分の姿と穏やかならぬ心境に、彼女に対して抱いている「独占欲」というものの片鱗を、我ながら初めて鮮明に感じた。
「アイちゃんの性格に合ってると思うんだけど。」
「どれ?」
ベーデが素直に覗き込んでいる。
僕が「お前の性格にぴったりだ」なんて言おうものなら即座に蹴られるか「誰も参考書で性格診断して欲しいなんて言ってないわよ!」とピシャリと言われるところだ。
(誰だ、アイちゃんって…?…あ、ベーデか…。そもそも、俺は何で隠れてるんだ?)
一旦隠れて了うと、人間、中々自然には出て行けなくなる。
「ん~、
(何だぁ? 其の丁寧な応対とお愛想笑いは?)
「そう、じゃあ、もう少し探してみるよ。」
声の主は制服姿。
僕よりも背が十㎝は高いだろう。髪の毛も《ある》し、髭も《ない》。
勿論、足駄ではなく、靴を履いている。同じ詰め襟の学生服だと言っても、腰に手拭いなんか下げていないし、ズボンにきちんと折れ目だってついている。
隙のないベーデと一緒に居る姿はどう見ても《お似合い》のカップルだ。
ベーデは再び般若のような顔(これを本人に言うとタコ殴りにされる)で書棚に向かった。
先程の《お似合い》の彼は穏やかな笑顔で別の書棚を、これぞ我が幸福とでも言うかのように喜々として選んでいる。
「これだ、これ。どうせお前なら短期決戦だろ。はい、終了~、ゲームセット、ノー・サイド~。帰るぞ、オイ。」と選んで彼女に無言で足蹴にされる僕とは大違いだ。
「これは? アイちゃん。」
「ん?」
(「ん?」 だぁ? 何、猫かぶってんだ?)
僕は妙に馴れ馴れしい態度で寄り添っている其の男子にも嫉妬していたが、それに懐いているベーデにもムカムカし始めていた。
「…何してんデスか?…」
「…うぇえ、
彼女が来て了ったら様子を伺うのは中止だ。
何せ金髪碧眼、三つ編みお下げが制服姿で動いているだけでも珍しいというのに、其の姿が僕と一緒に参考書コーナーなんかに居た日には目立ってしようがない。
「ハ? ベーデさんでしょ? ドシテ隠れマスか?…」
「…良いから!…、駄目だ…鳥渡出よう。…」
「…転進デスか?…」
「…そうそう、早く気づかれないように…」
「…分かったから押さないで下サイ…」
* * *
店の外に出て漸く一息つく。
「ベーデさんじゃあ、なかったんデスか?」
「ベーデだよ。ベーデだから出て来たんじゃない。」
「分かりマセンねぇ。ちゃんと声を掛ければ良いじゃありマセンか。」
「他の男子と一緒の所に声を掛けられるかい?」
「恋人なら、ちゃんと自分の権利を主張しないと他人に獲られちゃいマスよ?」
「此処はね、ヨーロッパやアフリカのサバンナじゃないの。」
「其様なこと言ッテ、もう、獲られちゃったんじゃないデスか?」
「えぇっ!」
「焦っているということは、困ってマスね。良いデス。では、早速、作戦会議をシマショウ!」
* * *
「
「駿河は生っちょろ過ぎマス。攻撃は最大の防御デス。」
「んー。エリーはさ、矢っ張り
「なーにを甘いことを言ってるんデスか。似合う似合わないじゃなくて、好きか好きじゃないかデショウ? 最初から勝負に負けてどうシマスか?」
「どうしよう…。」
「ん~、いっそ
「えー? どうしよう…。」
「…。何でベーデはこんな駿河が好きになったんデショウね…。」
「珍しくて癖になるからだって。」
「では到頭、飽きられマシタ?」
「かなぁ? アタタ」
「どっちなんデスか! ベーデと一緒に
「…居度いです…。」
「じゃあ、是が非でも取り戻さなくテハ
「…そう。」
「先ず、二、三日は様子窺いデスね。常時電話してマスか?」
「架かって来るのを待ってる。」
「ハ? じゃあ、今日は架けナサイ。」
「うん。聞いた方が良いかな?」
「今日は言わない方が良いデショウ。普段と違った感覚だったら、考えマショウ。」
* * *
其の晩、エリーの忠告通り、僕は珍しく自分から電話を架けた。
「あら珍しいこと。」
「今日は付き合ってやれなかったから。」
「申し訳ないって?」
「
「ありがと。鳥渡嬉しいわね。」
「参考書、決まったのか?」
「ん~? 駄目、決まらない。」
「どうして? ゆっくり選べたんじゃないのか?」
「何だか、焦点が定まらなくて決まらなかったわ。」
「ふ~ん。そうか。」
「あ、そうそう、来週は土曜日だけじゃなくて日曜日も埋まっちゃったから。」
「へ?」
「日曜日に何かあったか知ら? 貴男との約束。」
「否、決まったものは無かったけど。」
「あと、学園祭までは忙しいから、あまり会えないと思うわ。」
「え…。」
「なぁに? 月に一度の逢瀬になったって平気そうな貴男が今日は一体
「ん~、会い度い時も、ある。」
「時も?」
「
「何よ? 変よ、今日は。熱でもあるの?」
「明日も電話して良いかぁ?」
「ん~、明日は多分遅くなると思う。」
「明後日は?」
「明後日も。」
「明々後日は?」
「どうか知ら。空いていたら私が電話するわよ。」
「え~?」
「何よ? 一週間に一度の電話でも、眠いだの、会った時に話せば良いだろだの、言っていたくせに。本当に貴男、駿河? 私のミドルネーム由来の旧跡は?」
「ルルドの泉。」
「ああ、本当に駿河みたいねぇ。」
「まあ良いや。じゃあ、時間できたら電話呉れぇ。」
「分かったわよ。」
* * *
「自分がどれだけ能天気だったか分かったデスって?」
「うん…。」
「それは成長デスね。」
翌日の放課後、校門に向かいながら僕はエリーに愚痴をこぼしていた。
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