二文乙六 天秤 (4)あなたは私に最恵国待遇
【ここまでの粗筋】
天然系な主人公「駿河轟」は高校二年生。
強気の留学生エリーと、ツンデレでも愛情深い彼女「ベーデ」に挟まれて、全周囲から指摘しまくられる毎日。
相思相愛の想いは確かであった筈のベーデとの間が、最近どうにもギクシャクしがちな駿河は、遅まきながら「考える」ようになってきた。」
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「お前、俺の高校の第二ボタン、要るか?」
「は? 今から何を言ってるの? 卒業にはまだ一年半近くあるわよ。」
「来年の三月にエリーが帰国するから、其の時にプレゼントするって言っちまったものだから。」
「
「アイタタタ。」
「約束してから私に了解を得ても遅いでしょ?」
「ごめん。」
「良いわよ。別に。ああいうのはスタート時点の確認として大事なだけで、卒業する度に貰うようなものでもないし、二度目は一度目ほどの感動は無いでしょうし、そもそも『一緒に過ごしたもの』でこそ意味がある訳で。」
「何か? 俺は叩かれ損か?」
「此方向きなさい。あ、こら、逃げないの!」
「アタタ」
「叩かれた意味が分かってないわね。あげるあげないじゃなくて、事後承諾なのを叱られたんでしょ?」
「あああ、そうか、そうだった。」
「ところで、少しは成績上がったの?」
「先週の今週で分かる訳ないだろ。」
「少しは手応えってものがあるでしょ、勉強していれば。」
「俺の勉強法が一週間や二週間で手応えの分かるようなものだと思うか?」
「そう言われればそうね。」
「なんだ、お前が納得するときはデコピンなしか?」
「私の顔に指一本でも触れてご覧なさい。あなた次の瞬間には意識がないわよ…。」
「不平等条約だな…!」
「当たり前よ。常にあなたは私に最恵国待遇。」
「ゲ!」
「厭なの?」
「ん~。」
「全国模試で私に勝てたら条約改正の《検討》をしてさしあげても良くてよ。」
「俺は文明国じゃないってか。」
「同レベルになってこそ、不平等改正を検討出来るのは至極当然じゃないの。」
「それに言い返せない自分に猛烈に腹が立つな…。」
「じゃあ頑張りなさいよ。」
「勝てたら条約改正どころか領土割譲だな。」
「ええ、割譲どころか併合だって結構よ。」
「お前、出来ないと思ってるだろ?」
「此方向きなさい。」
「イタタ。」
「会話の行間を読みなさいよ、行間を! 私の折角の申出を…。」
「お前真っ赤だぞ? …待ーーーーーーった!」
ベーデが目を見開いて右手を大きく振りかぶった瞬間、
「分かった。分かったから。好意を無駄にしないように頑張るから。アイタタタ」
なんとかビンタがデコピンで済んだ。
「…最近、栄養が足りないわよ!」
「えーっと、えーっと…。」
「…模試で良い成績をとるために頑張ってる分、栄養が必要なのよ。」
「ん~…。」
「…。」
ベーデが黙るとカウントダウンが始まる予兆だ。
「お前が先回りしなくて済むように俺が横に並ぶから。」
「先回りして引っ張っては呉れないの?」
「それは求めてないだろ? お前は優秀だ。俺の手助けは必要ないくらいに。お前に必要なのは助力じゃなくて俺という心の安定だろ。だから、先ず心配だけ取り除いて、後は何時でもお前を受け止められる俺でいるから。」
「私は重いわよ。」
「何トンでも来い。」
「失礼ね! …でも行間を読んであげる。有り難う。」
「俺の栄養は?」
「私の存在そのものよ。」
「…つくづく不平等だな。」
「貴男が想うほどに私も成長するの。だから、貴男自身が言葉通りに努力すれば私も自ずと貴男の栄養になるわよ。分かった?」
「分かったような分からないような。」
「努力すれば分かるわよ。それともまだ制服が欲しいって言う? 物が無いとダメ?」
「!」
「何真っ赤になってんのよ。変なところで純情なんだから。」
* * *
秋になると、学校も色めき立ってくる。
晩秋の紀念祭を皮切りに屋内催事が多くなり、人と人の関係が濃密になってくるからだ。
夏までの群れとしての人間関係が、個としての人間関係へと変わってゆく。
それは多分に季節の粧いが人間にもたらす心的な変化に起因するものだということが分かってはいても、また、それが春の訪れと共にがらりと心変わりするかも知れないとも分かってはいても、人恋しくならざるを得ない青年期の性でもあった。
僕はと言えば、中学校でも、其の発芽はあったものの応援団に忙殺される(没頭する?)ことで有耶無耶のうちに終わり、最後に漸くベーデと意識を確認したところで高校へとなだれ込んでいた。
高校一年の時は心に多少の起伏はあれ、彼女にしっかりと心を繋ぎ続けていたので、特に切なさとか、無常観とか、そういったことを感じている暇はなかった。
適度に離れている緊張感と、彼女特有の飾り気のない心的吐露の御蔭で、其の時期にありがちな加熱し過ぎの恋に煮詰まることもなく、一年以上の交際を、極々当たり前のように続けていた。
二年に進級し、エリーが来たことで、其の存在がベーデにとって少なからず刺激になったのは確かなようだった。
それまでの謂わば放し飼い状態から、少し許り監視の目を感じるようになった。
そう、「昼間は自由に草を食んでいて良いけれど、夜には家に帰って来なさい」というように。
そうした少しの束縛も、僕にとっては新鮮に感じた訳で、ベーデの魅力と彼女に対して抱く好奇心はまだまだ尽きる心配はなかった。
一方で、エリーに対する純粋な好奇心も当然抱いていた。過ごす時間の濃密度は別として、共に居る時間の単純な長さはエリーの方が圧倒的に長かった。
授業に部活、そして日常の雑多なお世話となれば、それこそ通学と寝ている時間以外は一緒に居る。
彼氏が出来たら遠慮無く言って呉れと言ってはおきながら、僕はエリーの交遊関係を気にしていた。それは表向きには「大事な留学生に何かあっては不可ない」という責任感と、正直なところでは抑えきれない個人的な興味といった、幕末に偉人を警護した護衛武士のような相容れない両面性だった。
人間、心に隙があると、煩わしい事が転がり込んでくる。常に鉄壁の守りの態勢か、あるいは攻めの態勢に居なければ自動的に厄介事は近寄って来るものらしい。
* * *
事の始まりはベーデが参考書を選ぶために書店に行き
「じゃあ次の週は?」
「
「お前、学園祭に興味ないって言ってたじゃんか。」
「興味の有る無しと、参加するしないは別の話よ。大体学園祭は教育の一環でしょう? 生徒に参加の自由なんかないわよ。」
「そうか、そうだな。」
「良いわ、今回は免除してあげる。」
「ゴメン。」
結局其の日、記念祭の打ち合わせが早く終わったので、参考書選びの長いベーデのことならまだ居るだろうと思い、渋谷の書店に向かった。
果たして其処には、普段の通り、眉を顰めて、人を全く寄せ付けない表情で書棚と向き合っている彼女が居た。声を掛けようとした瞬間、空気が少し違うことに気がついて、一瞬躊躇した。
「これなんかどうかな?」
彼女の後ろから男の声がした。僕は慌てて書棚の影に身を寄せた。
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