二文乙六 天秤 (2)大体あなたは弛んでます!


【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は高校二年生。

 現在、留学生エリーのお世話に忙しい日々で、ツンデレな彼女「ベーデ」は、エリーにだけに収まらず「常に女性の影」がある駿河の状況に気が気ではない。

 一方、エリーは二人の交際を応援する立場でありながらも、駿河には自然体そのもので接する毎日。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



「Herr Suruga!(駿河さん!)」

「なんでしょ?」


 エリーが、今時仰々しくHerr付けでゆっくり話しかけてくるときは要注意のサインだ。


「なんでしょ、じゃありマセン。なんデスか? 此の成績は?」


 エリーは、先日、僕がベーデと一緒に受けた模試の成績表を手にした儘此方を睨んでいる。


「え? 其様なに悪いものじゃないと思うんだけど。」

「英語が六割とれないって、どういうことデスか?」

「ああ、英語は難しいねぇ。ドイツ語のようにはいかない。」

「笑ってる場合じゃないデスよ。大学の入学試験科目じゃないデスか!」

「違うよ。僕はドイツ語で大学受けるから。」

「は? 本気デスか?」

 エリーが物凄い勢いで目を丸くして本気で驚いている。


「本気…ですけど…。」

「イラッシャイ。」

 彼女は立ち上がって、僕の腕をグイと掴んだ。


「何?」

「ハンス先生に、叱って貰いまショウ。現実というものをきちんと認識しなきゃ不可マセん。イラッシャイ!」

「どうしてよ。二つ上の先輩が、大学受験のドイツ語は英語で言えば高校入試レベルだ、って言ってたし、実際に問題を見ても、其様そんなに難しくないぞ。」


「…!」

「アタッ!」

 拳骨の先で額を小突かれた。


「どうして、君たちはまったく同じようなことをするんだろうな…。」

「君たちって、ベーデデスか? ベーデにも叱られマシたか? 当たり前デス。」

「英語以外は、まあまあの成績でしょう?」

「そういう性根ショウネ不可いけマセン。大体、駿河のDeutscheはナッテイマセン!」


「何だ? ナッテイマセンて、精神論じゃないだろ、学科試験は。…性根なんて言葉何処で憶えたんだ?」

「私と鳥渡ちょっと許りDeutscheで話が出来るからといって、ナメてませんか?」

「駄目?」


「全ッ然、駄目デス。aghquhthqoerghqpehg?」

「は?」

「ほら、分からないデショ?」

其様そんなに早口で言われたら当たり前じゃないか。」

「全部、普段使っているような簡単な単語デスよ? 駿河が私と話せるのは、私が手抜きをシテいるから。」

「そういうのは『手抜き』じゃなくて『手加減』ていうの。アタタ。」


 また拳骨で小突かれる。


「私の日本語を直す前に、自分のDeutscheを何とかシナサイ!」

「なんとかシナサイって、何よ?」


「語学の基本が出来ていないから英語ですら点数がとれないんデス。Deutscheの基本が分かっていれば、英語なんて文法の簡単な言葉、百点採って当たり前デス。」

「お、言ったな? 百点採れないくせに。大体ドイツ語が英語より難しいなんて差別思想じゃないか。」


「六割もとれない駿河に言われくないデスね。大体、あなたはたるんでマス!」

「君は何時いつの時代の人間だ? 抽象的なことばっかり言って…。」

「抽象的なことは悪いことじゃないデスよ。幾ら精密な機械やコンピュータだって、人間の力なしには何も出来マセン。気力だけで解決は出来マセンが、気力なしには解決出来マセン。」


「君はそうやって常時いつも理屈ばっかりだな。」

「理屈なしには物事は説明出来マセンよ。」

「じゃあ、君は恋愛感情を理屈で説明出来るかい?」

「相手の長所や短所を気に入るから好きになるんじゃないデスか。」

「じゃあ、同じ長所や短所を持った相手なら、誰でも一緒かい?」

「人間で、全く同じ長所や短所なんていう実体は存在しマセン。」


「確かに理屈だな。でもそれは後から付けた結果論じゃないか。」

「結果論?」


「好き、という感情が先に来て、後から何故好きなんだろうと考えて、初めてそういう理屈が出てくる訳で。感情よりも先に理屈が出てくる訳じゃない。」

「でも、気付いていないダケで気持ちの底で理屈が働いているから好きという感情が出る筈デス。そうでもないのにいきなり好きなんていう感情が生まれる筈はありマセン。ただ気付いてないダケ。」


「気付いていないのは、無いってことと一緒だよ。」

「い・い・え、違いマス。気付いてないということは在るということです。keinではなく、seinです。」

「エリーはドイツ人だね。アタタ。」

「Österreicerinだと何度言ったら分かるデスか。」


「違うって、理屈っぽいってことだよ。良く言えば哲学的。」

「きちんと説明出来ないことなんかないんデス。」

「其のわりには、先刻『ナッテナイ』とか『タルンデル』とか。」


「一言一言、全て理屈で説明しマショウか?」

「良いよ。頭痛がする。」

「ああ、不可マセンね。」


「君は恋とかしないの?」

「は?」

 エリーが口をぽかんと開けた儘黙って了った。


「君、真っ赤だよ? 大丈夫?」

「…大丈夫デス。いきなり何を聞くんデスか。」

「恋をしないのか? と聞いただけじゃないか。」

「純潔な乙女に何を聞くデスか…。」


「君、何か勘違いしてないか?」

「良いえ、勘違いしていマセン。恥ずかしい…。」

「僕は何か恥ずかしいこと言ったか?」


「一般論で話をすることと、個人の問題で話をすることは全然違いマスよ。」

「別に告白した訳じゃあるまいし。」


「兎に角、個人的な話で恋を語るのは、私には恥ずかしいことなんデス!」

「そう? 何か琴線に触れたみたいだから、止めとくわ。」

「キンセン?」

「アンタッチャブルというかウィクポイントというか。」

「ああ、そうデスね。」


 部室で着替えたり、口角泡を飛ばして議論をしたりと、男女を意識しないかと思えば、「恋」という単語だけで真っ赤になるエリーは、大人なのか子どもなのか、或いは国民性なのか、その後は勉強道具を鞄に仕舞うのにもガタガタ物を落とすくらい、動揺していた。


 *     *     *


「結果、どうだった?」

 ベーデは待ち合わせていきなり入った牛丼屋で卵を割りながら口を開いた。

 高校進学と共に、彼女でも「空腹」というものに拍車が掛かったのか、最近ではファストフードにも果敢に挑戦している。


「ん? 通常の通り五分五分。」

「まあ、其の辺りを維持してこれから伸びるって感じ?」

「維持っていうのは、周囲の流れにまだ乗ってる状態だろ? これから周囲が伸び始めたらそれ以上に伸びないと自分の可能性も伸びないな。」

「そうねぇ。もっと努力が必要かぁ。」

「お前はどうだったの?」

「ん。」

 ベーデは鞄の中から成績表を出した。


「あらら。俺より良いじゃない。」

「当たり前じゃないの、常に貴男より上を目指しているんだから。」

「目指せば叶うってものでもないだろうけど、立派だな。東大でも受けるのか?」

「弁護士という道を通るのには別に東大だけに拘る必要もないから、私も京大にしようか知ら。」

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