二文乙六 天秤 (1)物凄く一般的じゃあない方法

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は高校二年生。

 現在、留学生エリーのお世話に忙しい日々で、ツンデレな彼女「ベーデ」は、駿河の謙遜体質も相まって気が気ではない。

 当のエリーからもベーデを大事にするよう、きつく諫言される駿河だが、ベーデとの関係は修復できるのか。

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「ちゃんと勉強してるの?」

「何だぃ、藪から棒に。」

「勉強のことを聞かれて藪から棒、とか言ってるようじゃ望み薄ね。」

「よもや、お前から勉強のことを言われるとは思わなかったから。」


 高校二年の秋も深まってきた頃、模擬試験の帰りに入った喫茶店で、ベーデは珍しい話題を繰り出してきた。


「よもや、とか言わないの。失礼でしょ。大体、貴男は私に対して失礼よ。」

「今度は説教か?」

「勉強する気がなければ、私だってわざわざ模試なんか受けに来ないでしょ。」

「そうだ、何で模試なんか受けてんだ? 大学附属のくせに。」

「徒に中の世界に浸っていると、自分の成績を客観的に見ることが出来なくなるのよ。」

「ふーん。それは別に良いんじゃないのか? 中の成績で推薦が決まるんだろ?」

「そうだけど、可能性は拡げておき度いじゃないの。」

「何の可能性だ?」

「進学よ。」

「だから、そのための大学附属なんだろ?」


「貴男には向上心ってものはないの?」

「あ?」

「附属は附属として、それよりももっと良い環境で勉強し度いと思ったら、出来るものなら其方に挑戦するでしょう?」

「どっか受けるのか?」

「まだ分からないわよ。」


「其様なんだったら、最初から一高うちに来れば良かったのに。」

「だって、高校でどれだけ伸びるか分からないもの。」

「ふーん。」


 僕は、自分の成績について少しは心配したことはあっても、ベーデの成績については、これっぽっちも心配したことはなかった。

 彼女は勤勉さ、気力、野心、等々、およそ学業に関する何様どんな要素をとっても、僕より劣っているものなどない、と思っていたし、実際にそうだった。

 彼女の唯一の短所を挙げるとすれば、恋愛に関する極度の不器用さだけだ。

「駿河は、何様な参考書使って勉強してるの?」

「…。」

「何よ? 教えなさいよ。」

「予想もしない質問が飛んできたから、一瞬、思考が固まった。」

「つくづく失礼ね! 貴男は普段私を何様どんな目で見てるのよ?」


何様どんな目だろう…。そう言われると、勉強という目では、暫く見てなかった気がするな。」

「…。じゃあ、ちゃんとそういう目でも見て。全部含めての私でしょ。それに、今は学生じゃないの。」

「はぁ。」


鳥渡ちょっと顔、此方こっちに出して。鳥渡此方に身を乗り出しなさいって。良いから。早く!」

「アタタ!」

 僕が彼女の方に身を乗り出すと、いきなり額を人差し指で弾いてきた。所謂いわゆるデコピンだ。


「しっかりしなさいよ、もう! 高校半分終わるのよ?」

「ああ、もう半分か。早いなぁ。」

「『早いなぁ』じゃないわよ。今年の春、久我ゾンネさんの合格発表を見たでしょう?」

「そうだな、凄かったなぁ。」

「貴男、東大は受けないって言ってたけど、本当なの?」

「多分。」

「外交官を目指すなら、東大が良いんじゃないの?」

「変わった。」

「は? 聞いてないわよ。」

「言ってないもの。」


鳥渡ちょっと顔出しなさい。い~から、早くっ。出さないともっと酷いことするわよ!」

「アタタ。」

 再びデコピンをされた。


「漸く己の愚かさに気づいたの?」

「宇宙物理学を目指すことにしたんだ。」


「…鳥渡ちょっと顔出しなさい。…早く。」

「アイタタタ…。」

「何? エリーに何か影響でもされた? ヨーロッパに目覚めて、ガリレオでも目指す心算?」

「エリーは関係ないぞぉ。」

「じゃあ、中学校で九教科平均は九十二点のクセに数学だけ五十二点だったあなたが何故宇宙物理学なんていう数学を使わなければ何も出来ないような世界を目指すのか、私にでも分かるようにきっちり教えて頂戴。」

「夢があるから。アタタ。」


 彼女は、僕の話も満足に聞かず、其の間に丸めていた予備校のパンフレットで思い切り面を打ってきた。


「夢があるからって目指して合格するくらいなら、誰でも夢を描くわよ。美術部は全員芸大合格よ。」

「夢が無いと踏ん張りも利かないぞ。」

「まあ、それはそうだわ。偶にまぐれ当たりするわね。駿河らしいわ。」

「だから、京都大学の理学部物理学科を受ける。」


「…顔を出しなさい。良いから。ほら。」

「アイタタ。」

「勉強してるの?」

「してる。」

「あら…。あらあら、珍しく即座に言い切ったわね? じゃあ、これからあなたの使ってる参考書、問題集、書店に行って教えて頂戴。」

「良いぞ。」


 *     *     *


 其の足で神保町の書店街に行き、僕は自分が使っている参考書と問題集を彼女に教えた。


「貴男らしいっていうか、何ていうか。これで結果は出てる訳?」

「一応、判定的には五分五分くらい。」

「貴男にしては上出来じゃないの!」

「少しは見直したか。」

「うーん、鳥渡は頼もしくなったか知ら。」

「鳥渡か。」

「だって、物凄く一般的じゃあない方法だし。」


 確かに彼女にそう断言された「僕の方法」は、お世辞に言っても一般的ではないと、自分でも分かっていた。

 高校一年の時にえらく惨憺たる成績をとって久我さんに勉強法を教わって以来、僕は各教科の先生にも教えを乞い、自分独自の方法を構築していた。

 基本的に、何処でも販売されているような一般的な参考書は使わず、大きな書店でも学習参考書のコーナーではなくて、各教科というか各分野の専門書のコーナーに行き、自分でも理解出来る基本的な部分から解説している、所謂「○○概論」、「○○解説」、「○○精講」、「○○通読」といった入門書を一から読んでいた。

 そして、区切りの良い処まで理解したところで、問題の質が幅広く、かつ量も充分に確保している一般かつ古典的な問題集を解いて、実戦練習を積む。それが僕の其の一年間の勉強方法だった。


「代数を1+1から始めるとか、幾何を直線と図形の概念から始めるとか、よく我慢できたわね。」

「だって、何処まで遡れば良いか判断が付かなかったからさ。」


「予備校とかは利用しないの?」

「しないなぁ。予備校には個人指導に限界があるだろ?」

「特に貴男みたいな人間には困るでしょうね。」

「で、お前の参考になったか?」

「貴男を再認識しただけで終わったわ。」

「判断早いなぁ。もう切り捨てか。」


「だって、私には貴男のやり方は迚もじゃないけど真似出来ないもの。」

「でも、楽しいぞ、此のやり方は。誰にも邪魔されないし、階段を踏み外したり、道を見失ったりしないからな。」

「まあ、確かに本当の意味での勉強っていうか、古典的な勉強ね。」


「で、お前は国際弁護士って夢は其のままか?」

「其のままよ。」

「大変なんだろ?」

「大変らしいわね。」


「でもお前ならきっと成れるな。俺よりずっと理解力も整理力も優れてるから。」

「あら、嬉しい。珍しく褒めて呉れるのね。」

「此の間、褒めるべきところはきちんと褒めろ、と叱られたからな。」

「どうせなら、他の人も居るところでもっと褒めて頂戴。そうしたら、他の人の居ないところで貴男に有り難うをしてあげる。」

「そうか。まあ、機会があれば、な。」


 ベーデはいつになく機嫌良く帰っていった。

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