二文乙六 願い (7)心がくびたれます

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」は高校二年生。

 現在、留学生エリーのお世話に忙しい日々で、ツンデレな彼女「ベーデ」は気が気ではない様子。

 不器用な駿河をいつも気遣ってくれるベーデに、彼なりに精一杯の愛情を返す駿河。

 エリーも駿河とベーデの関係を慮って、あれこれ考えているようだが、それが吉と出るか凶と出るか。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



「ハイ!」


 九段下駅の出口にやって来たエリーは、普段通りの三つ編みのお下げ、おっきな遠視のメガネ姿。

 少し秋の装いなのか、珍しく白い開襟ブラウスに黒いジャケットを羽織っている。


「お、珍しい格好だね。」

「神社、それも英霊の祀られている神社にお参りに行くデスよ?」

「其処まで考える、か。」

「考えていないのは貴男くらいよ。」


 ベーデが横から普段の通りに口を挟む。彼女も、今日は大人しく、秋らしいチョコレート色の厚手のワンピースだった。


「まあ、貴男は常時いつも学生服だから、困らないっていえば困らないけど。」

「なんだか、お母さんが子どもにいつでも何処でも大丈夫な服を着せているのに似てマスね。」

「そうよ、此の人の場合は、子どもそのものよ。自分で何も考えずに常時いつも此の格好だから。」


 僕を置いてけぼりにして、二人だけで会話をしながら、もうどんどん先を歩き始めている。


 片や「私と一緒に居すぎて浮気を叱られたんでしょう?」と問いかけ、片や「彼女の方が面白くて私には飽きた?」と問いかけていた二人が、嬌声をあげて楽しそうに話をしている。そういう頭の中が僕にはよく理解出来なかった。


 多分、彼女達は、取り繕っている訳ではなくて、今現在の此の瞬間を本当に楽しんでいるのだろうけれど、そうならば、僕と一緒の時の発言は何処から出て来ていたのか。女というものは不思議窮まりない生き物だ。


「どんどん進んでいるけど、何処に在るか知ってるの?」

「駿河、目が悪いでしょ?」

「彼処に大きな鳥居があるじゃナイデスか?」

「ああ、そうね…。」


 彼女達にとって、僕は一体どういう存在なのか、考えても分かりそうもないので、放っておいた。


 大きな門を潜り、参拝する。ベーデの神社詣での作法がきちんとしているのは知っていたけれど、鳥渡後ろから見たエリーの作法もそれに負けず劣らず綺麗なものだった。何よりそれほど背が高くないくせに、礼の所作が堂に入っている。


「駿河はお参りしないの?」

「え? あ、する。」

「何で、一歩遅れたのよ?」

「君達のお参りを見てたから。」

「何でデスか?」

「外国人がお参りしていると、誰かに絡まれたら不可ないな、と思って。」

「ガ・イ・ジ・ンで悪かったわね!」

 ベーデが鼻を鳴らしている。


「まあ、お前は別として、だ。」

「二重に失礼だわ!」

「ベーデは昔から知ってたけど、エリーも日本の作法が綺麗だな。」

「そうデスか?」

「二人とも、後ろから見ていて惚れ惚れした。実際、『ほほう』と唸っているご老人も居られたし。」

「ふーん。」


「基本を教われば、誰でも出来るものデショウ? 日本人は、日本人の作法をきちんと習いマセンか?」

「習わないねぇ。」

「それは不可ナイ。私は子どもが出来たら、勉強よりも先ず人間としての生活について教えマス。」

「ふーん。」

「ベーデはこういうこと言ったこと無いな?」

「言わないだけよ。」

「あ、そう。」


「…エリーと比べたわね?」

「そういうことじゃなくて。」

「あ、喧嘩しないで下サイ。ベーデがきちんとしているのは駿河さん、ちゃんと分かってマスよ。」

 案の定、一触即発だったところに火種が落ちそうになっていた。


 *     *     *


「ちゃんと仲良くしなくちゃ不可いけマセンよ。」

 そう言い置くと、軽い昼食の後、エリーは一人で帰っていった。


 *     *     *


「エリーには感心したくせに、私には『お前には教育観が無いのか?』だものね。」


 ベーデがティーカップをスプーンでかき回しながらむくれている。


「『ちゃんと仲良くしなくちゃ不可いけマセンよ。』って言われただろ?」

「…まぁた、エリー…。」


「…悪かったよ。でも、彼女も心配してるんだから。」

「全く悪気がない分、私よりも可愛いわよね。」

「…なにひがんでんだ? お前らしくもない。」

「私だってひがむし、ジェラシーはあるのよ? マリア様じゃないのよ。…私にパーフェクトな妄想を抱かないでよ。」


「どうして欲しい?」

「少しは自分で考えなさいよ、常時常時いつもいつも私任せじゃなくて。…好い加減、此方も疲れたわよ。」

「…。」

 ベーデは、此方を見ずに外を眺めている。


草臥くたびれさせちゃったんだな。ごめん。」

「何故草臥くたびれたか判ってる?」

「…。」


「貴男と二人で、貴男の馬鹿さ加減に付き合ってるのは何でもないの。でも、他の女の子と一緒に貴男と出かけると、帰ってから、とても気持ちが沈むのよ。」

「お前を傷付けている心算はないんだけど…。」

「当然だわ。『けど』ね、自分と一緒に私についてまで遜った言い方をされると、私は傷付くの。貴男は日本人として謙遜の心算かも知れないけれど、私は嫌なの。私は貴男の自慢の彼女で在りいし、貴男にもそれを表現して貰いいの。」

「ごめん…。」


「少なくとも他の人の前で私を誇りに思えないような言い方をするのだけは止めて。たとえ謙遜でも私には我慢できない。周囲から馬鹿だと言われても私を褒めて、私の味方をして、私を愛していると言って。そうでなければ私は何故貴男の恋人なのか分からなくなる。」


 普段の興奮した言い方ではなく、僕を見つめながらゆっくりと口にするベーデの眉はもう少しでハの字に泣きそうだった。


「気が付かなくて申し訳なかった。二度としない。」

「約束して。」

「分かったよ。」


 *     *     *


 月曜の朝。エリーはチラチラと目を伏せながら挙動不審で近付いてきた。


「今度こそ、本当にベーデに叱られマシたね?」

「ああ。」

「あれ…、今日はイヤに素直に認めマスね…。まあ、良いデス…。私、丁度心配してマシた。」

「恋人を何だと思っているんだ、って。」

「当たり前デス。だから、私、言ったじゃないデスか。」

「其の通りだったよ。」

「物分かりが良すぎて、今日の駿河は気持ちが悪いデスね。何か企んでマスか?」

 エリーが鳥渡離れて眉を顰めている。


「違うよ。他の人、それも女の子の前で、自分の恋人を蔑むような言い方をするなって、言われたんだよ。」

「サゲスム?」

「ん~、In Japan spreche ich sich selbst demütig.(日本では、自らのことを蔑んで語る。)

  So, ich sah absichtlich auf sie herab.(その流れで、僕は、彼女のことまで蔑んで語っていた。)

「ハ? 何時の時代の話デスか。Herr Surugaの頭の中は大東亜戦争前デスか?」


「(…君にそう言われ度くないな…) 兎に角、ちゃんと誰の前でも恋人として褒めて呉れって。」

「そうデス。叱られて当然デス。彼様なに綺麗な人が何故Herr Surugaのdie Liebeなのか不思議なくらいなんデスから。」

「どうしてだろ?」

「Ah, だから駄目なんデス! 恋人を誇りに思う、一緒に自分にも自信を持つ、両方とも同じくらいデス。」

「迷わずに何でもプラスで?」


「本当に不可ナイことは別デスよ? でも、普通のことは常時褒める、自信を持つ、そうしないと心がクビタレマス。」

「…くたびれます、だってば…。なんか意味では、首垂クビタれますって、今の心境そのものだけど…。」

「Ah, そうデシタ。くたびれマス。努力は必要デスけど、同じくらいの良いコ良いコも必要デス。」

「良いコ良いコねぇ…。」

「出来ないと、嫌われちゃいマスよ?」

「だなぁ。」


「Herr Suruga 分かってマスか? lovely (愛しい)とlonely(寂しい)は、一字違いデスよ?」

「うえ、凄いこと言うなぁ…。」

「兎に角、恋人はきちんと褒めることデス。だから、今まで忠告してきたのに、マッタク…。♪カータヲナーラベテニーサントー、キョーォモガッコヘイケールノハー♪」


 エリーは、両手を広げて、ヤレヤレという感じで首を振りながら鼻歌を歌いつつ、先に歩いて行った。


(でも…ああいう奴に『何時の時代の話デスか』とか言われ度くないな…。)

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