二文乙六 願い (6)痴話喧嘩なら外でやれ

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」とツンデレ彼女「ベーデ」。

 駿河とベーデは別々の高校に通うものの、互いに強い絆を意識している。

 彼女が求める心の潤いに応じる駿河だが、ベーデには矢張り、駿河がお世話するエリーの存在が気になる様子。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



「Herr Suruga?(駿河さん)」

「Was?(何?)」

「今度、ヤスクニ神社に連れてって下サイ。」


 其の日の最後の授業だった安埜先生の物理が終わって、片付けをしている時、エリーが身を寄せてきた。


「は?」

「ヤスクニ神社。」

「何で?」

「行きいからデス。」

「どういう所か知ってるの?」

「ハイ。日本の英霊が祀られている所デス。」


「何でまた?」

「普通、外国に行ったら、国家元首は無名戦士の墓に詣でマスよ?」

「で、君は、いつからオーストリアの国家元首になったの?」

「良いデスから連れてって下サイ!」

「もう一人で地下鉄に乗れるんじゃないの?」

「乗れマセン!」

「嘘つけ、普段ちゃんと学校に来てるじゃないか。」

「意地悪デスね!」

「意地悪じゃないよ。少しは一人で出歩こうとか思わないの?」

「もう充分、出歩いてマス!」

「あ、先刻言った『一人じゃ地下鉄に乗れマセン』ってぇのは一体何だ?」

「歩いて行ってるんデス!」

 エリーは、感情が高ぶると直ぐにノートで机を叩く。


「…あ~、二人とも痴話喧嘩だったら、外でゆっくりやって良いから。」

 応援部顧問でもあり、慣れ親しんだ安埜先生の声に気がつくと、もう誰も階段教室の中には居なかった。


「あ、スミマセン…。」


 *     *     *


 薄暗い地下の廊下を歩きながら、まだ続ける。


「口の減らない奴だな。ああ言えばこう言う。」

「駿河、最近、冷たくなりマシたねぇ。」

「違うって、常時俺とだけ一緒で良いのか? って聞いているの。」

「誰と一緒に居るかくらい、自分で決めマス!」

「まあ、良いや、其処まで言うなら良いよ。一緒に行ってあげる。」


「Ah、分かリマシタ。さては、ベーデに叱られマシタね?」

「は?」

「浮気シタ、って彼女に叱られタンダ? 常時私と一緒に居るカラ。」

「いつ誰が君と浮気したの?」

 言い合いが続いたまま部室の入口まで来て了った。


「私はイケナイ女ですか? …失礼シマス。」

「テレビの見過ぎだよ! …失礼します。」

 減らず口の二人が揃って講堂地下の応援部部室に入る。


「じゃあ、素直に最初から、『良いよ、連れて行ってアゲル』と、優しく言って呉れても良いじゃないデスか?」

 エリーは自分の出欠板をひっくり返しながらまだ憤慨している。


「だから、少しは自分で出歩いてみろって。」

 僕も自分の出欠板をひっくり返す。


「心配じゃないンデスか? 私が誰かに浚われたり、斬りつけられたりしたらドウシヨウとか?」

「何時の時代のどこの話をしてるんだって? 今は幕末か? 君は大名行列の前を馬で横切ったりする心算つもりか?」


「結局は、私のコトなんかどうでも良いんデスね?」

「だから、誰が何時いつ其様そんなことを言ったって?」

「言ったじゃないデスか! 一人で行けッテ!」

「連れて行ってやるって言っただろ?」


「イヤイヤのクセニ。浮気でベーデが怖いんでしょう?」

「だ・か・ら、誰が浮気をしたんだって?」


「ダーーーアッ! うるせぇなぁ! 常時いつも常時いつも訳の分からねぇ喧嘩しながらへえって来やがって!」

 三年副将の副島さんが、読んでいたTIME誌をテーブルに叩きつけて怒鳴った。


「…スミマセン…。」

「痴話喧嘩なら、部室ここに入るまでに片付けてから来いってんだよっ!」

「…はい…。」


「あと、エリー! お前、面倒くせぇからって、常時いつも常時いつも此処ここで着替えてんじゃねぇ! 

 小学校のプールのお時間じゃねぇんだ! 羞恥心ってものがねぇのか、お前には!

 Haben Sie kein Gefühl der Scham? Ha?!」

「…ハイ…あ、羞恥心はアリマス…。」


 エリーは横着をして制服の上から袴を付けて、下から手を入れてモゾモゾやっている最中だった。


 *     *     *


「Herr Suruga...」

 練習の後、エリーが寄ってくる。


「何。靖国神社なら、ちゃんと一緒に行ってあげるよ。」

「Ah、ベーデも一緒に行きマショウ。」

「は?」


「ベーデに叱られると不可ナイから。」

「余計な気を遣わなくても良いよ。」

「余計じゃナイ。大切なことデス。」


「折角行くんだったら、君だって気を遣わない方がゆっくり出来るだろ?」

「駿河が叱られるんじゃ、私はゆっくり出来マセン。」

「だから、叱られてないって。」

「嘘! 普通は、叱られマス!」

「どういう普通だよ?」

「ア~ッ! だ・か・ら、痴話喧嘩は部室ここの外でやれっつってんだろ!」

 副島さんが、中央の大きなテーブルを足駄でガタンと蹴飛ばした。


「…すみません…。」

「エリー! 此処で着替えるなって、先刻さっき言ったばっかりだろうが! おめぇの自己防衛とか羞恥心ってぇのは一体いってぇどうなってんだ? それとも何か? 手前てめぇの国じゃあ、十八歳まで男女が一緒の部屋で着替えるのか? 

 Sie sollten es sofort verstehen!!」

 副島さんが、アノ独裁者の演説の如く拳を握り締めて噛みしめるような発音で怒鳴り、最後に机を叩いた。


「…そうデシた…ゴメナサイ…。」

 エリーは、頭から被りつつあるセーラー服の襟元の奥に顔だけ覗かせてボソッと言った。


「良いデスか? ちゃんとベーデも誘って下サイよ?」

「わーかったよ。分かった。」

「怒ってマス?」

「怒ってない。」


「私、迷惑デスか?」

「全然。」

「迷惑だったら言って下サイ?」

「僕が溜め込んでるように見える?」

「Nein ちゃんと言って呉れてマスね。」

「でしょ?」

「それはそれで感謝してマス。」

「喧嘩になっても?」

「Ah、私は喧嘩だとは思ってマセんよ。Österreichなら日常デス。此のくらいの議論は。」

「…鍛えられるね…。」

「そうデスか?」

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