二文乙六 願い (5)神域にて
【ここまでの粗筋】
天然系な主人公「駿河轟」とツンデレ彼女「ベーデ」。
駿河とベーデは別々の高校に通うものの、互いに強い絆を意識している。
今年もやってきた彼女の誕生日。
「両親の帰りが遅いから、用心の為に泊まっていって欲しい」との誘いに応じた駿河。
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「…貴方達…何をしているの?…此様な時間まで…。」
「勝負よ…!」
「お邪魔しております。」
僕らはパジャマと寝巻姿の儘、リビングのソファで胡座をかき、オセロゲームと五目並べにムキになっていた。
ご両親が帰宅した其の時は、丁度五目並べの十九戦目途中だった。
「もうすっかり寝ているものだと思ったら…。二人とも目が真っ赤じゃないの。早く寝なさい。」
「どっちが勝ったんだい?」
「オセロ十八勝十二敗、五目並べ八勝十敗。合計二十六勝で私。」
彼女が対戦成績で真っ黒になった紙を置いて言った。
「西村杯争奪って、一体何を賭けたの?」
「西村のフルーツパフェ、一か月分!」
「一か月分て何個だい?」
「五個よ。」
「そりゃお疲れ様。お休み。」
「おやすみなさい。」
* * *
「すっかり呆れられちゃってたね…。」
「当たり前よ。常人なら鳥渡は何か心配して帰って来るわね。それが、やるに事欠いて、よもや七時間もムキになってオセロと五目並べしてるなんて思わないわよ。」
「お前が不可ないんだぞ?」
「何よ、勝負に熱くなってたのは貴男もじゃないの。」
「あー、目の中が白黒でチカチカする。」
「…やだ、貴男の部屋は其方よ!」
「あ、此方か、ありがと。」
「不寝番の護衛。お疲れ様でした。」
「いやいや、どうも…。」
* * *
「最近、なーにか忘れていやしませんかぁ~?」
お盆も過ぎた夕方、日差しも弱くなってきた駿河台下の洋食屋のテーブル。
向かう正面からベーデが、頬杖をついて気怠そうに言っている。
「何?」
「忘れていませんかぁ?」
「だから、何を?」
「…栄養よ。」
「エーヨーヨー?」
「栄養よ! 貴男日本人でしょ?! 外国語呆けしたの?」
「ちゃんと食べなきゃ駄目だぞ?」
「違うわよ!」
「俺は馬鹿だから、ちゃんと言わないと分からないぞ。」
僕はエビフライをナイフで切り分けながら言った。
「そう言ってること自体、もう分かってるってことじゃないの。」
「何? どうして欲しいの?」
「一々そういうことを聞かないのよ!」
切り分ける前のエビフライを一本、彼女の皿に譲った。
「あら、有り難う。」
「こういうことじゃないんだろ?」
「そう、こういうことじゃないの。」
「今日は涼しいから、鳥渡歩こうか?」
「そう、そういうことよ。」
* * *
「あのね?」
「何?」
「私はチャート式を選びに双葉書店に行き度いと言った
「何だ、違うのか?」
「…!」
「怒るな、って。分かってる。」
* * *
「って、何でもう帰りの電車に乗ってる訳?」
「焦るな、って」
代々木で国電を降りる。
「へぇ、明治神宮って、此方側からも行けるのね?」
「駿河台から九段辺りなんて、今の時期、夏期講習だなんだって騒々しくて、ゆっくり歩けたもんじゃないだろ?」
「ふ~ん。」
もう日差しもすっかり傾いて、蜩の鳴く声が耳に沁みついてくる。
明治神宮の杜は、周囲の焼け付いたアスファルトの街より余程涼しく、空気自体が透明な緑色をしているように清々しかった。
「本当は、朝の方が気持ちが良いんだろうけどな。蚊も居ないし。」
ベーデは黙っていた。彼女が黙っている時は、大抵考え事をしているか、怒っている時で、僕としてはどちらにしても、次の一言に神経が集中させられるのが常だった。
ポケットに突っ込んでいた左手の肘に、ベーデが手を添えてきた。
自慢の黒髪を僕の肩に寄せて、歩みがゆっくりになった。こういう時に口を開くと間違いなく、それも可成りきつく叱られるので黙っていることにする。肘に添えられている彼女の手が少し強く握られたような気がした。
(神域なんだけどなぁ…。)
と思いながら歩みを止めた。
「…ふぅ…。」
再び歩き始めようとしても、どうもベーデに全く其の意志がない気配がする。
(なんだ?)
肘の手がまたギュッと動いた。
(やれやれ…。)
右手を肩に添えて、そっと彼女の顔を覗き込んだ。
彼女は両手を僕のうなじに回して顔を少し傾けた。
もう、こういう状態になって了うと、時間制限は彼女に任せるしかない。
「…。」
彼女は漸く手の輪を解いて元の位置に戻ると、ゆっくり歩き始めた。
添えられた手の強さよりも、肩に寄せられた頭の重さの方が気になるようになった。
「そうよ、こういう栄養よ…。」
「言わなくても分かってるって。」
「心の虚を埋めて貰うのに、一々おねだりしないと駄目なんて、失格よ…。」
「其様なに頻繁に埋めてると、溢れるぞ?」
「良いじゃない。愛情は溢れるくらいで丁度よ。」
「溢れたら飽きるって。」
「大丈夫。私はガ・イ・ジ・ンだから。それこそ信号で立ち止まる度に補給して呉れても構わないわよ?」
「そう困らせるなよ。」
「そうね、信号待ちの度っていうのは許してあげる。でも、ちゃんと察して頂戴。」
「分かったから。」
「本当に?」
「本当。」
「エリーの方が面白くて、私に飽きちゃったりしてない?」
意外な言葉に僕は立ち止まった。
「…ごめんなさい…。」
《了った》というトーンで、ベーデが珍しく自分から深謝した。
僕は彼女の頬にそっと手を添えて、もう一度彼女に意思を伝えた。
「お前が自分から謝るってことは、それくらい深刻に心配しているってことだろ? だったら心配は要らない。」
「ありがと…。」
「…誰がお前みたいな底無し沼に飽きたりするか。」
「…ほんとに、一言多いわよ!」
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