二文乙六 願い (4)もう寝ちゃうの?

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」とツンデレ彼女「ベーデ」。

 駿河とベーデは別々の高校に通うものの、互いに強い絆を意識している。

 今年もやってきた彼女の誕生日。

「プレゼント不要・思い出優先」の彼女を駿河は満足させられるか。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



「さぁチャンピオン、手の内が見えて来ました。どうやら映画かプラネタリウムの模様です。どちらでしょうか。」

「此処まで軍司さんの採点では10対10のイーブンです。」

「屋上と其の下とどっちに行くの?」

「今日に相応しいほう。」

「七夕演目のプラネタリウム?」

「ブーッ。外れ。」

「あら、映画?」

「ブーッ。」

「何よ?」

「両方。」

「うぁ、疲れそうだわ…。」

「そう言うなって。あっという間だから」


 *     *     *


「本当にあっという間だったわね。」

「良かっただろ? 小さな恋のメロディー。何て言っても、トレーシー・ハイドが良いねぇ。」

「あら、貴男、ああいう娘が趣味?」

「お前も若い頃は…アタタタ。」

「私は幾つよ?! でも、まあまあ懐かしかったわ。」

「青春を思い出した?」

「青春って、何時のことよ?」

「中学校。」

「…。高校二年生で花のセブンティーンの私の青春は何処に行ったのか知ら?」

「早合点するなって、其方はこれからだ。」

「あら、プラネタリウムに賭けてる訳?」


 *     *     *


「まあ、これもなかなか良かったわ。」

「良いプログラムだっただろ?」

「ロマンティックだったわね。」

「青春でしょうが?」

「貴男が横でユラユラと《船を漕いでいた》のも青春の想い出にして良いのか知ら?」

「彼様なに椅子がリクライニングするとは思わなかったんだって。」

「じゃあ、せめて握っていた私の手を放しなさいよ。関係者だと思われる此方の方が恥ずかしいわよ。」

「ごめん…。」


「まあ良いわ、私も少し寝たし。」

「なんと! 人が連れて来てやったプラネタリウムで寝たいやがったのか?」

「寝ていた張本人が偉そうに驚かないでよ!」

「あ、いや…。あいこだな。」

「で? 此の先はどうなるのか知ら?」


「今日はご両親とも遅いんだっけ?」

「そうよ。」

「じゃあ、晩ご飯食べてから送って行くよ。」


 行きつけの《分かりづらい場所にある》カフェ・レストランに入る。


「何だか知れないけれど、貴男って飲食店だけは詳しいわね。」

「文句あるか?」

「褒めてるのよ。」


「映画とプラネタリウム。人間座っていてもお腹が空くもんだな。」

「意外ね。」

「どう? お味は?」

「美味しいわね、って普段いつものお店じゃないの。」

「まあそういうなって。夜景が綺麗じゃん。」

「見慣れた風景が落ち着くってのは十七歳としてどうなのか知ら。」

「背伸びするより良いと思うけどな。」

「もう人生の守りに入る訳? 十七で? 私の青春を返せーっ!」


「それを言うなら俺はまだ十六だぞ。」

「ガキね。去年なんかまだ十五じゃない?」

「お前だってほんの四年前は十二歳で,其の頃はお猿さんみたいだったぞ。」

「それで? 其のお猿さんが迷子にならないようにお家まで送ってくださる?」

「ああ、お猿さんの独り歩きは危ないからな。」

「ガキがお猿さんを連れて猿まわしのように帰る方が余っ程滑稽だわ。」


 *     *     *


「良かったら泊まっていく?」

「野宿はごめんだ。」

「馬鹿ね。家によ。」

「何で俺が泊まれる理由がある?」


「だって父も母もそうしたら、って言ってたわよ?」

「…乱れた家だな。」

「違うわよ。今夜は遅くなって、『亜惟一人だと物騒だから、両親が帰宅するまで駿河さんにも居て戴いて、其のまま泊まって戴いたら』、だって。」

「まあ、これまでも、お前は《言わない》ことはあっても、言ったことに嘘はなかったからな。」


「どうするの?」

「ご両親は何時頃お戻りなの?」

「本当に深夜らしいわ。」

「あらら。」

「言っておくけど、ちゃんと独立したシャワールーム付きの客間に寝かせるわよ。私の部屋には鍵だって掛かるし。」

「断っておくけど、下心の微塵もないぞ。」

「我慢していたとしてもそういうことを言わないのが思い遣りってもんでしょう?」


「いやぁ、お父さん、お母さんも賭けに出たなぁ。」

「全て承知の上で、余程信頼されているか、余程馬鹿にされているかのどっちかね。貴男、どっちだと思う?」

「難しいなぁ…。」


「前者よ。だって徹底的に教育されてるもの。」

「誰が?」

「私がよ。そして、其の私が貴男を教育してるのだから、間違いないの。それに奈良・京都と二人で旅行にやっておきながら、自宅に泊めない理由も無いでしょう?」

「あ、そう…。じゃあ、空しく泊めて戴きます。」

「どうぞ。歓迎致します。」


 *     *     *


 お邪魔すると、確かに僕が泊まっても良いようにメモ書き、夜食、寝巻が置いてあった。恐縮してシャワーを浴び、寝床を整えていると、扉がノックされた。


「起きてる?」

「ああ。」

「折角泊まるのに、もう寝ちゃうの? …しない?」

「は?」

「鳥渡…、両手ふさがっているからドア開けて。」


 *     *     *


 時計が日付を跨いだ頃、ご両親が帰って見えた。

 僕等は、自分達のことに熱中しすぎて、玄関が開く音にすら気が付かなかったらしい。

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