二文乙六 願い (3)他人の比較より本人の自覚
【ここまでの粗筋】
天然系な主人公「駿河轟」とツンデレ彼女「ベーデ」。
駿河とベーデは別々の高校に通うものの、互いに強い絆を意識している。
駿河が留学生「ェリィ」のお世話に励み、ベーデもェリィと馴染む中、今年もベーデの誕生日がやってきた。
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「十七か、十七? いやぁ十七かぁ…。」
「しつこいわね!」
珍しく三省堂の前で待ち合わせた僕等は、最早行きつけとなった某キッチンに行くまでの道すがら、相変わらずの無駄話を繰り広げている。
「あんまり貴男が歳の話を繰り返すから、真剣に考えちゃったじゃないの?」
「何を?」
「十七歳という人生最高の時を、此様なんで良いのか知らって。」
「
「
「
「
ベーデがエメラルド・グリーンのワンピースの腕を広げ、如何にも嘆かわしいといったような仕種をした。
「
「そうよ、
「具体的に《
「問われると辛いわね。」
「切ないか?」
「違うわ!
「因みに特殊な例として、エリーは十七歳だけど日本で《
「…、どうなのか知ら、
「例を間違えたな…。確かに人物も内容も特殊過ぎる。」
「まあ、良いわよ、私は所詮お伽話のお姫様じゃないんだから、白馬の王子様なんて縁が無いの。
「つまりは,
「
開店した許りの店内は、まだ僕等だけ。
「此処も大分馴染んだわね。」
「気に入ってるみたいだからさ。」
「ん。渋谷のお店と一緒で落ち着くわ。」
「お前、年頃の女の子にしては珍しく流行ものって好きじゃないんだな?」
「当世ものや早出ものってのは江戸っ子が好きなのかも知れないけど、私は血が違うから落ち着いた趣のある方が好き。」
「そう『チガチガ』言うなよ。」
「そうね、貴男に当たっちゃ不可なかったわ。まあ、流行りのお店よりは老舗。老舗でも暖簾や看板に胡座をかいていない処。新しいお店でも良いけれど阿たり、媚びたり、すかしたり、嚇したりしない、当たり前のサーヴィスが出来るところ。」
「そりゃ厳しいな。」
「そうでもないわよ。私は何だって人並み外れたものじゃなくて、極当たり前の良いものを求めているだけだわ。」
「まあ、確かにジャラジャラ豪華にしたりとか、華美に走ったりはしないなぁ。」
ベーデは良い物を身に着けてはいるけれど、あからさまにブランド品と分かる派手なものや煌びやかなものは好まないようだった。
「だから、今でもこうして誕生日に貴男と食事をしているんじゃないの。」
「それがお前の究極の特徴か?」
「そうね。よく、何故? って聞かれるわよ。」
「何が?」
「《
「それなら俺も聞かれるぞ。
「同じ聞かれ方でも、きっと質問者の意図は正反対ね。」
「俺も多分そうだと思った。…あぁ、言ってる自分の心が痛いわ…。」
「貴男、まさか自分で『言ってて痛い』だけで終わる訳じゃないでしょうね。」
「何?」
「貴男が『痛い』だけで終わったら、私はまるで慈善事業家になっちゃうじゃないの。」
「分かってるって。恋は《他人の比較》より《本人の自覚》だろ?」
「よろしい。」
「こうして言葉だけでも分かっていなけりゃ、一緒に歩けやしないって。」
「じゃあ、言葉だけじゃなくて、もっともっと自分でも磨いて頂戴。」
「何かあると、必ず《頂戴》だな。」
「ね、謙虚でしょう? お願いしてるのよ?」
「因みにお願いじゃない語尾は?」
「それを言うなら語尾じゃなくて文末よ。現国六十五点の駿河クン。」
「ぐえぇ、気持ち悪い。お前が《クン》なんて付けるな。」
「じゃあ正確な文法を心掛けなさいよ。」
「へぇ。」
「今のがお願いじゃない文末よ。」
「俺に対しての発言には『高慢ちきなお願い』か、『高圧的な命令』かの何れかしか無い訳だな?」
「だって貴男には二つの行動しか無いじゃないの。」
「何だ? 本人の知らないことを色々出して来るなぁ。」
「何もしないでいるか、突っ走っているか。」
「…。」
「ほら、ぐうの音も出ない。」
「ぐう。」
「兎に角、私が出来るだけのことはして磨いてあげるから、貴男も精々協力なさいよ。」
「俺は重症患者か?」
「そうよ。《彼様な娘》さんが手を尽くすって言っているのだから有り難く思いなさい。」
「命令形が続いたな。」
「じゃあ、次はお願いするわ。」
「何だ?」
「貴男が握り締めたままのスパイス・ミルを私に貸して頂戴。」
「あ、ごめん…。」
「…少しは手元を見なさいよ。」
淡々とメイン・ディッシュに胡椒をかけている。
「お前の言語中枢に命令と依頼以外の文法は?」
「無いわよ。」
「分かった、俺だけ特別扱いなんじゃなくて安心した。」
「
食事とデザートを《彼女にとって》機嫌良く済ませて外に出た。
「暑いなぁ。」
「暑いわねぇ。」
「今日は
「任せるわよ。」
彼女の誕生日はプレゼント拒否の姿勢と、全ては僕に任せるというのが決まりだった。直ぐに来たバスに乗って渋谷に向かう。
「さあ、チャンピオン、前回の防衛戦と同じ手に出ました。通用するでしょうか?」
「茶化すなよ。」
「真面目に考えているだろうと信頼しているからこその冷やかしよ?」
「怖いな…。」
渋谷駅の東口ターミナルに到着する。
「此処って以前は、都電がいっぱい居たわよね。」
「向こうの二階から玉電が出てただろ?」
「今じゃどっちもバス・ターミナルね。」
「ベーデは、都電は?」
「勿論、乗ったことあるわよ。駿河は?」
「雨の日に、停まっている車の後部座席で寝っ転がっていて、上に見える架線の下を電車が通る度にスパークしてたのを憶えてる。」
「何それ…深すぎるわね、記憶が。」
「玉電は乗った?」
「ええ、二子玉川にも下高井戸にもよく行ったわ。」
「俺もよく乗ったな。」
「下高井戸行きが《赤い札》、二子玉川行きが《白い札》で、それが丁度真ん中で折れてて、行き先を変える時はパタパタ上げたり下げたりして変えていたのよ。
古い電車は停留所に停まると駅員さんが真ん中のタラップをガシューって出していたのを憶えてるわ。
一度なんか、物凄く混んでいて、どういう理由か扉が自然に開いちゃうから鍵を掛けていたわよ。」
「お前こそ可成り深い記憶だな。」
そうこうしているうちに東急文化会館に着いた。
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