二文乙六 願い (2)これは氷レモンといって…
【ここまでの粗筋】
天然系な主人公「駿河轟」とツンデレ彼女「ベーデ」。
駿河とベーデは別々の高校に通うものの、互いに強い絆を意識している。
駿河がお世話している留学生「ェリィ」を彼女に紹介した流れで浅草寺の四万六千日詣に行くことに。。
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約束した日は幸い雨も降らず、ムシムシとはしていたが、多少風も吹く、比較的心地よい夕方になった。
雷門の前まで来ると、
「写真撮る?」
ベーデがカメラを取り出した。
「あ、お二人を撮ってアゲマショウ。」
エリーはカメラを受け取って僕らを撮って呉れた。
「エリーも撮ろうよ。」
ベーデが誘っても
「私は写真、苦手、ゴメナサイ…。」
両手で拝まれて了って、スナップ写真すら撮らせない。普通、外国人で浴衣を着てみれば、写真を撮り度くなるだろうというのは、日本人の先入観なのか、それとも、着てはみたものの浴衣が気に入らないのか、僕には
考えてみると彼女は、其の日だけではなく、クラスのイベントでも必ず撮られる集合写真と、自分のカメラで撮るとき以外は、写真を撮られることをさりげなく避けていた。
特に外国人ではなくても、写真を避ける子は居るが、折角来ている外国の地で写真を残さないのも珍しいように思われた。スナップに呼ばれても、本当に恥ずかしそうに手を振って逃げて了うので、地味なのがコンプレックスなのかな、という心配も浮かんでいた。
浅草は、観光客に四万六千日の参拝客が重なり、大変な人出だった。皆、自分のことで精一杯だが、それでも、これだけ「濃い」顔の女の子を二人、それも浴衣姿で連れていると、振り返られたり、凝視されたり、参道の呼び子から大声で声を掛けられたりと、可成り目立つ。
時折、あからさまにカメラを向けられるときもあって、エリーは其の度に苦笑しながら、手に持ったウチワで顔を隠していた。
「ベーデさん、私、可笑しくありマセンか?」
「え? 大丈夫、大丈夫。此処は浴衣を着ている外人さんも多いし。それに、私も同じような顔でしょ?」
「アハ、そうデスね。」
「じゃあ、此処で両手に花の、一人だけ地味な駿河に、見せ場を作ってあげる。」
「何だよ?」
「私たちは、全く日本語の分からない、外国から着たお客さん。駿河はそれを案内する奇特な日本の好青年。エリーにはドイツ語、私にはスペイン語で、案内して頂戴。」
「スペイン語だぁ?」
「英語で許してあげるわよ。其の代わり、日本語を使ったら、一言使う度に二人に屋台で一つ何かを買って呉れること! はい、scene5258、浅草寺参道で二人の美人女子高生を案内する日本の木訥な青年、用ー意…スターッ!」
ベーデは勝手に、両手でカチンコの真似をして始めて了った。早速、ベーデが英語で話しかけ、それにつられるようにエリーもドイツ語を使い始めた。
二人よりも、大汗かいて説明している僕の方が人目をひきながら、何とか参詣を済ませ、雷門の前まで戻って来ると、向こうに人だかりが出来ている。夕方のテレビ中継が来ているらしい。まばゆい許りのライトで参道を照らし、リポーターが外人観光客に声を掛けている。
「ねぇ、行って映ろうか?」
ベーデの弾んだ声に、
「
「有り難う…エリー。それが普通だよね。」
「なんでよ。折角の全国デヴューのチャンスなのに。」
「ベーデさんは、此様な時を利用しなくても、立派にデヴュー出来マスよ。」
「そうそう。」
「駿河、全然心が籠もっていないわよ!」
漸く人混みから抜けて、地下鉄の駅に入ると、人心地がした。
「それにしても、エリー、本当に写真苦手なんだね?」
「あ、嫌な思いをさせて了ったら、スミマセン。」
「いいや、其様なことないよ。大丈夫。」
「其様なに可愛いのに、なんで?」
「もっと、自分を磨いて、自分のナカの美しさが外に出るようになったら、撮れるようになるかもシレマセン。」
「ほら、お前も少しは見習え!」
「何よ、エリーは今でも立派に美しいわよ。駿河は、私が美しくないっていうの?」
「そうですよ、Herr Suruga、 私は別として、ベーデさんは美しさが出ています。謝りましょう。」
「両手に花と言ったって。これじゃ、茨だらけじゃないか?」
* * *
「いやぁ、悔しいデスね。」
「矢っ張り悔しいものかね?」
「そりゃ、悔しいデショ。負ければ。」
予選一回戦で負けた夏の硬式野球大会の応援の後、エリーが、常時行きつけの甘味屋の二階でかき氷相手にくだを巻いている。
「これが終わると、部活動も殆ど休眠状態だから。」
「Warum?(どうして?)」
「だって、後は冬のサッカーくらいで。」
「ベーデの話だと、それはもう大変と言ってマシたけど。」
「それは中学校の話でしょ?」
「なーんだデスね。」
エリーは、そう言うが早いか氷レモンをガッツいたかと思うと、目を瞑って頭を抱えている。
「ほら、
「…アタタ…キタキタ…駿河、何とかシテ…。」
「何とも出来ないって。うなじを手で温めてご覧?」
「ウナギ? …Auuuuu…」
「うなじだよ! 此処!」
僕は自分のうなじを指さした。
「Ah、ああ、ダメ、私の手、冷えてる…ああ、もう治ったデス。」
「氷を其様なに一辺に食べたらキーンてくるの当たり前でしょ?」
「だって、暑いんデスから…。」
今度は制服の胸元部分を摘んで、扇子でバタバタやっている。
「こらっ、お行儀、悪いよ! エリー。」
「だって、みんなやってマスよ?」
「悪いことは真似しないの。」
「どうして、私だけ駄目デスか?」
「どうしても。若い女の子がすることじゃないでしょ?」
「駿河、父みたいなことを言うネ!」
エリーは、また氷レモンをガッツいた。
「…!」
「馬鹿じゃないの? 先刻痛くなった許りだっていうのに。」
目を瞑って、頻りに自分のうなじを指さしている。
「だから、手で温めなさい、って。」
そう言う僕の手をガシッと掴んで、エリーは自分のうなじに持っていった。
「ああ、自分の手じゃ冷たいのね?」
エリーが頷いている。
「ほら…。」
うなじを温めてあげると、暫く大人しい。
「…はぁ…気が遠くなりマシたよ。」
「だから、一辺に食べるなって!」
「駿河の手、温かいね?」
「俺の手は、昔から温かいんで定評があるの。」
「女の子は大抵冷え性で、ほら、氷みたいデショ。」
僕の手の甲をヒヤッと触ってくる。
「そういう自覚があるんだったら、キーンて来ないように注意しなよ。」
「氷を食べたら、寒くなってきマシタね…。」
今度は顎をガクガクいわせている。
「ほら、言ってる傍から直ぐそれだ…。ほんとに馬鹿じゃないの?」
「物理が十二点の駿河に言われ度くないデスね。」
「そういう馬鹿とは違うの。」
「どうでも良いですケド…寒イィ…。」
「あ~、もうしようがないなぁ。すみません! 味噌煮込みうどんを一つ!」
「スビバセン…。」
「…君…何やってるの?」
「え? 寒いから手を温めながら氷を食べてマス。」
エリーは手を擦り擦り、氷レモンを口に運んでいる。
「寒いくらいなら、止めなさい、って。」
「え、でも美味しいカラ…。」
「だから、馬鹿だ!っていうの。」
* * *
「はぁ…これゾ生きた心地デスねぇ…。」
運ばれてきた味噌煮込みうどんをフウフウさましながら口に運んでいる。
「横に置いてあるのは何?」
「駿河、知りマセンか? これは氷レモンといって、大きな氷をガリガリ削って、レモンのシロップを…。」
「其様なこと聞いてんじゃないの!」
「ワカッテますよ。其様な、ガミガミ言わないで下サイ…もう。」
「…エリー、鳥渡羽を伸ばし過ぎじゃないの?」
「…。」
「聞いてないフリをしちゃ駄目!」
「…。」
「此の後、万惣にホットケーキを食べに行こうか?」
「ア、行きマス、行きマス!」
「それが、羽を伸ばし過ぎだっていうの!」
「…不可マセンか?」
「ちゃんと勉強してる?」
「英語が二十二点で世界史が三十五点の駿河に言われタクないデスね。」
「僕と比べても仕方ないでしょ? エリーの成績が下がってるって言ってるの。」
「大丈夫。私はヤレば出来る娘ですから。」
「じゃあ、ちゃんとやって。」
「やりマスよ?」
「本当だね?」
「やりマスって。駿河がやるなら。」
「そういう条件を付けないの。」
「だって、ちゃんとやらない人に言われても説得力無いデスよ。」
「それもそうだけど…。」
「じゃあ、ちゃんとやって下サイ。」
「…はい。」
何か腑に落ちない叱られ方をして、僕はおまけに万惣のホットケーキまで奢らされた。
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