二文乙六 願い (1)四万六千日

【ここまでの粗筋】

 天然系な主人公「駿河轟」とツンデレ彼女「ベーデ」。

 駿河とベーデは別々の高校に通うものの、互いに強い絆を意識している。

 そんな駿河は、只今、オーストリアからの留学生「ェリィ」のお世話に励む日々。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



「貴男、ブロンドの彼女が出来たんですって?」


 表情一つ崩さずに出てきたベーデの言葉に、僕は飲んでいた紅茶を一瞬吹き出しそうになった。


「あ、あ! 動揺してる、矢っ張り…本当なんだ?」

「馬鹿、何言ってんだ。留学生だよ。」

「留学生の彼女?」

「お前は俺の何だよ?」

「Ich bin Ihre nur Freundin.(私は貴男のただのお友達。)」 

「好い加減にしないと怒るぞ。」


「其様なこと言って、今の今、私が口に出すまで一言も触れなかったくせに。可成り親しいって聞いたけど?」

「只のクラスメートだからだろ? 慣れるまで、お世話を任されてるんだよ。」

「一応男のあなたが?」

「一応は余計だ。女子は数が少ないから男女関係なくサポートしてる。」

「ふーん…。」


 ロイヤル・ミルクティーをぐるぐるかき回しながら、半信半疑で返事をしている。こういう時のベーデは視線を絶対に僕から逸らさない。一挙一動を観察して嘘を見抜こうとする。


「じゃあ、隠さないできちんと紹介して?」

「あ?」

「ダメなの?」

「否、其様なことはないけど。」


 地味で、実直で、それでいてズンと硬い芯が通っているエリーと、派手な割に中々本心を語らず、其のくせ「必要に迫られれば」人当たりだけは良いベーデが、果たしてウマが合うのかどうか心配になった。

「じゃ、今度の日曜。お目通り、宜敷くね。」


 *     *     *


「Sonntag?(日曜日?) 良いデスよ。お昼からおやつにかけて、お出掛けシマショウ。」

「ごめんね、お休みの日に。」

「いいえ、駿河サンの親友、彼女、Ah, die Liebeなんデショウ?」

「まあ、一応そう。」

「ドウシテ一応なんて言うデスカ。恋人は恋人とはっきり言った方が良いデス。」

「それが日本なんだよ。」

「Ah、 そうデスか。でも、私も楽しみ。」


 *     *     *


 日曜。

 僕とベーデは先に待ち合わせて、銀座和光の前でエリーを待った。


「ブロンドのオーストリア美人ねぇ。」

「勝手にイメージ作ってんじゃないよ。」

「あれあれ、あの人じゃない?」


 ベーデが指した方には、モデルの如きスタイルの金髪女性が歩いて居る。


「違う、違う。」

「Herr Suruga!(駿河さん!)」


 真横から声がした。普段の三つ編みお下げ、おっきな眼鏡が鼻まで落ちたエリーが居た。


「Wie geht es Ihnen. (はじめまして)

 Meine name ist Ai Bernadette Sanjo. (三条ベルナデート亜惟と申します)

 Ich bin froh, fähig zu sein, Sie zu treffen.(お会い出来て、とても嬉しいです)」

 ベーデが僕よりもスムースに挨拶をして、エリーもスムースに返礼し、傍から見たら僕だけが異質だ。


「Fräulein Sanjo, Wie nannte er Sie?(三条さん、彼は貴女をどのように呼びますか?)」

「ベーデ。」

「私もそう呼んで良いですか?」

「Natürlich(勿論)」


 *     *     *


 二人が出逢ってから何日か後、

「Herr Suruga(駿河さん)、明日、良いデスか? 空いていマスカ?」

「あぁ、大丈夫だよ。何?」

「私、浅草に行き度いデス。ベーデと一緒に案内して下さいマセんか?」


 物腰こそ柔らかいが、内容はベーデと同じく決定調なのは、女の子の特徴なのだろうか。

 まあ、ベーデで慣れていたので慌てもせず、


「良いよ。何時に何処?」

「ベーデさんと、浅草駅の改札にシマシタ。」

「あら、もう彼女と話がついているんだ? そう、分かった、じゃ明日。wieder sehen(またね)」

「アリガトウ。widersehen, Guten Abend.(またね、おやすみなさい)」


 *     *     *


浅草に着くと、彼女らが談笑しながら待っていた。

エリーは普段の三つ編みお下げ、涼しげなワンピースにポシェットを掛けている。

ベーデも珍しくお下げで、同様にワンピースにポシェット。


「何だい。二人とも同じような恰好して?」

「良いの、仲良しだから。ねぇ?」

「ネ~。」


「エリーは見慣れているけれど、お前は見慣れないな…。」

「失礼ね! 可愛いでしょ?」

「ほら、言動が全然似合わないじゃないか。」


 良くない魂胆がありそうな気配なので、警戒しながら、二人の後を地上へと出た。もうすっかり夏めいた浅草は、結構な人混みだった。


「四万六千日にも早いのに、結構混んでるな。」

「何デスか? シマンロクセンニチ?」

「其の日にお参りすると、四万六千日分お参りしたことになるの。」

「お得デスね、其の日に来度いデス。」

「来ようよ。そうだ、二人で浴衣を着て来よう!」

「あぁ…私、浴衣、持ってマセン…。」

「大丈夫、私の以前の物が着られると思う。」

「Kann ich es wirklich machen?(本当に?いいんですか?)

 じゃあ、Herr Suruga、また一緒に来マショウ。」

「え? 俺も?」

「来るの!」


 ベーデがキッと睨みつけた。大国に挟まれた小国の悲哀というか、僕の意見や予定など無視されるどころか聞かれもしない儘に、四万六千日詣が決まった。

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