二文乙六 薔薇 (3)其の白い薔薇の意味

【ここまでの粗筋】

 主人公の天然「駿河轟」は第一高等学校に、ツンデレ彼女である「ベーデ」は名門女子高に通う二年生。

 駿河のクラスに来た「金髪碧眼」のゲルマン少女留学生「ェリィ」は中欧文化と歴史に根ざした「理論派」。

 彼女の歌唱がもとで開催されることとなった「調整委員会」で、彼女はインターナショナルと海行かばを詠唱する。

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「以上です。」

「被申立人は、此の二曲を歌唱したことについて意図を説明して下さい。」


「委員長。」

「フロイライン・ヴィルヘルムス。」

「最初の《インターナショナル》は、ご存知の通り階級闘争を扇動する革命歌デス。歌詞の内容は今、歌った通りのものデス。これも平和主義と抵触するので憲法の趣旨に基づく良心を傷めたと言われるデショウか?

 また、続く《海ゆかば》は、戦時歌謡でも、思想の枠を越えて未だに鎮魂の意をもって歌う人が多いと思いマスが、これを歌っても日本国憲法の理念を傷つけられたと言われるデショウか。」


「委員長。」

「三田さん。」

「《インターナショナル》は、革命歌の名の通り、圧政に対する民衆蜂起の歌であり、主権を民衆に取り戻す内容と併せて平和主義と抵触するものではありません。

 一方、《海ゆかば》は、玉砕を美化するものとして歌唱されたものであり、平和主義、戦争放棄に抵触するものと考えます。重ねて歌唱の禁止を申し立てます。」


「委員長。」

「三隅さん。」

「革命ならば造反有理であり、其の名の下であれば全て是認されるような考え方は、勝てば官軍の結果主義を徒に肯定するものであり、無血革命、白色革命という言葉があるように、革命の全てが必ずしも平和主義とイコールではないことに反します。

 また、《海ゆかば》に対する見解についても一方的な主観から述べられたものであり、具体性を欠き、客観性がありません。」


「委員長。」

「吉田さん。」

「《インターナショナル》は、歴史上、起こり得るべくして起こった、圧政に対する革命に関するものであり、民衆によるロシア帝政に対する革命歌です。平和主義は尊重される可きものですが、これは歴史上の必然性から見て止むを得ない、謂わば正義の闘いに関するものとして例外と考えられる可きと思います。

 一方、《海ゆかば》については、戦後行われた極東国際軍事裁判においても旧軍を中心とした旧政府の戦争犯罪責任が明らかとなったように、戦前のいかなる戦意高揚の歌唱も、今後歌われる可きではないと考えます。」


「委員長。」

「三隅さん。」

「《インターナショナル》は止むを得ないという歴史的事実を是とするものであれば、太平洋戦争は止むを得ないものであったという歴史的判断は有り得ないのでしょうか?」


「委員長。」

「三田さん。」

「重ねて申し上げるように、極東国際軍事裁判において、旧政府の失政は明らかであり、太平洋戦争は止むを得なかったという歴史的判断は誤りです。」


「委員長。」

「フロイライン・ヴィルヘルムス。」

「着校式で演奏、歌唱された《ラ・マルセイエーズ》も革命歌デスが、其の革命の正当性は、革命後幾度も否定、肯定を繰り返して現在に至るまで、定まった一定の見解はありマセンん。

 また十七世紀以降の欧州での争いの歴史を見ても、戦争の何が正しく、何が誤っているか、ということは、当事者の夫々が主張するものでアッテ、客観性をもって正義、非正義と断罪されるものではありマセン。

 極東国際軍事裁判、ニュルンベルグ軍事裁判は、何れも戦勝国の立場から、遡及的に国際法を適用したものであり、其の正当性が絶対的であるか否かについては、当時の判事、検事の回顧録、そして、其の後の東西冷戦の状態を見れば、いかに不安定、かつ不確実なものであるかが理解できマス。

 其のような中で、東西何れの思想であっても、唯一絶対の思想・信条を定めることは絶対主義の復古にもつながることから、日本国憲法では、此のような歌を歌唱することも含めて、いかなる内心の自由も侵害されないことを保障スルものとして三原則を明記したのではありマセンか?」


「委員長。」

「三田さん。」

「国際的な政治決定を、ファシズムにつながる固定観念と関連づけようとする被申立人の発言は、寧ろ日本国憲法に対する冒涜であり、発言の撤回を求めます。

 また、着校式におけるオーストリア国歌演奏に対しても歌唱しないなど、オーストリア共和国に対する被申立人の敬意に対して深く疑念を抱くものです。

 さらに今回提起したように愛国行進曲を歌唱するなど、まさにヒトラー・ユーゲントの再来であるかの如き言動を繰り返しています。

 これは日本国憲法の遵守を基本とする本校の留学生として相応しからぬものであり、併せて被申立人の帰還を自治会をして学校に申し入れることを要求します。」


 声を荒げて発言する三田さんを見て、これは大変なことになったと思って横を見た。すると三隅さんとエリーは焦るどころか、至極冷静な表情、否、二人して薄笑いで静観している。


「委員長。」

「フロイライン・ヴィルヘルムス。」

「失礼デスが、あなた方は歴史的判断、革命は正しい、造反有理と声高に叫び、そして、今度は、私を《ヒトラー・ユーゲント》と呼ばれましたが、私の性別、そして私が着校以来、学校からお許しを戴いて常に胸に付けている此の白い薔薇のバッジの意味を、夫々ご存知ですか?」


「委員長。」

「三田さん。」

「被申立人は議論から逃れるために話題を転換しようとしているだけです。」


「フロイライン・ヴィルヘルムス、それは本件に関係のあることですか?」

「ハイ。申立人代理人の根本的な質問姿勢を問い、私の着校以来変わらない政治的、思想的、信条的な内心を証明する重要な事柄デス。」


「申立人代理人は、被申立人の質問に答えて下さい。」


 三田さんたちが額を寄せて相談している。

「委員長。」

「三田さん。」

「あなたは女性であって、其の白い薔薇の意味は、失礼ながら、『純潔』という花言葉かと…君、委員会の場で失敬だぞ!」

 噴き出すようにアハハと思わず洩れた三隅さんの失笑に、三田さんが余裕なく怒鳴った。


「委員長。」

「フロイライン・ヴィルヘルムス。」

「では、Anschlußによって、Österreichenがどれほど犠牲になったかをご存知デスか?」

 三田さんたちが額を寄せて相談している。


 僕は、三隅さんに(アンシュルスってなんですか?)と耳打ちした。三隅さんは、膝の上に置いたメモで「ナチによるオーストリア併合」と走り書きした。案の定、美作さん達が相談をしている。


「委員長。」

「三田さん。」

「それは、本委員会と関係のない不規則発言です。」


「時間も限られているので、被申立人は、議論に直結するよう簡潔かつ具体的に発言をして下さい。」

「委員長。」

「フロイライン・ヴィルヘルムス。」

「確かに私は女性デス。言葉尻を捉えるようですが、《ヒトラー・ユーゲント》には女性は入れマセン。ナチスの少女組織ならば《独逸少女同盟》デショウ。そして、白薔薇の花言葉には確かに『処女』という意味もありマス。それ以外に、『尊敬』と『相応しさ』も意味します。

 本題に戻りマスが、歴史的判断、民衆蜂起を絶対的な善として《インターナショナル》を例外とスル一方で、大東亜戦争を全て否定スルなど、物事の定義づけや単語を異様に大事にスル、イワバ概念論的な判断手法で私を断罪シテいる貴方方なら其様な事は当然ご存知だと思っていマシタ。

 結局貴方方は、一方的な価値観に盲従シテいるダケであって、閉じた世界の外を見ようとしてはイナイ。自らの信じるイデオロギーの検証もセズに、それと異なるものを排除シテいるだけに過ぎナイ。

 Österreichは、Anschlußで愛国者数万人が処刑されマシた。それは同じゲルマン民族であってもデス。私が着校以来、胸に付けている此の白い薔薇は、ナチスに対する抵抗運動の象徴です。

 ÖsterreichはDeutscheでもなければナチスでもナイ。 寧ろ、ナチスによる欧州で最初の犠牲者デス。此の白い薔薇のバッジを日本でも付けるか否かは迷いマシタ。しかし、日本国に対するRespekt尊敬Treue恭順の意も込めて、付けることを学校にお願いしマシた。

 また、国歌、国旗に対する畏敬の念は、形で表されるモノではなく、内心で示すものデス。当事者として歌唱に際するトキ、敢えて歌唱しない場合があることも御存知アリマセンか?

 勿論、私的な立場にオイテ、冒涜や侮辱を直接表現することを除イテ、不服従を非難されるものでもアリマセン。

 こうしたきちんとした歴史的背景や事実関係を検証も学習もせず、一方的な考え方ダケに頼ってFreiheit des Gedankens(他者の思想的な自由)を制限スルなどという矛盾した似非の自由を、まるで唯一絶対であるかのように声高に叫び、然も、其の理念ではなく、其の言葉や形許りを他者に絶対的に強制するあなた方コソ、ein Faschist von Totalitarismus oder dem Staatsozialismus!(全体主義や国家社会主義のファシストに他ならない!)」

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