二文乙六 春嵐 (2)名前が長いので
【ここまでの粗筋】
主人公の天然「駿河轟」は第一高等学校に、ツンデレ彼女である「ベーデ」は名門女子高に通う二年生。
いつでも何かが起きずには済まされない駿河の、高校二年目の初日が始まる。
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其様な先輩の言葉を思い出している間に,年に一回ずつしかない始業式と終業式のうち《始め》の片一方が済んで了った。
「では、引き続き昭和○○年度、留学生の着校式を行います。留学生入場。」
二年の学年主任で、僕等のホームルーム担任の山名先生に続いて三人の生徒が壇上に登場した。
男、男、そして女。
「おい、どれがどれで、どれがどれだ?」
「どれどれ言うな! 品物じゃあるまいし。」
「今年はドイツが当たり年なんでしょ? じゃあ、ハンサムな金髪の彼じゃないの?」
「当たり年じゃねぇよ。基幹年だってば。」
「女の子、意外とちっちぇえなあ。俺たちと大して変わらないぞ? 異人ってのはみんな大きいんじゃないのか?」
「お前は江戸時代の町人か?」
「ドイツ語圏は西ドイツじゃなくてオーストリアだって聞いたけど、オーストリアって英語じゃないのか?」
「それはオーストラリアだろ? お前なんか留年だ。」
講堂中がワヤワヤと小学生のようにざわついているなかで、山名先生は留学生を一人一人脇に着席させた。
「留学生紹介、並びに、国歌演奏。」
「二理甲一、グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国、…。」
女生徒にとってあこがれの君となる筈だった金髪のハンサムな彼が立ち上がり、壇上中央に立ち、交響楽団の国歌演奏が始まった。
「いやぁ…。英語選択にすれば良かったぁ…。」
今更嘆いても後の祭りだ。
「二文丙四、フランス共和国、…。」
栗毛色の髪の如何にも優しそうな好青年が壇上中央に立ち、ラ・マルセイエーズが流れる。
先程の、ゴッド・セイブ・ザ・クイーンといい、ラ・マルセイエーズといい、留学生の彼らは、
最後、愈々僕らのクラスで一年間を過ごす《彼女》の番になった。
「二文乙六、オーストリア共和国、…。」
金髪を複雑な三つ編みにして後ろにまとめた彼女は、壇上中央に立つと大きなメガネを片手でズリ上げ、気を付けをした。
前の二曲と比べれば殆ど馴染みのない国歌が流れる間、彼女は目を瞑り、胸に手も当てず、口を開くこともなく、ただ姿勢を正した儘、正面を向いていた。
* * *
式典が終わり、普段通りドヤドヤと、何のまとまりもなく教室に戻る。
そして、これまたワヤワヤと、先生が見えるまでの間、所在もなくざわついている。
廊下から聞こえる他の教室の騒々しさが、一つ、また一つと消えていくなか、建て付けの悪い,うちの教室の前扉がガタガタと開き、山名先生が例の留学生を伴って現れた。
「はい、立ってーっ。礼。はい、座ってーっ。」
ガタゴトバタンと騒々しく着席する中、山名先生は留学生と一言二言交わしている。
「あー、改めて自己紹介しておく。これから君たちに「留年が無ければ」二年間、一緒に過ごすことになった山名です。小学校と大学以外は、ずっと此処で過ごしているので、分からないことがあれば、何でも教官室までいらっしゃい。僕のことは、僕が話すよりも君たちの方がよく知っているだろうから、以下省略。」
室内がドッと湧いた。
「あー、はい、お待ちかねの、留学生を紹介するよー。」
「Erkl
「
「自己紹介するそうなんで、謹聴!」
彼女は、先刻の講堂での所作と全く同じように、教壇の前に立つと、緊張を解くためか両肩を少し動かしてから大きなメガネをズリ上げた。
「
彼女は、ペコリと頭を下げ、またメガネをずり上げた。
語尾に
「だ、そうだ。まあこれ以上のことは、此処で聞いたところでお互い直ぐに忘れて了うだろうから、習うより慣れろ、ということで、溶け込んだ方が良いだろう。」
彼女は、少し顎を上げて先生の方を見ている。
「あー、お世話役というか、彼女の窓口係を一人決めておくことになっていて。此のクラスは全員がドイツ語選択だから、それ以外に何か参考になるものは、と見ていたら教科登録簿に《外交官》と書いているのが居たな…。」
「…駿河! 居ないか?」
「あ…はい。居ます。」
僕は、すっかり他人事のようにぼーっと眺めていたので、何度目かの呼名で漸く気がついて返事をした。これまでの僕の抜けきった行状を知っている友人達が笑っている様子に、留学生の彼女はキョトンとしている。
「君、フロイライン・ヴィルヘルムスの窓口になって呉れ。」
「はぁ。」
指名されてもなお、我が身のことである実感の全くない僕は、不遜にもみえるほどの間の抜けた返事をした。
「女性でなければ無理なことは、女子全員に振って呉れ。女子は少ないから全員でフォローしなさい。」
《彼女》フロイライン・ヴィルヘルムスは、まだ先生の顔をあどけなく見つめた儘首を傾げている。
「フロイライン・ヴィルヘルムス、君のこれから一年間の窓口は彼、駿河轟君だ。暫くは彼の隣に座って、様子を教えて貰いなさい。」
「
彼女は、教壇から降りて、迚も足下に気を付けながら此方にやって来た。
それは見方によっては、散らかった部屋の中をそっと歩くような、念の入った歩み方だった。実際、僕らの教室内と言えば、時間ごとに教室移動があるので、鞄は床に放りっぱなしで足の踏み場も無いのが本当のところだった。
「|Ja, Ich kann arriven hier《やっと着きました》.. hai!」
「W, W,
「
対象が此処までやって来て、漸く(もしかしたら、これは大変なことになったか?)という気持ちが湧いてきた。
「ドゾ、私に気を遣わずに日本語で話して下サイね。」
「Ah, Ja, Ja, Danke, ....Danke.」
* * *
「えっと、フ、フロイライン・ヴィルヘルムス?」
「Ja. 何デショウ、駿河サン?」
改めて彼女を見ると、それがゲルマン系特有なのか、少し角張った面立ちで、整ったと言えば整った顔立ちだった。
髪の毛は日影では栗毛に見えても、日が当たれば透き通るほどのブロンドで、それを三つ編みに結って後ろに回してまとめている。
これまた西洋人特有の遠視なのか、メガネ越しに見える目は少し大きめになっていて、心持ち目尻が垂れているのが愛嬌だった。
「其の、どういう風に呼んだら良い? ヴィルヘルムスさん、が良い?」
「Ah.., 名前は長いので、
「ェリィ、ね。」
「そぅです、ェリィです。」
彼女は転校生にありそうな緊張感というものもなく、口を開けて屈託なく笑っている。どことなく中学時代にいつもケラケラしていた内村さんのような天真爛漫なイメージだ。
彼女のあまりにもあっけらかんとした表情と態度と外貌のギャップに、寧ろ此方の方が何をどう語りかけて良いものか頭の中が混乱していた。
外貌のはっきりした女の子というのは、ベーデや久我さんで慣れていた筈でも、此処まで見事に(というと失礼だが)日本人離れした容姿が目の前に現れると、哀しいかな未だ文化的には殆ど開国していない高校生の僕にとっては、幕末の警護役の武士さながら、冷静な様子を維持するのが矢渡の状態だった。
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