一音六 晩冬 (1)私が貴男を選んでいるの
【ここまでの粗筋】
主人公「駿河轟」は、第一高等学校の一年生。
彼女である「ベーデ」は名門女子高に通う。
これまでの経験と糧に、互いに想いをぶつけ合いながら育つ二人。
二人の時間は、ドタバタする中にもしっとり感もあり。
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聖夜の前日。
ベーデは
「あら…、珍しい。今日は学生服じゃないのね?」
「聖夜前日くらい、学生服じゃない格好をする頭脳は持ってるぞ。」
「威張っても私との違いは相変わらずね。」
「地味で悪う
「でも、全然構わない。貴男は素敵よ。行きましょう、今日はプレゼントを其の場で選んであげる。」
軽く腕を組む、というよりも文字通り《連行》されるように連れて行かれる。彼女が上機嫌な表情でもなければ、痴漢を交番に突き出しに行くような勢いだ。
少し歩いてデパートに入ると、マフラーのコーナーで、あーでもない、こーでもないと悩んだ揚げ句、少しだけ華やいだ色合いのマフラーを選んで呉れた。
「ほら、これなら今の格好でも、学生服のときでも似合うでしょ?」
「足駄履きのときは駄目だな。」
「あら、何にだって合うわ。でも、どうせ下駄履きのときはマフラーなんかしないでしょう? ハイッ。For You!」
「Thank you!」
「
「何が良い?」
ベーデは僕の左腕に掴まりながら考えている。
「ご飯を食べさせて頂戴?」
「それじゃ、普段と変わりないじゃん。」
「鳥渡だけお洒落な処が良いわ。勿論、私たちが二人で入ってもおかしくないような処で。」
「ん~。分かった。」
* * *
「へぇ、イヴだっていうのに、昼間とはいえ、予約なしで入れるような気の利いたお店、よく知ってたわね。」
「先輩の行きつけ。」
「あら、気の利いた先輩も居るのね?」
「
「
「別の人。」
「ふ~ん。女の人?」
「そう。」
「ふ~ん…。」
彼女は片方の眉だけを上げて、横目遣いでニヤニヤしている。
「なに? 妬いてんのかい?」
「
「やっぱ妬いてんじゃん。」
「妬かれ度くないの? 妬かれて本望でしょう?」
「ん~、確かに『どうぞ御勝手に』と言われたら、めげるだろうなぁ。」
「そうよ。恋愛なんて、妬いて妬かれてなんぼのものよ。」
「で、気になる訳だ?」
「悪い?」
「大丈夫だよ。其様なんじゃないから。けど…。」
「けど、何?」
ベーデは口に運んでいたパエリアをのせたスプーンを止めて皿に置いた。
「お前は『美しく在る』ということに、自分で疲れることってないか?」
「は? 何、言ってんの?」
「其の先輩はさ、凄く綺麗だったんだけど…。」
「けど?」
「綺麗で在り続けることに疲れてるみたいで、しんどそうだったから、『辛いくらいなら止めたらどうですか?』って言ったら、普通になっちゃった。」
「何、それ? 凄く綺麗から普通に、って。」
再びパエリアを口に運び始める。
「髪型とか、コンタクトから眼鏡にとか。」
「じゃ、元々の作りは良くなかったってこと? いじって綺麗を作ってたってこと?」
「面立ちは変わらないんだ。中身の賢さが滲み出ている人だから。」
「それなら、ある意味で《綺麗な人》っていうのは其の儘じゃない。」
「でも、男子許りじゃなくて、女子も『どうしたんだろ?』って噂になっちゃって。」
「それは外見しか見てない人の言うことよ。」
「俺もそう思う。」
「…で、私についてだけど、お生憎様で、其様なに気苦労するほど時間を掛けてないから大丈夫よ。」
「俺の御蔭だな。あーだこーだと喧しく言わないから。」
「い・い・え! 私が元々から綺麗だからよ。」
自分には何の心配もありません、ということを誰にでも分かるような晴れ晴れしい表情で言って退ける。少しでも其処に隙があれば「何を馬鹿なことを」と突っ込んでもみ度くなるのだが、こういう時の表情と堂々とした言い切りぶりは、鏡を見て練習でもしているのか、恐ろしいほど、隙がない。
「…お前に素直さや謙虚さがあればねぇ…。」
「あれば?」
「非の打ち所がないと。」
「あら、
「俺は?」
「九十五点。」
僕のことになると、すっかり無表情で、
「何? 妬かせるような心配させるから五点減点か?」
「良いえ、単に妬かせるようなことくらいなら、結果的にはプラス要因よ。マイナスの五点は、其の脳天気加減。」
「あら、そ。」
「でも、
「なんだってまた?」
「息苦しくなる。」
「あ、そう…?」
彼女は此処まで言ったところで食事の手を休めると、ナプキンで口を拭き、グラスの水を少し飲んで此方を真っ直ぐに見た。
「あと、私の手に負えなくなる。」
「ふーん、手に負えないってか。」
「そう、言い方を変えれば、手に余る。」
「よく分かんねーな。」
「良いのよ、貴男は作らなくたって。自分らしくさえしていれば。前にも言ったでしょ? それが貴男なんだから。」
「あ、そう。」
「貴男は? 私の何処が気に入っている訳? 当然のことである《美人》は除いて。」
「除いて?」
「一々復唱しなくて良いわよ。無いとかいったら、テーブルひっくり返すわよ。」
「何だか、それ、夏にも聞かれたような覚えが…。」
彼女は既にテーブルの端に手を添えている。此の儘だと本気でやりかねない。以前、まさか本気でやるまいとたかをくくって「やれるものならやってみろ」と言ったところ、グラスに入った水を正面から思い切り顔にかけられた経験があった。
「そういう正直で真っ直ぐなところ。」
「よろしい。九十五点。」
彼女がテーブルを掴んでいた手を引っ込めた。
「また、五点減点か?」
「《可愛い》が入ってないわ。」
「百点満点にすると別れられちゃうから言わない。」
「今日は例外にしてあげるから、今直ぐ言いなさいよ。」
「質問を通り越して脅迫だな。」
「まあ、今日のところはクリスマス恩赦で執行猶予にしておいてあげるわ。」
食事も済んで、家まで送っていく道すがら、お腹が満たされると眠くなるかと思いきや、其の前に一瞬だけ頭の方に血が巡るのか、いろいろと普段考えないようなことが浮かんでくるらしい。
「貴男は私のことが心配じゃないの?」
「何の心配? そうそう、勉強きちんとしろよ!」
「違うわよ。此様な良い娘が誰かに他の男に獲られやしないか、とか。」
「そう思わないこともないけど、心配したって仕方ないじゃないか。夏にも自分で言ってたろう? 他の男が放っておかないんじゃなくて、『私が貴男を選んでいるの』って。選ばれる立場としては心配の仕様もない。」
「それでも少しは心配しなさいよ! それが私の向上心につながるんだから!」
「お前の為になるっていうんだったら、今日はクリスマスだし、言ってやろうか?」
「はい、どうぞ。」
「其様な、映画撮影しているんじゃないから、いきなりキューを出されたって…。」
「ほら、早く! 家に着いちゃうじゃないの。」
僕は彼女の両肩を掴んで、自分の方に向けた。
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