一音六 女心 (4)瓶底眼鏡の巫女さん

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は、第一高等学校の一年生。

 彼女である「ベーデ」は名門女子高に通う。

 互いに想いをぶつけ合いながら育つ二人。

 駿河の成長を支える高校の先輩ゾンネさんに、思い付きとは言え「意見具申」ができるまでになった駿河だが。

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 久我ゾンネさんは、それを機になのか、元々思うところも在ったのか、兎に角、週明けから姿がガラリと変わった。と、言っても、いきなり全てが変わって了った訳ではなくて、先ず眼鏡を掛けてきた。


「はれ? 久我ゾンネさん、視力悪かったんですか?」

「ド近よ、ほら!」


 見せて呉れた眼鏡は、太目のセル・フレームだというのに、レンズが可成りはみ出ている。否、はみ出ているどころではなく、可成り分厚いレンズをセルフレームがかろうじて支えている、というほどだった。


「瓶底にならないように、少しブラウンを入れて、端も削ってるんだけど、見よ! 此の厚さ。」

「確かに、凄いですね。僕でもクラクラしそうです」

「コンタクトレンズのケアに使っている時間や、目の負担を考えると、今は無駄かなと思って。」

「良いんですか? 外見は?」

「良いのよ、これで離れていく人なら、それだけの人だから。でもレンズが曇って見え難いのはマイナスね。」

 いつもの蕎麦屋の二階で、眼鏡を真っ白に曇らせながら、別人のように蕎麦をたぐっている。


 *     *     *


 翌週になると、今度は今まで綺麗にブロウして整髪剤でバシッとキメていた髪がヘアピン止めに変わった。それも黒い基本的なピンを何本も使って。


「何処かの厳しい女子校で見たことありますね、そういう髪型。」

「もう少し伸びて呉れるとまとめやすいんだけどね。」


 其の言葉通り、一月も経って髪が伸びてくるや否や、お下げにして了った。


「もう、こうなると、はて、何処の何方でしたか? の世界ですね。」

「私は私だもの、楽で良いわ。時間もかからないし。」

「でも、久我ゾンネさん、これはこれで可愛いですね。」

「有り難う、そう言って呉れるのは君だけだわ。」


 久我ゾンネさんがお気楽なことを言っている一方で、僕は応援部の先輩方から追求を受けていた。


「おお、三年じゃ専らの噂だぞ。一年の駿河が久我ゾンネを壊したっつうて。」

「誰も壊してなんかいませんよ。肩の力を抜いたら楽になるかも知れませんよ。と言っただけです。」

「何か? お前、久我ゾンネの彼氏にでもなったのか?」

「滅相もない。僕は只の後輩です。何の変わりもありません。」


 *     *     *


 十二月になり、学校の図書館で勉強している様子を見ると、最早往時の久我ゾンネさんの見る影も無くなっていた。髪はお下げから更に変わって背中で一束ね、まるで瓶底眼鏡の巫女さんである。


「僕ぅ!」

「はい。」


 久我ゾンネさんが、突然思い出したように顔を上げ、此方を見ている。重たい眼鏡がずり下がって、まるでコントだ。


「君、クリスマスは?」

「彼女と一緒ですが」

「あ、そうね、はいはい。…今日はトンカツでも食べに行こうか?」

 そう言うと、彼女は、再び机に向かった。


 *     *     *


 翌日、僕は小林ヘルツさんに廊下で呼び止められた。


鳥渡ちょっと、良いか知ら?」

「はい。」

久我ゾンネのことなんだけど」

「同性でも気になりますか?」

「ううん、まあ、質素というか、異様に隙がない状態から解き放たれたのは良いとして、落差が激しすぎるから中味は、どうなったのかな、って鳥渡心配。」


「何か変なこと、成績が落ちた、とか、ありましたか?」

「成績は落ちるどころか鰻登りよ。話していて以前よりトゲが無くなったかな、という感じくらい。」

「何か悪いことでも?」

「それは無いけど…駿河君、大抵校内では彼女と一緒に居るでしょ? 他に変わったこと知らないかな、と思って。」

「うーん、あまり遠くまで美味しいものを食べに連れて行って下さることがなくなりました。」

「それだけ?」

「強いていえばそれくらいで。」

「そう、なら良いの。ごめんなさい。」


 小林ヘルツさんが心配するほど、久我ゾンネさんの外見や身のこなしというのは耳目を集めていたのだろうか。

 とすれば、それを常時気に掛けていた久我ゾンネさんの心の重荷は確かに大変なものだったのかも知れない。

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