一音六 女心 (3)君の存在価値は

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は、第一高等学校の一年生。

 彼女である「ベーデ」は名門女子高に通う。

 二人で初めて迎えた駿河の誕生日も円満に終えた二人。

 そんな駿河の成長を支える一翼は、高校の先輩ゾンネさん。彼の今日の様子を見ると。

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「僕ゥ、何にする? 此処はかき揚げ丼が美味しいわよ。」

「あ、では、それで」

 いつものお供で新橋の天麩羅屋に入った時だった。


久我ゾンネさんは、周囲の視線て気になりませんか?」

「当然なるわよ。だから磨く。すると見られる。そして余計に磨く。」

「其様な循環を繰り返して、疲れませんか?」

「疲れるわね。」

 彼女は首を左右に振って、肩凝りを解す様を見せた。


「じゃ、いっそのこと止めちゃうとか。」

「それが怖くて出来ないから、今の私の存在があるんじゃないの。」

「はあ。」

「少しでも堕落した自分を考えると吐き気すら催すのよ。 ゥオワッチチ!」

 嘆息と共に真顔で独白した後、両手で包むように持った湯飲みの熱さに目を丸くしている。


「そういう久我ゾンネさんの抜けたところって、学校では見られないですよね。でも似合ってますよ。あまり美しさに拘り過ぎて、本当の姿を覆い隠して了うのって、勿体ないと思います。あと、其処までいくと病気じゃないですか?」

「そうね、病的ではあるわね。少なくとも。」

「じゃあ、治したほうが良いですよ。僕は、普段みたいにツツツと楊枝を使ったり、熱い湯飲みに目を丸くしている久我ゾンネさんだって素敵だと思いますけど。」


「其様なこと言ったの、君が初めてね。」

「誰にも言わないからですよ。ナルシストだって」

「言う気にならない相手ばっかりだったからよ。それ以前に、誰にも聞かれなかったわね。」

「普段、隙あれば殴るぞ、なんていう雰囲気で居るからですよ。それにしても、どうして僕には打ち明けたんですか?」


「聞き度い?」

「はあ、まあどっちでも。」

「私が認めるだけの美人が彼女だったからよ。」

「また付随条件ですか…。」

「それは重要よ。其の美人が何故、此様なに《かまわない》《抜けた》《迷惑なほどマイペース》な男に惹かれているのか、一体全体、一緒に居て疲れないのか? それなりの理由があると思ったからよ。」


「今一つ、よく分かりませんが。」

「下心見え見えで近付いて来る男なんて論外。私の外見にしか興味がないから。其の意味で、君は、まあ私が認めるだけの美人の彼女と上手くいっているようだから安全。」

「はあ、成る程。」


「プラス、もしかしたら、美しさを維持することにさえ気楽になって了う何かを君は持っているのかも知れないという興味。」

「ははぁ…。」

「分かった?」

「何となく。」

「あ、来た来た、さあ、戴きましょ。」


 久我ゾンネさんの魅力は、何様な話題を話しているときでも、すぐに他の展開に入れるほどの適応の早さだった。

 重たい話題でも、軽い話題でも、実に分かりやすく、まさに目の前で起きているかのように身近な雰囲気で話して呉れる。


「それって、僕の存在が重要なんじゃなくて、久我ゾンネさんにとって何らかの答が出たとか、何か分かったかが重要なんですよね。」

「そうね。」

「何か分かりました?」

「少し。」

「それは良かったですね。あ、ほんと、これ美味しいですね。見た目ほど油がしつこくなくて。」

「でしょう? 天麩羅もね、ネタによってお店を選んだ方が良いわよ。」


久我ゾンネさん、いっそのことを作った方が良いんじゃないですか? こういうのって彼氏を作ったら彼氏が嫌がりませんかね? 自分の良いところを見せられなくて。」

「君は喜んで連いて来るじゃない?」

「僕は別に久我ゾンネさんに良いところを見せようと思ってないですし。それに僕の存在自体じゃなくて、僕の彼女に関心がある訳でしょう?」


「成る程ね、君は其の彼女の前でも良いところを見せようとはしないの?」

「そりゃ見せるに越したことはないでしょうけれど、今更背伸びをするような間柄でもなければ、お互い良いも悪いも知っている四年目ですから。」


「其処かもね…。」

「何ですか?」

「知らない相手だから自分を作ろうと思う訳よね。」

 彼女は、割り箸を鉛筆のように持って僕を指している。


「そうでしょうね、第一印象とか気にすると。」

「知っている相手、特に自分の中味まで知っている相手ならば、繕わなくても良いのよね。」

「まあ、そうじゃないですか?」

「でも、最初から其様な人なんて居ないわよね。」

「居ませんね、僕の場合でも、結果論の産物ですから」

「付き合っているうちにどんどん自分が見えていって了う、というのは怖いわ。」

「それは仕方ないんじゃないですか? 人間なんだから。」

「でも、美しく在り度いもの!」

 という割には、かき揚げ丼をかきこんでいる。


「歳をとったらどうするんです? 人間生きてりゃ五十、六十に成りますよ?」

「そう、それも怖い。それどころか二十歳になるのが怖い。」

久我ゾンネさん、外見に拘り過ぎじゃありませんか?」

「それは正解。アチッ!」

 彼女は、答えながら詰まったご飯をお茶で飲み下している。


「中味に拘ってみるとか、ある日を境にして変わってみるとか。何処かで踏ん切るとか、思い切るとかって重要だと思いますよ。例えば大学入学を契機にしてみるとか。」

「面白いことを言うわね。」

「男だからかも知れません。」


「男は女の外見しか見ないんじゃないの?」

「外見も勿論大事ですけれど、それだけじゃありませんよ。」

「ほら、大事でしょ?」

久我ゾンネさんの場合、元々が良いんですし、中味から滲み出る賢さもありますから、其処まで病的に気にしなくても良いんじゃないか、って思いますけど。」

「やり過ぎってこと?」

「やり過ぎ、っていうより気にし過ぎで損してませんか? 時間とか。」


「確かに時間は懸かるわね。」

「時間を懸けるなとは言いませんけど、程々でも充分美人じゃないですか。」

「程々ねぇ。アッツツ!」

 今度は赤出汁の熱さに顔を蹙めて、まるで仇のようにお椀を睨んでいる。


「それにあんまり完璧を目指すのも、何か外見許り気になる男許りが寄ってきて、本当に久我さんが必要としているような人は敬遠しちゃうかも知れませんよ。」

「かき揚げ丼を食べながらよく其処まで頭廻るわね。」

「頭が廻るんじゃなくて、思ったことをベラベラ無責任に喋ってるだけです。」

「成る程。」

「と、彼女には言われています。」


「君、彼女に感謝しなさいよ。美人で、観察眼も的確な娘なんて、そうそう居るもんじゃないんだから。」

「それは感謝してます。どういう理由か、女性の巡り逢わせには恵まれてます。」

「そうなの?」

小林ヘルツさんに育てて戴いたり、彼女が出来たり、久我ゾンネさんにも、今こうして色々教えて戴いています。」

「そうね、ある意味、君は不思議なところがあるわね。君と居ると肩が凝らないわ。」


「存在感が有りそうで無さそうで、無さそうで有りそうで、謂わば人畜無害と言われました。」

「彼女に?」

「はい。」

「君の存在価値は、自己主張せずに存在感があるところか知ら。」

「久我さんの見立てとしてはそうですか?」

「ええ。」

「じゃあ備忘録には、そうメモっておきます。」

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