一音六 女心 (1)ナルなのよ

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は、第一高等学校の一年生。

 中学卒業直後から交際を始めた同級生の盟友「ベーデ」は、別の名門女子高に進学。

 すれ違いがちな日々も理解力で乗り越え、二人で初めて迎えたベーデの誕生日も円満に終えた二人。

 そこで再び駿河の日常に目を戻すと。

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久我さんと一緒の座敷席。

行きつけの日本蕎麦屋で、二階に上がれば夕方まではがらがらで、鳥渡した広い個室状態。


「私ね、未だ君が応援団に居たっていうイメージが全然湧かないんだけど…。」

「そうですか?」

「此の間、髯を伸ばして髪を剃った時は、まあ、辛うじて其様な感じか知ら、とは思えたけど、正装で普通の恰好なら典型的な模範的一高生よね。」

「それは誰だって、正装で立ち居振る舞いを整えればそうですよ。」

「それにも増して、君があの一中で団長をしていたということが信じられない。私には全く想像できない。」

「それって、褒められているんでしょうか? 貶されているんでしょうか?」

「何方でもないわ。単なる感想。アッチチ…。」


彼女は、残暑だというのに熱い月見蕎麦と格闘しながら言った。


「僕は、其の感想にどう反応すれば良いんでしょう?」

「何を好きこのんで、アノ一中の応援団に入ろうと思った訳?」

「珍しかったからですかね?」

「ふーん。そんな君の方が珍しいわね。」


「そう言う久我さんは何故アノ二中の応援団に?」

「…私は強く成り度かったからよ。」

「武道系の部活じゃ駄目だったんですか?」

「武道系は自己鍛錬と、ある程度の限界があるでしょう? お行儀の良さっていうか。そういうのを全部突き破った強さが欲しかったのよ。」


「out lawっぽいですね。それで、強く成れましたか?」

「そうねぇ、二中の副団長様と言えば、其の自他共に認めるというやつで。」

「御蔭で、僕は一年の時、えらい目に遭いました」

「ああ、そうね、お世話になったわね。でも、やらせておけば良いのよ。「本当の馬鹿」と「馬鹿真面目」。馬鹿は馬鹿同士殴り合いをさせておけば。」

「そうもいかないでしょう。」

「そう考えるのは鍛錬馬鹿だけよ。狡猾馬鹿なら、吾関せずで帰るわよ。」

「そうですか?」

「そうよ、実際、そうだったし。」


蕎麦湯まで飲み終えて、合掌をしている彼女に思い切って訊ねてみた。


「前から不思議に思っているんですけど。」

「何?」

「久我さんて、彼氏は居らっしゃるんですか? 何か、男性の噂とか、聞いたことも無いですし、常時男性陣をからかって許りで…。」

「あら、此の私に興味があるの?」


彼女は卓の上に腕を置いて、『そう質問する君の方にこそ興味がある』とでも言うかのように、ぐいと身を乗り出してきた。


「あ、いえ、他意の無い正直な疑問です。」

「じゃあ、他意の無い正直な返答をするなら、居ないわ。」

「其処が不思議なんです。七不思議とか言われませんか?」

「何故、君は其様なに私の彼氏に拘るの?」

「僕が拘っているというより、皆に、お前鳥渡聞いてみろ、って。」


「アハハ、それで真正直に?」

「他の人は、殴られるのが怖くて迚も聞けないそうです。」

「君は殴られても良いの?」

「駿河は一中で殴られ慣れてるから良いだろう、って。」

「それで、君も納得したの?」

「まあ、自分の好奇心も満たされますし。」


「他の人に教えない、っていう約束が出来るなら、教えてあげても良いわ。」

彼女は、横を向いて手で口元を隠し、ツツツと楊枝を使っている。


「秘密を共有出来るというのはワクワクすることですけれど、また、普段みたいに口先だけで誤魔化されるんじゃないでしょうね?」

「ちゃんと教えてあげるわよ。其の代わり、君も、皆が言う通り、聞き出した後にそれなりの代償があることは覚悟の上ね?」

「ええ、まぁ。」


久我さんは、黙って制服の胸ポケットから生徒手帳を取り出した。

(あ、こりゃ、誰か意中の人に片想いなんだな…。)

ありきたりな予想で好奇心をもって眺めていると、果たして其の中から小さな写真を取り出した。


「ほら…。」

「拝見します…。」


僕は写真を両手で受け取り、それを眺めた。


「へ? これはご自身じゃないですか?」


写真は、裏面の日付からして中学三年、応援団幹部の時だろう。着物、袴姿の彼女だった。髪は今と同じように短く、写真館で撮られた其の一枚は、それこそ宝塚音楽学校の男役候補のブロマイドのようだった。


「中学校の時はね、自分を鍛えることに夢中で、男なんか絶対に相手にしなかった。だから彼氏はナシ。」

「勿体ないですね。此の容姿で。」

「勿体ないから、誰のものにも成り度くなかったのよ。」

「ん~…。」


「早い話、ナルなのよ…。」

「ナル?」

「ナルシストよ。」

「ほぉ。」

「自分を磨く余りに、自分の美学に自分で惚れ込んじゃって、他人を受け容れられなくなったのよ。」

「はぁ…。」

「何よぉ、教え甲斐が無いわねぇ。」

久我さんは、僕から写真を受け取り、丁寧に生徒手帳に仕舞いこんだ。


「自分ではよく知らないんですが、三島由紀夫みたいなものですか?」

「ちゃんと分かってるじゃない…。」

「周囲の理解を得られないからといって自害したりしないですよね?」

「其処まで思想的じゃないわ。」

「安心しました。」


蕎麦屋を出て、公園の中を通って駅まで歩く。


「君の彼女も噂に聞くところじゃ、可成り鍛えた美人らしいけど、よく君と付き合い始めたわね? 何故?」

「それって、僕は、貶されてるんでしょうか?」

「いえ、単純な疑問よ。」

「はぁ、何故でしょう? それは彼女に直接訊ねて貰った方が…。」

「其様なこと言ってるようじゃ、また直ぐに捨てられちゃうわよ?」

「アハハ。」


「君は馬鹿正直ね。お人好しというか。それでよく団長が務まったわね。」

「だからそれなりの波風もありました。」

「団? 恋?」

「まあ、両方。」

「面白い子ね。」

「《子》ですか?」

「そうよ。私から見たら、まだまだ経験も足りない子どもだもの。《僕ちゃん》だわ。」

「精進します。」


公園の途中で人影が無い処まで来た。


「じゃあ、約束よ。覚悟は出来てるわね?」

「まあ、疑問も晴れましたし、はい、どうぞ…。」


僕は、ガツンとくることを予測して、目をつぶり歯を食いしばった。

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