一音六 研磨 (2)恋は麻薬だろ?

【ここまでの粗筋】

 主人公「駿河轟」は、第一高等学校の一年生。

 中学卒業直後から交際を始めた同級生の盟友「ベーデ」は、別の名門女子高に進学。

 個性的な先輩達と共に少しズレた日々を過ごす駿河と、常識的な女子高で真っ当な日々を過ごすベーデ。

 夏休みを迎えた二人は、ゴタゴタしながらも、海に出かけてきた。

-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-*-



「はぁ…。」


 ベーデはプール・サイドのデッキチェアに身を預けると、今しも水から上がってきたかのように嘆息をいている。


「これでようございますか?」

「ようございます。」

「泳ぐ?」

「疲れたから、鳥渡ちょっと休む。」

「まだ泳いでもいないのに?」

「…誰が疲れさせたの?」

「一応謝る。ごめん。」

「一応許してあげる。良いわ。」


其様そんなに常時いつもキンキンしてて疲れないか?」

「誰がキンキンさせてるのっ?」

「俺か。」

「認識してるじゃないの。」

「じゃあ、別れるか?」

「そうねぇ~。」

 彼女は物憂げに考える素振りをみせて彼方へ寝返りをうってしまう。


「おいおい、冗談くらい理解しろよ。」

「だって、此様こんなに疲れるんだもの。」

 今度は熱が出たときのように腕を額に当てて目を瞑ったまま言い放つ。


「ちゃんとすれば出来るだろ? ほら。」

「それまでの時間が長過ぎるわよ。」

「分かった、って。今度から冗談まえふりも程々にするから。」

「…良いわよ、其の儘で。」

 目を瞑った儘呟く。


「お? とうとう見捨てられたか?」

「違うわよ。其の儘で受け容れてあげる、って言ってるの。」

「感謝すれば良いのか?」


「…何だろ…。」

「ん?」

「クセになるのよね。」

「は?」

「だからなのか知ら、放り出せないっていうか、別れられないっていうか。」

「俺のことか?」

「そうじゃなければ、誰のことを言ってると思ってるの?」

 此方を向いてキッと目を開けた。


「あ、そう…クセ?」

「刺激っていうのか知ら。味っていうのか知ら。貴男、独特のものがあって、一度其の味を知って了うと、そう簡単には止められないっていうか…。」

「鳥渡待て! 人をなんか危ないモノや、危ないことを教えたみたいに言うな。」

「似たようなものよ。貴男、額に『麻薬』とか『毒物』とか『劇物』とか『危険』とか貼っておいたら?」

「…。」

 彼女はまた仰向けに戻って目を瞑った。


「実際にね、試してみたことがあるの。」

「何を?」

「止められるかどうか。」

「あ~らら。」

「とは言っても、他の男の子と少し普通に話をしてみた程度だけれど。」

「ふ~ん?」


「あら…、貴男でも嫉妬するの?」

 ベーデはデッキチェアの上で、再び寝返りをうって此方を向いた。


「するだろ。普通の感性を持ってれば。」

「新発見だわ。貴男、普通の感性なんか持ってたの?」

 目を丸くしてやけに珍しそうだ。


「で?」

「色々なタイプと話をしてみたんだけど、飽きるのよ。どれもこれも…。」

「どれこれ言うな。みんな人なんだから。」

「貴男の場合、これっていうものは何も無いんだけど、ただ一つ…、飽きないのよ。」

「それは喜ばしいのか? 俺にとって。」

「私と一緒に居度いのなら、喜ばしいんじゃないの?」

 腕枕の姿勢の儘訥々と話を続ける。


「複雑だな…。」

「でも、そういうことを繰り返しているうちに、ああ、こういうことが一番大事なのかも知れない、って思ったのよ。」

「どういうことが?」

「…人の話、聞いてる?」

「うん。」


「…まさに、そういうところね。『これっていうものは分からないけど、飽きなくて、何度怒っても、結局は許せちゃう』ってこと。」

「それが何だって?」

「…貴男、矢っ張り思考回路の何処かに普通と違う処があるんでしょ?」

 彼女の眉間に皺が寄る。


「冗談だよ。一番大事だってことだろ?」

「っとに、何処までが本気で、何処からが冗談なんだか。」

「最早十代から境目のない遠近両用。」

「馬鹿…。まあ良いわ。だから、其の儘で良いの。まあ、好きなようにしていなさいな。」

 ベーデは、また仰向けになって、すっかり放ったらかしを決め込んでいる。

「…誰が?」

「あ・な・た・が、よ!」


 *     *     *


「駿河は泳がないの?」

 彼女が一泳ぎして戻って来た。


「ベーデ、スタイル良いなぁ?」

「そう言うところは、抜け目ないわね?」

「いやあ、思った通りに言っただけだ。お前は口が悪いなぁ、というのと同じ次元。」

「…それは余計よ。」


「何で、他の男が放っておかないんだ?」

「…貴男、私の先刻の話、聞いてた?」

「あ?」

「はぁ…他の男が放っておかないんじゃなくて、私が貴男を選んであげているだけ。」

「ああ、そりゃどうも。」


「それで、貴男は、私のスタイル以外で、何が良いの?」

「顔。…痛っ! いきなり鼻を叩いたら痛いでしょうが!」

「当然なことは、もう言わないで良いから、其の他のところを挙げなさいよ。」

「…。 アタタ! だから叩くなって!」

「返事が遅いわよ!」


「…。何を言っても真っ正面から受け止めて、其の上で受け流して呉れるところ。」

「ふーん…。」

「あと、裏表の無いところ。」

「ふーん。」

「あと、決断が早いところ。」

「ふーん。」

「あと、ちゃんとしているところ。」

「段々漠然としてきたわね。」


「…あと…。」

「もう良いわよ。」

「怖いけど、根は優しくて可愛いところ。」

「最初のところは聞こえなかったことにしてあげる。」

「そういうところ。」

「ああ、矢っ張り、其の馬鹿なんだか利口なんだかわからないのがクセになるんだわ。麻薬ね。」

「そもそも恋は麻薬だろ? ならば、これは正しい恋だ。」

「貴男、そういうこと自分で言ってて恥ずかしくない?」

「恥ずかしいけれど、まあお前のためだから言ってやった。 …痛ッ、だから叩くなって!」

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