一音六 自学 (1)イカカイの方面
【ここまでの粗筋】
主人公「駿河轟」は、第一高等学校の一年生。
中学卒業直後から交際を始めた同級生の盟友「ベーデ」とは別々の進学先。
女子高に進学して地味な毎日を送るベーデとは対照的に、「応援部」に入った駿河は個性的な先輩の洗礼を受ける日々。
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入学から二か月、高校最初の定期試験の結果は惨憺たるものだった。
「おい駿河、どうだったい?」
部室で
「どうもこうもないですよ。
「まあ、進路面接なんぞ言っても、今回と三年最後の二回しかないから、そう腐るな。それにしても、其様な韻を踏んで言われるほどか? どれ見せて見ろ。」
「あ? 数学二十二点、生物四十五点、地理六十二点、英語十七点、現国二十一点、古典七点…お前、志望職業は何だ?」
「…外交官です…。」
「何? 生命保険のか?」
「それは、外交員でしょう…。」
「そうだな。お前、ずっと日本在住だろ? 帰国子女ではないよな。」
「そうです。」
「はあ、何だって現国と古典を合わせても三十点いかないんだ?」
「さて…。」
「
「笑い事じゃないですよ!」
「だって、俺の成績じゃないもの。」
「失礼します…。 な~に?
「お前の後輩とは思えんな…。」
成績表が
「うえ!
「はい。」
「私は君を
「僕も此様な風に育った覚えはないです。」
「失礼します…。 あら、お賑やかだこと。」
「誰の~?」
「ウァ! 何、これ?」
汚いものでも掴むように親指と人差し指で摘まれた成績表がぶらぶらしている。
「其様な持ち方しないで下さいよ。僕のです!」
「だって、馬鹿が
「あ、酷い言われ方ですね。」
「そりゃ、言われるよ、ね~!」
「お前、まさか教科書なんか勉強していたんじゃなかろうな?」
「していましたよ…だから、此様な点数なんじゃないですか。」
「誰も
「だって、
「あら、男は男同士でしょ?」
「あ、
「そんなことを言ったって、
「
「あら、勉強は自分でするものよ。それに
「そもそも一年の面倒は二年の仕事だろ?」
「なんか一生懸命やってるから大丈夫だと思ったし。」
「聞かれないからもう誰か教えたと思ったし。」
「分かりました…皆さん、冷たいですね…。」
「まあまあ、お前まさか、推薦で大学に行こうって訳じゃないんだろ?」
「ええ、まあ一応一般で。」
「なら、別に成績表の点数なんか、それほど気にすることじゃぁない。」
「でも、お前、此の成績じゃ大学進学以前に二年に上がれないぞ。」
「寧ろ大学に行ってからの成績に影響するわよ。」
「あの、皆さん、心配して下さるのは有り難いんですが、僕はどうしたら良いんでしょう?」
そう言った途端、皆が一斉に息を潜めた…。
「良いですよ、もう分かりました!」
「まあまあ、そう腐るな。お前、生物と地理でもう少し頑張れば《イカカイ》に入れるぞ。」
「おお、そうだ、そうだ。」
「何ですか、其の《イカカイ》って、医学部進学か何か目指すんですか?」
「違う違う、其の《医科》じゃあない。」
「有る意味天才肌の人たちの集まりよ、全科目25点以下の人間が集まってるサロン。」
「否々、あれはあれで、芸術系に立派な進学実績を残している。」
「僕は、どうも《イカカイ》の方面ではないみたいなんですが…。」
「じゃあ、素直に勉強しろ。」
「…私が教えてあげようっかぁ?」
部室の端っこの方で机の上に足を投げ出し、黙ってドイツ語の雑誌を読んでいた
「
「オシ、よく言った、駿河! 良いぞ! 日本一! ヨッ!」
「其様なこと言って、あとで泣き言いっても知らないよ、僕ぅ?」
「大体、
僕は、彼女が試験期間中、肩凝りに悩む人のように「あ~駄目、全然駄目、うわぁ駄目…。」と、譫言のように言っていたのを思い出した。
「そうねぇ、確かに最近は全然駄目ね。」
「お前が駄目だったら、俺たちはとっくの昔に放校だ。」
「意外と…良かったりするんですか?
不安になって
「そう、意外と、ね。」
「
「へ?」
「三傑に入れないときは駄目、五傑に入れないときは全然駄目。だそうだ。」
「ほぉぉぉぉ…
僕は、
「私? おほほほ、百傑に入るか入らないかが良いところ。」
「全国ですか?」
「そう。」
「あらぁ…。他の皆さんは?」
「聞くな。」
「以下同文。」
「…
「ダメ、絶対教えてあげない!」
「其様な、意地悪言わないで下さい…。」
「じゃあ、勉強の後に奉天飯店の全部載せ湯麺をご馳走して呉れるなら、教えてあげる。」
「え…それじゃ一週間分の小遣いが…。」
「だって、私は君と似たり寄ったりのダメ~~な成績だもの。」
「うううう…。」
「そうねぇ、僕ちゃん可哀そうだから、ご馳走して呉れたら、其の代わり、毎日お茶をご馳走してあげる。」
「お、駿河、プラス・マイナスでみればお得だぞ!」
「でも…奉天の全部載せは…。」
「決断だ、決断! 男は度胸!」
「分かりました。じゃあ…お願いします…。」
「ダ~メ、全然、心が籠もってない。」
「此の通りです!」
最敬礼で頭を下げた。
「分かったわ。じゃあ、教えてあげる。」
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