20.戦争の終わり

 その声は現場を取り巻く機動隊の元にも届いていた。

 恐ろしい呪いの声というよりは、ただ苦痛を訴えるそれらの言葉に、心が痛まない者などいない。

 聞いている者の心が締め付けられるような悲痛な叫びだった。


「それでもなぁ……お前らはもうとっくの昔に死んでんだよ」


 兵頭はやるせない気持ちでたばこを吹かしたくなる。

 戦争とは無縁の、戦争を知らない世代。

 若い世代であるほどに触れることすらない現実。

 特殊部隊のメンバーも例外ではない。

 戦争について改めて考える機会などそうはない。

 だが、早くこの事件が終わってほしいと、今はいままでとは違う気持ちで誰もがそれを聞いていた。


 帰る場所がない……


 戦争はいやだ……



 母国に捨てられた彼らは、遠い異国の地で行く先を見失っているようだった。


「あなたたちを囲う壁はとっくに失くなっているんです。帰る場所がないというのなら、この国で眠るといい。神も魔も、すべてを受け入れるこの国で」


 清明が静かに告げると声が少しずつ、鎮まっていく。彼らを囲う光が強く、色を失い白くなるに比例するように。

 その内側にあるものが、白に消える。

 誰もがそう思った時だった。



 か べ の な か は  い や だ



 それは途端にはじかれた。

 突然の暴風が吹き荒れ、さきほどまでの弱い言葉に打って変わり、怨嗟の言葉が当たりに響く。


 コロセ、シネ、ミンナシネ


 眼前を覆わなければ立っていられないほどの風は、亡霊をそこに留まらせながらも耳を、脳をつんざくようだった。


 シネ、ミンナシネ!


「清明さん!」

「やっぱり……あれが必要なのか」

「何を!? 何が必要なんです!」


 吹き荒れる風の音に声を大きくしながら会話が交わされる中、清明は中央を注視したまま答えない。

 明らかに動きを止めているのは清明ひとりで、むしろその様子は、この場を動けない状態になってしまったようだった。


「俺たちに出来ることは!?」


 司のその声は、二度目に巻き起こった爆風でかき消された。しかし。


「司!」


 呼ぶ声は北側の封鎖線からだった。

 斎藤だ。私服ではあるが何かを右手に掲げている。


「斬ってくれ!」


 そして近づける限界まで来るとそれを投げてよこした。

 それは石柱だった。

 受け取るのでなければ凶器にもなりかねない、屈強な男の片腕ほどもある無骨な石柱。


 反射的に刀を握る手に力を込めながらも、司はそこに刻まれた旧い文字を読み取った。



 陸 軍 用 地



 数瞬だった。

 読み取ったのとほぼ同時にせまる石柱めがけて刀を一閃させる。

 それは見事に真っ二つに割れて、道路を穿つ勢いで後方に落ちた。


 カベガ コワレタ


 三度目に吹き荒れた風と轟音の中で司は確かにその声を聴いた。

 それからは風なのか、あるいは亡者たちの声なのかうなりのような音を立てて光は、そして吹き荒れた風は何もない交差点の上空に巻き上がった。




 そして、ふいに静寂が訪れた。

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