19.掃討
おそらくは同世代であろう若い面差し。しかし場数が違うのか相対してきたものが違うのか、穏やかと言えるほど静かな声音で彼は告げる。
「予定通りこれから掃討に入ります。怨嗟をなるべく残しておきたくないので事前にお伝えした通りみなさんには直接、手を下していただきます」
人間ではないが、人間だったもの。
それらにどれほど人としての何かが残っているのかは分からないが、今回の掃討には人の手で送り出すことに重きが置かれている。
司が人のかたちをしているからそのものを斬りづらいように、清明も彼らが人だったものだから一方的に消し去ることを避けたいようだった。
ここで起こることは初めから決められていたことなので、誰も躊躇はしないだろう。
交差点の四方に壁のように並ぶ青と白の交通機動隊の制服。
その前には結界を維持する僅かばかりの術士。
それらに囲まれる形で舞台は既に整っていた。
「行ってください」
18人が横二列になって交差点に向き直る。
おそらく今の今まで”彼ら”から自分たちは見えてはいなかった。
彼ら……米軍兵であった歴史の亡霊たちは、交差点に踏み入ると途端に一斉にこちらに注意を向け、秩序を見出した。
「あぁして居並ぶとまるで侍ですね」
清明はその後方で、三列に隊列を組んだ大戦時代の亡霊と特殊部隊の対峙を見守っている。
世界大戦の時代、戦争はスイッチ一つで核が投下され、同時多発的に凄惨な死がもたらされる現在の戦争の始まりだった。
彼らはそんな一方的な破壊と、旧時代の戦争手段の間に生きた人々だ。
それでも白兵戦を主とした第一次世界大戦から、銃撃戦に移った歴史の中でこれほど明確に敵と正面から向き合うことはなかっただろう。
遮蔽物も何もない空間で、観念したかのように亡霊たちもまた、隊列を組むと正面から銃を構えて距離を測る。
軍人VS特殊部隊の正面衝突の構図がそこにあった。
「これで、少しは納得してくれると良いのですが……」
独り言ちる清明。
瞳が細められ、微笑みが消えた。
彼ら海の向こうの人間と、日本人との対峙。
異国の地に長く囚われていた彼らにとってみればこの「戦争」が最後であることは、おそらく理解できるだろう。
銃が刀に負けたとあらば、認めるほかはあるまい。
おおよそ一般人には理解できないような次元においての複雑な因果は、その時初めて断ち切ることができる。その時にこそ清明が術を持って消し去るというのが今回の最終到達点でもある。
彼らは一定の距離を保って静かに対峙していたが、前列に膝をつく兵士服をまとった射撃兵の一斉発砲を合図に、戦況は一気に動きだした。
いわずもがな、司たちはそれを回避、あるいは刀身による防御で傷つかない。
M1ガーランドはセミオートの銃器だ。銃弾の充填は自動でも射出するためのトリガーを引く行為は手動なのだ。
彼らが人間ではないにせよ、その時のルールに縛られているのは明白だった。
短時間のバーストがせいぜいで、防ぎきれば反撃の隙が訪れる。
「悪いけど、大人しく逝けよ!」
そんなものを待たずとも、彼らの身体能力をもってすれば防ぎながら距離を詰めるのは造作もないことだった。
敵の数は3倍ほどか。
五・二五事件の犠牲者がすべてだとすれば62名、あるいはそこから一人を除いた数ということになる。
前列の弾倉が尽きる前に後列が銃を放つ音が重なる。
しかし一列目が撃破された時点でそれらはあっさりと乱戦に移行した。
バイクは現代に生じた因果である。事件の発端となった慰霊像を破壊したのがバイクだったと聞いている。それらは現代らしい形で機動力で三列目にいた多くがスクランブルの広さを使いだしたために、一方的殺戮では終わらなかった。
「後ろ! 気をつけろ!」
「台数居すぎだ。スクランブル広すぎ!」
だからこそ良かった。
時々、緊張感のない叫びが上がることに清明は苦笑する。
閉じ込められているのはバイクの方だが、足場がないため司たちにとっても三次元方向の機動力はさして活かせない。
それでも銃撃を掻い潜り、バイクを派手に斬りつけ横転や爆発まで起こるたびに、絶対不利な白兵戦を挑む彼らの姿に、亡霊たちの亡霊らしさはどこか薄らいでいった。
斬られたからと言って亡霊である彼らが死ぬわけではない。
皮肉なことに無限に”生き返り”無表情に銃を向けていた彼らの表情に変化があったのはそれからほどなくしてだった。
曇らぬ白刃に恐れ、慄き、ある者は銃を捨て背を向け遂に消えた。
ある者は、文字通り必死に抗戦を続け、ある者は気丈な表情で対峙することを止めない。
けれど。
「……」
潮時だ。
清明がす、と手を胸の前にかざす。無言であったが、その時、交差点の中に異変が起こった。中央付近、文字通りに交差する白いラインを中心に青い円が光となって浮かび上がる。
「!」
それは司たちを害することはなかったが、残ったすべての亡霊たちの動きを止めた。
「もういいでしょう」
邪魔にはならぬほどの紋様を描く光は更に路面を走り、幻想的ともいえる不可思議な光景を作り出す。
静かにそこから下がった特殊部隊と入れ違いになるように、清明が一人、進み出る。
「あなたたちはとうの昔に死んだんです。何がそんなに、あなたたちを捉えて離さないのですか」
悔恨、無念、あるいは他の何かなどと簡単に表されるものではない。
清明が言っているのは”今”の話だ。
話してわかるとも思えないが、その時聞こえてきたのは多くの者の呻きにも似た声だった。
苦しい、逃げたい、帰りたい、どうして
それは母国のために戦った彼らが母国に殺された不条理さへの声
逃げられない、帰れない、どうしたら
その多くは怒りというより戸惑いを含んだ苦悶の声だった。
死にたくない……
遠い昔に死んでしまったはずの誰かの声が、聞こえた。
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