18.スクランブルまでの道

 霧は濃い。

 規制線を超えると一般車両の姿は見当たらなくなり、白い視界も相まって霧に沈む無人の街は別世界のようにも見えた。

 障害物が無くなったことで大通りを突っ切る寒川の白バイはスピードを上げている。

 しかし突然、霧の中からそれは現れた。

 パン!という破裂音が後方から放たれる。司は収縮する結界の最も遠い場所を任されている。

 しんがりということは通常、後ろから狙撃されることはまずないはずなのだが想定内でもある。

 ”誰かがやむを得ず討伐した”個体が背後に現れたというだけだ。

 想定外は寒川が一緒であることだった。


「白上、前のやつも来る……!」


 後ろからの狙撃を白バイの後部でさばいた司は視界の端でそれを確認する。逃亡一手だった前方のバイクがスピードを落としてこちらを狙おうとしている。


「前の銃弾を俺がさばいたら、寒川さんは全力で抜けてください。後ろも落とします。その後はできれば回収に来てもらえたら」


 言葉は途中で寒川がスピードをさらに上げたため、併走になる直前で前方からの射撃をカット。猛スピードで追い抜いた寒川と、同時に後方へ跳んだ司の動きに狙撃手は”人間らしく”迷いの瞬間を見せた。

 寒川に狙いを定めたようだがその時には、司は後ろのバイクを仕留め、そして”前”に肉薄していた。


 一閃。

 派手な音を立ててバイクは無人の道路を転がりながら、やがて消えた。

 沈黙の中で一息つくと心無し薄くなった霧の向こうで、寒川がこちらを見ていることに気づく。

 道路に大きく弧を描くようにブレーキ痕が出来ているのでどうやら急ターンで止まってくれたらしい。


「すまん、迎えに行く間もなかった」

「いえ、向こうも思ったより速度を落としてくれていたから、助かりました」


 とはいえ、本来なら追い立てなければならないものを簡単に斬ってしまうのは得策ではなかった。

 誰かの後ろに現れれば、それだけ同僚の危険も増してしまう。

 もっとも全員がそのリスクは理解しているだろうが。


「……狙撃手だけ対処できればよかったんですが」


 ぽつ、と後ろで呟いた司に、再び白バイを走らせながら寒川はヘルメットの下で苦笑を浮かべた。


「誰だって人間の姿をしたものを斬るのは嫌なものだ。お前がそんなに器用な人間じゃなくて俺は少し安心したよ」


 ふたたび濃霧の渋谷駅へ向かって、北上を始める。

 ひっきりなしに入ってくる無線は、すでに多くの者がスクランブル交差点に到達直前であることを伝えていた。

 司と寒川もまた、あと数分で目標地点へ、到達となる。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 明治通りを北上すると、駅が近くなるほどに光景は圧迫感を増す。

 この場合のそれは事件に関係はなく、日ごろからどこか雑然とした渋谷の街並みに加え、高速道路や線路、連絡通路などの高架が物理的に頭上を通り始めるからだ。

 それらが現れ始めると司たち特殊部隊は状況を俯瞰できる高所へ移動を開始する。

 寒川は道路を直進し、最後の規制線であるスクランブル交差点の入口へと向かった。


「なんとか合わせられたな」


 誰もかれも濃霧には手を焼いたらしい。

 神宮通りの上を渡るもっとも見通しの効く背の高い連絡通路の上には、数名の同僚がスタンバイしており交差点を見下ろしていた。


 司の討った個体は直後に他の道の前方に現れたためすでに追い込まれてここにいる。

 眼下は封鎖されたスクランブル交差点。

 ビルの谷間にぽっかりと空いた巨大な交差点は、車も人もいないととても広い空間だ。

 そこに、数十台のバイクが行く当てもなくうろうろと、あるいはその多くは回遊魚のようにゆっくりと交差点の中を回っていた。


「清明さんの無線、聞こえたか?」

「一台足りないやつか」

「そう、近くに来てた斎藤が結界の外で遭遇したらしい」

「斎藤が……?」


 それは無線には入っていない情報だった。

 誰かが討ったものが結界の外に現れてしまったらしいがすぐに消えたので問題はない、作戦続行。とだけ指示は入っていた。

 わずかな驚きを示した司の心情を察してか、続ける。


「別の依頼を受けて動いてるっていう話だから、問題ないだろ」

「そうか」


 事件が事件だから、イレギュラーは起こりうる。

 想定外の何かが起きたのだろうことは分かるので、計画通り交差点での立ち回りに集中することにする。

 術士たちは、数こそ少ないものの青服と白バイが居並ぶ交通機動隊の規制線より交差点の内側に控えている。


「集合かかったぞ、行くか」


 網の中に目標物ターゲットが入ったからと言ってそこで片っ端から討伐が行われるわけではなった。

 彼らは各々その時を待っていたが、清明から指示が出て、始めてあちこちに散らばっていた同期たちは路面に足を下ろした。

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