17.出動-特殊部隊(夢のかたち2)
事件は急展開を迎えた。
やはり彼らは、過去の戦争の亡霊だった。
5月25日。
直近に控えたその日が最も、現状考え得る危機が迫る日と思われる。
術士たちに管轄が移り、急ピッチで情報の解析と対応策の協議が繰り返される。
結果、かつて東京が火の海と化したその日に、この事件に関するすべての終止符が打たれる策が講じられることとなった。
「夢、夢、夢……ねぇ」
「お前、パイロットになりたかったとか前言ってなかったっけ?」
「時代は戦うおまわりさんだろ」
数人ごとに分けられ、山手線西側を中心に配備された特殊部隊員たちは、しかるべき時まで高所にて待機する。
術式で張り巡らされた見えない「網」に「それ」がかかったことが知らされたら、実働の合図だ。
総動員された機動警察が特殊部隊員とともに、指定地点である渋谷スクランブル交差点に向けて「それ」を追い込む。
追い込んだ先で、更に張られた網の中で一網打尽。
今回の作戦を要約してしまえばそんなところだった。
「パイロットになればもてるとか思っていたお前は、確かに戦うおまわりさんでもいいってことになるな」
「もてるとかもてないとか関係ない。より人に近い仕事に就けたのは素晴らしいことだと思う」
「そうだな、パイロットは仕事中女子と話できないけど、おまわりさんは老若男女関係なく話できるからな」
斎藤を見舞った一人の話から、なんとなく出発前にはそんな話になっていた。
「俺はサラリーマンだから、夢はかなった」
「勤め人は大抵サラリーマンだよ」
高度な身体能力と技術を持った特殊部隊といえど、ほぼ全員同世代の若い男子だ。
夢の話なんてすればどこか学生にも似たノリでそんな他愛もない話にもなってしまう。
「草壁が言ってた夢の話。やっぱり考えちゃったりしなかった?」
闊達なブーツの音を響かせながら口調とは裏腹に速足で歩く同僚たち。ライトもつけない詰所の通路で誰かが言った。
「そうだな、諦めるとかそういうのは違うよな?」
「諦めたんじゃないだろ」
18人。
全員揃って、裏の専用通路から敷地の外に出る。天候は良くはない。だが、なおのこと暗かった通路を出て、外が明るく見えた。
そして、誰かが応える。
「それまでの夢を捨てても、やりたかったことを俺たちはやってる」
全員が揃って、そこからはそれぞれの指定場所へと散る。
同じ制服。白いロングコートに青いバイアス、黒ベルト、そして刀。
先頭を歩いていた司が振り返ると”同じそれ”を互いに確認するしたかのように彼らは表情を一変させていた。
強い意志と、鋭く引き締まった静かな気配。
司は何を言うでもなく、彼らに向かって一度だけ頷いた。
その瞬間に、彼らはそれぞれ行くべき場所へ向けて地面を蹴る。
司もまた、それを見送ってから自らの向かう場所に向けて移動を開始する。
きっと、あの時持っていたのは諦めてもいい夢だったんじゃない。
でも、あの時、彼らにはそれ以上になりたいものができた。
諦めたんじゃない。
それはもっと複雑で、とてもシンプルな理由だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日、事件が収束するはずの渋谷は霧に覆われていた。
秋冬の早朝、夜間には23区内でも霧はよく発生する。
渋谷においては2022年1月にも視界が10メートル以下にまで低下し、歩行者が道に迷ったり転倒するといった記録が残されている。
しかしその日は5月25日。
通常であれば霧が出るような条件が満たされる季節ではなかった。
季節、天候、時間。
どれをとっても異常としか思えない現象。
ただ、その原因は今日に限ってははっきりとしている。
司は霧で徐行を余儀なくされた車の列を掻い潜り、危険速度で走り抜けるバイクを追っていた。
霧が充満していて”上”の移動が厳しい。かといって”下”に降りれば障害物が多すぎて追跡ができない。
速度を落として出来る限りの速さで移動するしかない状況に予想外の苦慮を強いられる。
当初の予定であれば、上空を旋回する複数のヘリから俯瞰情報が送られてくるはずでもあった。
予報を大きくはずした天候は、完全に空からの目を塞いでいた。
と言っても、術士には想定内のことであったらしく絶え間なく無線は入ってきている。
(とはいえ、視界が効かないのはきついな……)
移動だけではない。近くにいるものの動きが把握できない。
清明によると既に集合地点の渋谷駅周辺5㎞の範囲に全ての反応は集められている。
しかし、これではいつ……
『白上くん! 右前方から高速接近!』
指示の方角からうなるエンジン音が突然聞こえた。右の通りから銃口が向けられているのが、既に直進で交差点を抜けようとしている司の視界に入る。
ダン!
銃声と同時に身体を捻って通りに着地するその足で急転回をかけて右へ跳ぶ。
一人で二台同時追走は無理だ。
猛スピードで正面からつっこんでくる二人乗りのバイクを躱しがてら再び転回して直後に後ろから容赦なく刀を一閃させる。
バイクは派手に横転すると青信号で空いていた交差点の道脇に突っ込んで消えた。
ここは既に術士の結界内だ。
消した者はその中にしか再び現れない。
もう少しだけ先に進めば完全に規制がかかって一般車のいないエリアに入ることが出来るが、霧のせいでそこから外の整理に遅延が生じている。
結界は常に最後尾の者を追尾し、目的地に向かって縮小していることもあり、現時点で一般車には被害が出ていないのは幸いだった。
「白上!」
細かい霧雨が髪を濡らす。
進路を戻し、ままならない追走を再開したその時、後方で渋滞する車の波をすり抜けるバイクの上から司を呼ぶ声がした。
寒川だ。
司が振り向いたのを確認して、寒川はジェスチャーで親指で自分の後部を指し示す。
司は間髪なく移動経路の高所から身を翻し、進行の軌道を変えると白バイの後ろに着地する。
衝撃はあったものの走行は乱れることなく、バイクはうなりとともに更に速度を増した。
制服の白いロングコート裾がそれにつれて激しくなびく。
白バイ二人乗り。構うことなく寒川はヘルメットの下でなぜか笑っている。
「さすが特殊部隊だ。あんなに簡単に飛び移って来るとは」
「寒川さん、スクランブルまでまだ距離があります」
「わかってる。飛ばすぞ。バランス取っとけよ」
交通機動隊隊長、寒川が司を自分のバイクに乗せ、更にスロットルを力強くオープンする。
エンジンを力強く唸らせながら、白バイは深い霧の中に消えて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます