14.病院にて-斎藤(夢のかたち)
大規模事故も想定して現場に出動しているのは高規格救急車で、幸い3人までのストレッチャーを収容できた。
斎藤、草壁とともに意識を失っていた忍も同じ病院へと搬送されている。
現在の警察を管轄する護所局には専属の病院が存在している。
そこは主に、数年前までの技術では診療不可能な特殊な状態を診察する場所でもあり、公務で怪我をしやすい特殊部隊の御用達でもある。
「あのさ、草壁……さん?」
自分と同じ世代の若い警官にさん付けをすることに違和感を覚えているのか斎藤はぎこちないイントネーションで隣のベッドの草壁を呼んだ。
「……何ですか」
草壁の方も横になっているが、斎藤ほどの怪我は負っていない。検査入院をして問題なければ明日、明後日にも退院できる状態だった。
「前に夢がどうとかって話、してたでしょう?」
「しましたね」
何に対してか、なんとなくうんざりした気分になりながら草壁は短く答える。
今日は曇天だ。病院の窓からは高い樹木の上半分と、灰色の空しか見えない。
「俺、ずっと考えてたんですよ」
「……無理に敬語にならなくてもいいですよ」
斎藤にしてみれば一言二言話すと、意外と平気だった敬語だが、そう言われてちょっと考えながら敬語を無しにした。
「俺、本当は料理人になりたかったんだ」
「……」
草壁は黙って聞いている。斎藤は、ベッドの上で仰向けになって動けないまま、思い出すように目を閉じた。
「でも”あんなこと”があって友達とか家族とかも死んじゃって。環境が変わったり考え方が変わったり」
あんなこと、というのはこの時代に神魔が現れるきっかけになった世界中で起こった事件のことだった。
神でも魔でもない者が引き起こした大虐殺。
こんなふうに街が復旧するなんてことも考えられないほど荒廃した暗黒の数か月。草壁も当時の恐怖は身をもって知っていた。
「草壁……は、むかしから機動隊に憧れてたっていうからそのための勉強とかしてきたんだろ?」
「まぁ……そうですね」
目線だけで草壁を見た斎藤はなぜか小さく笑みを浮かべていた。
「俺たちはみんないきなりかかった募集にいきなり飛び込んだ口だから、そういうのは全然ないんだけど、だからそんな話をしたこともあってね」
懐かしいというには最近の話だろう。そんな話ができるようになったのは、恐怖が蔓延していた時期からさらに半年、一年後のことであろうから。
草壁は続く気配の言葉を遮らない。
「現実的な話するやつもいれば、パイロットとかとんでもないこと言うやつもいてさ。みんなで無理だろ。みたいな顔になるんだけど」
あぁ、だから笑っているのか。
それはただ、同期の他愛もない日常会話だ。
同年代の同期の、戯れの日常の光景。
草壁はそれなりの努力をして今の仕事に就いたからこそ、複雑な心境だった。
「それでも結局はみんな同じ場所に集まってきたわけで。……不思議だよな、あんなことがなければ今頃みんな、全然違う場所で全然違うことをしてたんだ」
そういって斎藤は再び視線を天井へと向けた。実際は違う場所を見ているのかもしれない。
草壁は夢を実現させたが、社会の転換で人生が変わらなかった人間の方が少ないだろう。それは誰も、その人のせいでないことを草壁は知っている。
斎藤はそんな草壁の胸中などは知らず、ただ穏やかに続けた。
「でもさ」
少しだけ空いた窓から、初夏のさわやかな風が吹き込んでくる。
白いカーテンがわずかに揺れた。
「なんでこの仕事に就いたかっていうと理由はみんな同じなんだよ」
その理由が何なのか。斎藤は語らなかった。
「そうでないならここにはいられないし、ここまで来なかった」
何を言おうとしているのか、わからない。
けれどそれは言葉として捉えようがないということだけで草壁は気づいていた。
警察官というのは、誰かを護るための仕事だ。
その気がなければ「あの時」この道に来ることなどなかった。
夢。
なんとなく幼くもあり、甘美でもあり、希望的な響きだ。
それは人によって、時によって、違って聞こえるものなのだろう。
それでも。
「俺なんかのほほんと学生やってたから、訓練が厳しすぎてさー」
ははは、と当時を思い出すように斎藤は笑う。
「夢じゃなかったけど、夢をかなえる勢いがないと、越えられなかったと思うんだ」
それが斎藤の出した、あるいは特殊部隊である全員が出した答えだったのかは定かではない。
しかし、その先に見えていたものが、同じだったことは全員が知っていた。
そしてそれでいいのだと。
「俺はさ、夢っていうのは変わってもいいと思うんだ。もちろんずっと持ってた夢をかなえた草壁はすごいけどな」
そういって今度は思い出ではなく草壁に向かって斎藤は笑いかけた。
夢を叶えたら、その先にあるものは何だろう。
斎藤の言葉が途切れて、沈黙が訪れると草壁は自問する。
言いたいことを言いきったのか、斎藤はそれから何も言わなかった。もう一度風が大きく吹いて、白いカーテンが翻るのを草壁は見た。
その向こうの、灰色しか見えないと思っていた空を、力強く鳥が飛び去って行った。
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