13.暴走車の末路
何があったのか事故現場は横転した車が折り重なりそれ自体がバリケードのようになっている。
それが奥に見える頃、封鎖のために集まった警察車両や白バイを蹴散らして後方から一台増えたバイクが、軌道をうねらせながら発砲してきていた。
「危ね……シャレにならないだろ、これ ……!」
間一髪かわした隼人は、一瞬で追い越していったバイクの上で銃口を構える男の姿を見た。
次の狙いは兵頭だ。前車両とチェイス中の後方から肉薄。頭ごと吹っ飛ばされてもおかしくないほどの至近距離だった。
「ちきしょ……」
巧妙なハンドリングで離れようとするが相手は長銃な上に、道自体が狭い。かわしきれるわけがない。死の覚悟などしたくもなかったが、振れるように付きまとう銃口の黒い穴は兵頭に絶望を覗かせるのに十分な暗さを持っていた。
ドン。
祭りの射的にも似た近さまで迫った直後に一発だけその音は響く。弾丸はアスファルトを穿ち、銃を持った男はそのまま銃身を軸にして宙を一回転すると、路面にたたきつけられていた。
兵頭は一瞬にして通り過ぎたその姿を後方に見る。いち早く察した隼人が割り込んで、上空から強襲、強引に銃身を掴んで惰性を利用し、そのまま投げ飛ばしたのだ。通常の人間なら即死しているだろう衝撃だ。
しかし、バイクは走り続けている。ライダーと狙撃手は別々に存在していた。
「何してる! 囲め!」
交差点の手前、三車線分の広さになった規制線にいるのは数台の白バイと一般の警察だ。日本の警察は優秀であると言われるがそれは低い犯罪発生率と検挙率の高さの話である。
テロや銃犯罪などそもそも滅多に発生することもなく、銃も「使わない」ことが前提の社会で育てられた警察官が、すぐさま発砲準備ができるかは残念ながら個人の資質によるところが大きい。
囲もうとはするが、威嚇は威嚇にもならず、バイク二台はそのまま規制線を突破する。しかしその先は事故車自体がバリケードになっていて行く手を塞いでいた。
バイクは二車線の道路を大きくUターンする形でさらに加速をして後方の警察官たちに突っ込もうとする。
更に追い込まれて北上してきた”三台目”が規制線を挟む形で姿を見せる。
こうなると追い込まれているのは警官たちだった。
「草壁! 前方に注意しろ!」
「分かってます!」
暴走車の後方から追う草壁に自分も追う態勢を取りながら兵頭。
しかし、”それ”は彼らの注意の外から突如現れた。
激しくふかしたエンジン音とともにバリケードの向こうからもう一台のバイクが宙を舞って現れたのだ。
「もう一台!?」
搭乗者はふたり。
やはり緑の軍服に、ハーフヘルメットを被った男たちだった。
ライダーの後ろで構えられた長銃はバイクが着地するより先に、草壁のバイクに向かって発砲された。
「!!」
速度を上げていたことが仇になった。バイクが先に転がって放り出された草壁もまた慣性で同じ方向に受け身も取れずに転がる。
先にバイクが電柱に叩きつけられて大きく破損し、そこに草壁が……
「発砲、来るぞ!!」
だがその顛末を確認する暇はなかった。
こぞって進路に群がる警察官に向けてのライダーの発砲はすでに開始されていた。
ライダーは二人とも短銃を持っている上に、それぞれの後部にはスナイパーのように長銃を構えた男が獲物に狙いを定める。
至近距離からの発砲。死者の発生は必至。
現場は騒然となり、その一瞬で恐怖を顔に張り付かせた警官も少なくはなかった。
こと、ライフルのようなぽっかりとした黒穴の銃口を向けられた警官たちは。
しかしその近距離の間に割って入ったのは白服の警察官だ。
彼らはひるむことはなかった。
射出された銃弾を文字通り白刃で薙ぎ払い、あるいはその刀身をもって防ぎ、バイクへ向けてその刃を一閃させる。
「逃がした! 司、頼む!」
さすがに銃撃と高速で移動するバイクは同時に全ては捉えられずに彼らはバイクの進行方向をすかさず見やる。ふたたび警官の群れを抜け、一般道を南下しようとする二台のバイクの前に、一段高い場所にいた司と浅井は降りた。
真正面。ここが一番確実なのだ。もはや人間でないことが明白ならば、一撃で仕留めるべきだ。
それぞれがそれぞれの形でバイクに向けて刀を一閃させる。
彼ら特殊部隊の本来の武器である、その白刃を。
金属の派手な破壊音がしてバイクは一撃で再起不能になるとそのままライダーごと横転して道脇のガードレールに激突した。
追ってきた「三台目」が更にその後ろで同期に容赦なく破壊されるのはそれとほぼ同時。
まるで嘘かのように、その瞬間、沈黙は訪れた。
ただし、それは乱高下をする瞬発的な激しい音がしなくなったというだけで、壊れたサイレンの音は、不器用に現場に途切れ途切れに鳴り続けている。
「草壁……」
自分たちに訪れた死の気配が遠のくのを感じながらも、一人だけ死神に捕まったであろうその名前を呟いて警官たちはどこか呆然と煙の上がったバイクの方を見やった。
だがそこに草壁の姿はない。
その代わりに、ガードレールに背中から激突したであろう警官の姿が二人、少し離れた場所に動かないままあった。
「斎藤! 大丈夫か!」
「……大丈夫……でもない……」
「救急回してくれ。肋骨がやられてるかも」
間一髪、斎藤が助けに入ったが折り悪しく、身を挺しての対応になってしまったようだ。同期が状態を確認するが、頭も打ったのか顔面の右半分と白い制服がおびただしい血で染まっていた。
「君は大丈夫か!?」
草壁の方が明らかに軽症だが、衝撃が大きかったのか意識はあるものの返事ができないでいる。
身体的な確認だけして、ふたりとも優先して救急車に収容され、搬送がされることとなる。
「まて、もう一人だ!」
二人分のストレッチャーが救急車に向かい、それでも警戒は解けない中、御岳が来た道を振り返り叫んでいる。
その先には、渋谷区役所への細い一方通行があって、更に白服の同僚が倒れ込んだ民間人の保護をしているところだった。
「忍……?」
遠目にそれを見た司は、心臓がひやりと冷え上がるのを感じていた。
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