12.ハイスピード・ラン

「……?」


 見てはいけない。どこかで感じてはいた。呼吸が乱れる中、それでも顔を上げずにそれが何かを認めた瞬間。


「!」


 突然のエンジン音と同時に顔を跳ね上げ、そして忍は『歩道の内側』から車道へと走り去るバイクを見た。


(右折!)


 気配もなくそこにいたバイクがエンジン音とともに進路を変える方向を見定めて、忍はそこからすぐ右手に駆け出す。

 渋谷区役所の前だった、歩行者用の通路が奥へ伸びている。通ったことはないがそれが反対側の公園通りへ抜ける近道であることは容易に想像がついた。

 もしかしたらあのバイクの行方を見ることができるかもしれない。

 予想外に距離はあったものの、公園通りへ出た忍はそこで、予想もしなかった光景を目にすることになる。



 代々木公園の並木道に入る前の交差点より少し手前。

 そこは凄惨な事故現場だった。

 事故が起きた音は聞こえなかった気がするが、さして広くもない片側一車線の通りが車線を広げるその先には、幾台もの車やバイクが重なるように追突し、横転し、噴煙を上げていた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 忍が駅の改札を抜けたころ、御岳隼人は首都高3号渋谷線を渋谷ICに向けて疾走していた。


「おっさん! この状況ならバイクで追いつけるだろ! 何やってんだ!」

「うるさい! こっちにはこっちの都合があるんだ!」


 合流した白バイの兵頭と並走するその先には暴走バイクの黒い影がある。

 今日は晴れているにもかかわらず、黒づくめだ。その姿は影のようで高速に車の間を走り抜け蛇行する後方からは、ライダーの顔は視認し難かった。


「検問の邪魔するなよ!」


 追い込んでいるのは分かったので手は出さずに様子を見る。もうすぐ渋谷ICにさしかかろうとしている。

 都内最大級のジャンクションの上に作られた目黒天空庭園を横目に過ぎるともう降りられる場所はそこしかない。

 高速走行であれば2分とかからない距離。度重なる失態の果ての機動隊の対応は迅速で、すでに規制が張られていて車の詰まりは検問直前で現れ始めた。


「消えようが消えまいがお前は袋の鼠だ……」


 兵頭はフルフェイスのヘルメットの下で薄い笑みを浮かべる。その後ろからも白バイ隊が何人も合流してついてきている。

 バイクは追われるように速度を落とさずに進むかに見えた。が。


「!」


 右手にセルリアンタワーを望む下り坂。

 暴走バイクは突如前輪を持ち上げウィリーをしたかと思うと、停車している車高の低い車を踏み台にして、並走し始めた一般道へのジャンプを派手に決めるとゆるい下り坂をやはり高速で抜けていく。


「この野郎!!」

「先行くぞ、おっさん!」


 甲高いブレーキ音で兵頭が白バイをUの字に急停止した音を聞きながら隼人は首都高高架から飛び降りる。

 特殊部隊にはこれくらいは難は無いのだ。むしろ足場の多い街区の方が追走は得意なのだから、一人ならおそらく追いつける。

 そう思った直後、隼人は背後に兵頭の怒声を聞いた。


「おおぉぉぉぉ!!!」

「え、マジ? それ人間技?」


 思わず足を止めて振り返ると兵頭の白バイもまさに首都高から「降って」くるところだった。高架と坂道で高低差があまりないとはいえ、ハリウッドも真っ青のアクションである。着地の場所も狙ったのかたまたまなのかバス専用車線だったので事なきを得る。

 大きく車輪がバウンドする音と制御のためのブレーキ音が耳をつく。


「おい、御岳!」


 風を切りながら隼人は肉声で自分を呼ぶ声を聴く。


「駅北各所に機動隊が待機している。一か所に追い詰めるぞ!」

「わーってるよ! 目的地は!?」

「代々木公園へ向かえ!」


 分かっているといったのは、先ほどから入ってくる無線の内容の話だ。機動隊が渋谷駅周辺に集まっていて、暴走車の動き次第で追い込む算段は最初からあったからだ。

 検問はその一番手前の対応策であるが、しかしその件とは別に重篤な事実も発生していた。


『御岳! こっちはスクランブルを抜けた』

『七五三木、井之頭を北上中です』


 複数個所で暴走車が出現しているのだ。

 あちこちから聞こえるパトカーのサイレンの音で一般車も混乱に陥っている。

 渋谷駅の北街区は都内の機動隊が総動員されているのではないかというくらい、あちこちで混乱を抑えるためのアドリブでの動きが見て取れる。

 けれどそれが、逆に統制が取れていないかのようにも見せてしまい、状況を悪化させていた。


「!」


 ついに行く手で事故が起こった。信号無視をして交差点をつっきったバイクをかわそうと、直進した車が急ハンドルを切り後続の兵頭の白バイに向かってつっこんで来る……!


「おっさん、やるな」

「こっちはプロだぞ。舐めるなよ」


 速度を落とさず荒々しく蛇行をして間一髪かわした兵頭。

 背後ではやはり重篤な衝突事故が起こったが処理は別の隊に任せて御岳と組んで、代々木公園へ向かってバイクを追い立てていく。

 繁華街に入られることも懸念していたが、人が多すぎる上に速度が速すぎてバイクはそちらを高速走行できないのだ。

 結果、渋谷という有名街にしてはさほど多くもない大通りを北上することになる。


『公園通りにおいて多重事故発生! 一般車両通行不可能により封鎖します!』

「!?」


 しかし行く手は仲間たちに遮られることになる。

 代々木公園は公園通りを抜ければすぐそこだ。封鎖報告ならば機動隊はすでに集まっているだろうから、そこで囲い込むこともできるだろうが……


「御岳さん、後ろ!!」


 井之頭通りを北上していたはずの七五三木の声が背後から響く。ほぼ同時に街路灯を蹴った隼人は空中で大きく身体を反転させる。

 ガン!ガン!と重い音がして右の肩付近を鉛玉が通過していった。

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SPEEDY AGE -夢のありかと歴史の亡霊- 梓馬みやこ @miyako_azuma

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