11.無国籍通り

 結論から言って、映像の銃はM1ガーランドで間違いなかったようだ。

 M1ガーランドは小銃と呼ばれるものの、長銃の性質も合わせ持っているのでそこは大差がないらしい。

 言葉の難しさを感じながら司は手元に上がってきた部隊内の報告に息をつく。


「どうしました?」


 巡回から戻ってきた浅井が声をかけてきた。


「目撃ポイントが増えているな」

「そうですね。深夜帯が多いから事故は発生してないみたいですけど」


 過日、忍が持ってきた情報は大いに役立った。一方で、正直これ以上深入りさせるのは危険なように思う。

 彼女の持ち込んだ映像を元に、術士の方も動き始めたらしく清明もそろそろ手を引かせようと考えているようだった。話の内容からして調査から実働へのシフトに近いのかもしれない。


「機動隊の方は何か言ってきました?」

「いや。時々追ってはいるようだが、不可解な消え方をしたのは代官町の時だけで、実在するかしないかの判断をつけかねているようだ」

「俺たちも基本、実在するヒトしか相手にしてないですしね」


 この場合の実在とは具現化しているかしないかの問題。装備である霊装の刀で斬れるかどうかでも対応幅は変わるが、はっきり言って幽霊亡霊怨念の類はまったくの管轄外だ。

 おまわりさんは、街の治安維持のために街の人や物を相手に存在するものである。もっと言ってしまえば神魔も入国審査を受けているから人間のシステムの延長なので、社会的に存在するものを相手にしているには違いない。


「このデータ、機動隊には提供しているんでしたっけ?」

「内部資料。まとまったから清明さんには提供しようと思ってる」


 そう言って司は浅井と交代するように巡回の時間を迎える。

 それからまもなく、忍から確認の電話を浅井が受けるとも知らずに。


 * * * * *


 忍は特殊部隊の内部情報がデータに反映されていないことを知っていた。

 犯人特定にかかる情報の割り出しまでひと段落終えて次に気にかかったのはその情報だ。そして、司からリアルタイムでそれらが渡ってこないことも気にはなっていた。


「浅井さん、データを送ってもらえますか?」


 司がいない時を狙ったわけでないが、それらがまとまったことを通話越しに浅井から聞いた忍は、そうお願いをする。


『まだ清明さんには行ってないようなので、司さんの最終確認終わってからにしましょうか?』

「いえ、取り急ぎチェックしておきたいので先に送ってもらえたら有難いです」


 浅井は違和感を覚えなかった。

 忍が情報の共有をしていることは知っているし、司の不在時は自分と南に、それも自分を優先して繋いでくることも知っていたからだ。

 初動時期から司に頼まれていたこともあって、そのデータを渡すことに可不可を悩む理由はない。


『じゃあ送りますね』

「ありがとうございます。浅井さん」


 そして忍はなぜかこんなお願いを付け加えた。


「すぐに清明さんの方には完成版が行くと思うので、事前に私がおねだりしたことは内緒にしてくださいね」


 浅井は笑って承諾をしたが違う。

 笑えるような言葉遣いをしただけだ。これが「事前に私に渡ったことは秘密にしてくれ」と言ったら彼は疑問を覚えただろう。

 忍はそろそろ自分が外されるのではないかということを、そして司が危険を回避するために情報を止めるだろうことを危惧していた。

「気がかりである」という自分の感情をつきつめるとその可能性にたどり着くのは難しいことではなかった。


「司くん、約束守ってくれるといいんだけど」


 溜息をつきながら受話器を下ろした忍は、何もない天井を振り仰いで椅子の背もたれに身体を預け、大きく伸びをした。


 * * * * *


 戸越忍という人は、気になったらとことん調べる人である。

 その行動理由は、世のため人のためというより、単に興味と好奇心、それから忍耐強さのたまものに他ならない。ただ、その行動が結果として世のため人のためになることもしばしばあり。

 今回の事件でさまざまな情報を引き出しているのもそういうことである。

 そして現状、もっとも統合された情報を手にしたその翌日。

 忍は渋谷にいた。


(目的地まで約15分。シェアサイクルを借りる手もあるけど……)


 渋谷の街中は狭い。

 これほど人の集まる場所であるのに、繁華街の中心地が区画整理されていないせいで、不規則に交わる道が多く、縦横無尽どころか斜めにも道が走っている。

 一方通行も多く、ただでさえ狭い通りの両脇はビルで圧迫感も相当あった。


(歩いても大差ないか)


 散策が目的といえばその通りなので、歩くことにする。

 目的地は駅前付近から放射線状に伸びる、公園通りと井之頭通りのちょうど真ん中あたり。

 といっても明確にどこ、というわけではなく、そのあたりに何があるのかを見ることが目的だ。


(これは、ふつうに迷いそう)


 普段はあまり来ない街だ。なぜといわれても理由はないが、駅から離れるほど道は狭く、入り組んで他の街とは異質さがあるように思う。

 いつもは来ない、オルガン坂まで抜けたところでシェアサイクルで走るなど無謀なことはしなくてよかったと思いながら忍はほどなくして無国籍通りに到着する。


 無国籍通りは車道は通っているが、一台抜けるのがやっとという感じの歩道もない狭い通りだった。ただでさえ狭い道の両脇には雑居ビルが並んで視界を遮っている。

 どぎつい色のスプレーで描かれた落書きもあり、人がそれなりにごみごみと歩いているのでさして気にならないが、夜ならば治安の悪さを感じる場所だろうと忍は思う。


 そのあたりから歩調を緩めて周りを眺めていく。

 名前の由来なのか、無国籍というより多国籍な料理を提供している店が多い。中には無国籍とそのまま銘打っている店もあり、面白いといえば面白いが今はそれどころではない。


(……この辺だと思うんだけど……)


 意外に飲食街は短く、百メートルと少しで踏破してしまった。

 振り返りながら何もないことに首を傾げつつ、それでも続いている通りを歩く。飲食街が終わると道は左右というより上下に分かれ、突如、生活感が現れていた。


「小学校か」


 地域の掲示板の登場を入り口に、上り坂の路面にはスクールゾーンという文字も刻まれている。坂の右手に学校と思しき大きな建物を眺めて少しだけ足を止める。

 今まであった観光客と思しき姿は消えて、近道にいそしむ地元民の姿が取って代わっていた。

 坂をあがっていくと更に道はやたらときれいに広くなってやはり突然「整理された」街並みを感じさせる。いつのまにか歩道が現れ、街路樹も増えだしていた。

 視界も開けて若者の街、観光の町、ファッションの街と数々の異名を持つ”渋谷”とは違うごくごく普通の街並みがそこにはある。


(運動不足、かな……)


 しかし、平坦な道からいきなり坂を上がったせいかなんとなく息苦しさと若干の鼓動の早さを感じながら忍は自分の不甲斐なさにため息をついた。

 その先は行き止まり。正しくはT字路の突き当りで坂の途中から見えていた放送センターの施設にNHKのロゴが見える場所だった。


「?」


 右手は税務署だ。その手前には渋谷区役所があったしこちらは裏通りだとは思うがこのあたりは官公庁エリアでもあるらしい。

 無国籍通りの終わり、その一角には赤いロードコーンに囲まれた場所がある。立ち入りを禁止されているのであろうその場所は、二階の高さに匹敵するピラミッド状の何かがあるようで、今は白いネットで覆われている。

 道路脇は事故があったらしく縁石や歩道の一部が破損していた。


「二・二六事件慰霊像」


 なんとなく気になってその場で調べてみると、過去の画像が出てくる。

 現代版ピラミッドのように規則正しく三段の高低差で石が積み上げられ、その上には観音像と思しき像が右手を空へ掲げている。

 画像の中の献花台の横には木標に墨書きでそう書かれているのが読み取れる。


(二・二六事件……ってなんだっけ)


 事件名自体は記憶しているものの内容は全く覚えていない。中学校の社会の教科書辺りに載っていた気がするが、記憶教科にはあまり興味がなかったので短期記憶にしまい込んでそのまま消去となったであろう内容だ。

 あとで調べようと思いながらもあまり気は向かない。


「ここまでか。戻ってもう少し歩いてみよ」


 ”探し物”はこの道だとは限らないので折り返して無国籍通りの周辺を歩こうと決める。そして振り返った忍は誰もいないその光景に妙な居心地の悪さを覚える。


「……」


 違和感は一瞬だ。一呼吸で違和が緩まると何を思うでもなく再び歩き出す。すぐに坂は下り始めて高い場所からは飲食店の狭い通りがもう見える。

 その時だった。


「あれ……なんだろ」


 気持ち悪い。

 突然、上ってきた時と似た自らの鼓動の動きを感じたが、そこにめまいが加わって忍は白いガードレールに片手をついた。

 吐き気が加わって左手で口元を覆ったものの、それだけで身を支えきれずに膝から崩れる。

 右手はガードレールにのせたまま、俯く視界の、信じられないくらいすぐ横に忍はその時、黒いブーツの影を見た。

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