わんこ友だち

 カフェの外観は、おしゃれなログハウス調だった。


 扉を開けると、カランコロンとドアベルが鳴る。店内は柔らかな光が満ちていて、かすかに木の香りが漂っている。

 

 カウンター席とテーブル席、それからテラスにもテーブルがあった。


 わたあめと一緒に、カウンター席に案内される。まだ開店前。郡司は私にドリンクを作ってからオープン準備を始めた。


 陶器製のカップからは、白い湯気が立ち上っている。口をつける瞬間、ほのかな甘い香りがした。


「んっ! 美味しい! 甘いけど、甘すぎない感じ!」


 ブラインドを上げながら、郡司が「ほうじ茶ラテ」と教えてくれる。


「初めて飲んだかも。美味しい~~!」


 わたあめが興味津々で私のほうを見ている。


「わたあめは飲めないよ」


 私が「めっ!」と言っていると、郡司がカウンターの向こうから小さな器を持ってきた。


「おまえはこっち」


 わんこ用のクッキーだ。カラフルな……。


「あ、これって!」


「杏さんとこのだな」


 見覚えがありすぎる形状。定番商品でもある、毎度おなじみのクッキー。


「そういえば、うちの商品のこと言ってたな~~!」


 郡司が働く店で、うちの商品が提供されていることに驚きと嬉しさを覚える。


 一粒ずつわたあめに食べさせていると、オープン時間を過ぎていたらしい。ちらほらとお客さんがやってきた。


 わたあめを膝の上に抱き、そわそわとしながら郡司が働く様子を眺める。いつの間にか、わたあめのことはそっちのけで、過保護な保護者のように郡司の姿を目で追った。


 てきぱきと席に案内したり、注文をとったり、料理やドリンクをこしらえたり。スマートで完璧な働きぶりだ。


 小さな店とはいえ、問題なく切り盛りする郡司を見て、私はホッと胸を撫でおろした。


 余計なお世話だと思いつつ、実は心配していたのだ。


 料理の腕はまったく問題ない。だけど、カフェ店員は接客も仕事なわけで。


 あの郡司が、接客……? 愛想ゼロで大丈夫なのだろうかと思っていたんだけど。


「よかったね」


 カウンター席から身を乗り出すようにして、郡司に話しかける。


「なにが」


「みんな、わんこに夢中だもんね」


 ヒソヒソする私に、郡司が首をひねる。


 それぞれが自慢の愛犬に夢中なのだ。ごはんを食べさせたり、写真を撮ったり。たいていのわんこは、目の前のご馳走に目をキラキラさせている。不愛想な店員のことは視界に入らない様子だ。


 イケメンより愛犬! 間違いない!!


 膝の上のアフロ頭を見下ろしながら確信する。愛犬とは、愛らしく、愛しい生き物なのだ。


 大きくても小さくても可愛い。顔が驚くほど細長くても、反対にペチャッとなっていても。体毛がくるくるでもストレートでも、愛犬は可愛い。


「いつから、わたあめの飼い主になったんだよ」


 郡司が洗い物をしながらこちらを見る。


「飼い主みたいなものだもんね~~!」


 くるくるの毛を撫でながら反論する。


 頭だけで振り返りながら、わたあめが私を見上げる。ぺろっとのぞく舌と白い歯。


「どこもかしこも可愛いね~~!」


 ほわほわとアフロ頭を触っていると、隣の席の女性から声を掛けられた。


「可愛いビションちゃんですね」


 同年代だろう。バギー(わんこ用の乗り物)には、白いペキニーズが眠そうな顔でおさまっている。


 奥には男性が座っていて、どうやらカップルのようだ。


「ありがとうございます~~!」


 謙遜ゼロで感謝を述べる。


 親バカと言われてもいい。うちの子は可愛い。


「お揃いですね! 真っ白なペキニーズちゃん可愛いなぁ」


 美人さは低めかもしれないが、愛嬌という名のラブリーさでは屈指のペキニーズ。


 バギーをのぞかせてもらうと、寝ぼけ眼で「ほへぇ?」という顔をする。


「可愛い~~!」


 ただでさえ愛嬌満点なのに、寝起きでますますぶちゃいくになっている。けれど可愛い。ぶちゃいくと可愛いがイコールになるとは。おそるべしペキニーズ。


「ありがとうございます!」


 謙遜ゼロで返され、その自信満々な相手の表情をみて、なんだかほっこりした。愛されてるな、とこちらまで幸せな気持ちになる。


「あの、失礼ですけど。もしかして店員さんの彼女さんですか?」


「ほへぇ!?」


 驚きのあまり、顔までペキニーズに寄る。


「あ、違いました? うちと同じかと思って」


 女性が、奥の男性のほうに視線を向ける。


 男性は穏やかに笑みを浮かべ、私に頭を下げる。


「あ、どうも……!」


 慌てて私もぺこぺこする。


 挙動不審な私をみかねたのか、郡司が割って入ってきた。


「まぁ、そんなようなものです」


 ちらりと私のほうを見る。


 片方の眉をわずかに上げ、こちらを凝視している。


 私は心臓がバクバクして、どうにかなるんじゃないかと思った。


「わ、はっ、んぐっ、そ、そうです……」


 ドキドキが止まらず、気を失いそうだった。変に噛んだし。恥ずかして死にそうだ。わたあめを高速で撫でることにより、なんとか正気を保つ。


「お似合いのカップルさんですね」


「え?」


 そ、そうか……?


 年齢差とか、性格とか……。あ、でも外見の系統は同じなんだった。


「あ、ああありがとうございます」


 どもりながらも、なんとか取り繕う。


「この後、ドッグランのほうに行ったりしますか? もしよかったらなんですけど、一緒に遊んでもらえたらうれしいなって」


「もちろん行きます! ぜひっ!」


 ありがたいお誘いだ。犬同士、仲良く遊べる子がいるか心配していたのだ。


「実はうちの子、ぜんぜん人見知りしなくて。あ、犬だから犬見知り……? とにかく、わんちゃんにグイグイ距離をつめていくんです」


「元気でいいですね」


「ありがとうございます。でも、おとなしい子だと引かれてしまって……」


 なるほど。


「うちのわたあめは、ぜんぜん大丈夫です!」


 人(犬)見知りなし。めちゃくちゃ陽キャなわんこだ。


「よかったね。しーちゃん」


 ちょんちょんとペキニーズの頭を撫でる。二歳の女の子らしい。


「しーちゃん?」


「はい。白玉っていうんです」

 

 出た! 安易ネーム! うちのわたあめと同じ。白いから白玉。でも最高の良い名前だと思う。

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