着替え中

 じゅうぶんに冷ました手作りごはんを器に盛る。


 わたあめに見せると、その場でくるくる回転しながら喜びを表現した。


「おすわり」


 私の言葉を聞いた瞬間、回転を停止して即座におすわりをした。前脚を揃えて、胸を張っている。なんとも行儀のよいおすわりだ。そのちんまりした姿に、またしても心臓がぎゅんぎゅんする。


「よしっ!」


 合図と同時にガツガツと食べ始める。


 余程、手作りごはんが食べたかったのだろう。作り手は違うけれども、それを気にした様子はなく、勢いよく食べている。うれしいなぁと思った。


 自分が作ったものを、美味しそうに食べてもらえるのはうれしい。子どものころは、そんな風に思う余裕がなかった。思えば、誰かのためにごはんを作るということを、ずいぶん長い間してこなかった。


 郡司は毎週末、私にごはんを作ってくれている。


 私が美味しそうにがっつく姿を見て、うれしいとか、思うんだろうか。


 そういえば、郡司は自分のごはん、どうしてるんだろう? 風邪を引いてから、きちんと栄養のあるものを口にしているのだろうか。


 メッセージで確認しようとスマートフォンを開いた瞬間、時間が目に入った。


「あっ! そろそろ出ないと間に合わない!」


 名残惜しすぎるけれど、わたあめに別れを告げる。


「またね、わたあめちゃん♡♡ 明日も飼い主の調子が悪かったら、おねえさんが来るからね!」


 郡司には、無事にわたあめに手作りごはんをあげたこと、一応はキッチンをきれいにしたことをメッセージで告げる。


『私、もう行くからね! 私が出たあとは、ちゃんと戸締りしてね』


 スマートフォンをバッグに押し込んだところで、着替えをしていないことに気づいた。動きやすさ重視でここに来たので、今はランニング女子のような恰好なのだ。


 白のTシャツからグレーの半袖トップス、短パンから黒の美脚ワイドパンツに履き替えれば、あっという間に働く女子の出来上がりだ。この場でさくっと着替えさせてもらおう。Tシャツの裾を両手でがしっと掴み、豪快に脱ぎ捨てる。そして短パンに手をかけたところで、リビングの奥にある扉が開いた。


「……まだいたの」

 

「え?」


 郡司と目が合う。瞬きもできずに、その場でかたまる。数秒してやっと思考停止が解け、「ぎゃっ!」という声が出た。


「あ、やば。風邪うつるわ……」


 そう言って、郡司は部屋に引っ込んだ。


 すすっと扉が閉じられるのを見ながら、「そっちかい!」と心の中で叫んだ。


 一応は女性の着替えを目撃したのだ。もうちょっとオタオタしてくれてもいいのではないか。こっちは思わず「ぎゃっ!」と言ってしまったのに。


 色気も何もない声だったな……。


 心臓がバクバクと脈打っている。完全に下着姿の上半身を見られた。赤面しながら、なんとか着替えを済ませる。


 赤くなった顔を手でパタパタあおぎながら、わたあめの姿を探すとソファの上にいた。


 どてーーんと横向きになり、満足そうな顔でむにゃむにゃしている。お腹が満腹になり、今は睡魔と戦っているようだった。


 わたあめが幸せならそれでいい。下着姿なんてものは、別に恥ずかしいものじゃない。うん。水着だと思えばいいのだ。ブラジャーと形状はほぼ同じ。何なら、ブラジャーのほうがしっかりしているではないか。


 絶っっっ対に、恥ずかしくない。


 そう自分に言い聞かせながら、「行ってきます!」と玄関から部屋のほうに向かって叫んだのだった。

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