散歩仲間
リビングに続き扉を開けると、真っ白もふもふアフロ犬が現れた。
「わたあめちゃん!!」
思わず両手を広げながら近づくと、私のことを覚えていたのかぴょーんとジャンプしながら駆け寄ってくる。
「今日はおねえさんと、お散歩に行きましょうね~~!」
メッセージ通りに、机の上には赤い小さなバッグがあった。中には散歩グッズが入っている。
ペットボトルは2本入っていた。1本は、わたあめが途中で飲む用らしい。わんこが飲みやすいように工夫してあるのが分かった。
もう1本はごく普通のペットボトルで、これはおしっこをした際にマナーとしてかけるために必要らしい。
バッグを持ち、わたあめを抱っこしてから、「行ってきま~~す!」と郡司の部屋に向かって声を掛けた。
喉が痛いらしく、返事はメッセージで返ってきた。
『いってらっしゃい』
マンション内は抱っこするのがマナーらしい。
「マナーがいっぱいありまちゅね~~!」
腕の中のわたあめは、ぜんぜん私のほうを見てくれない。なので、アフロ頭に向かって話しかけることになる。久しぶりの外の空気が気持ちいいのか、身を乗り出すようにして鼻をクンクンさせているのだ。
エントランスを出てたところで、わたあめを下ろした。
散歩コースは、すでに頭の中で履修済みだ。リードがすっぽ抜けないよう、右手にぐるりとを一周させ、さらに左手でもぎゅっと握る。
わたあめはごく自然にいつもの散歩コースを歩き始めた。
テッ、テッ、テッ、と足取りは軽い。
風に吹かれる度、アフロ頭がふわんと揺れる。
はぁーーーーー♡♡
後ろ姿でさえ、こんなにも可愛い。歩き方が愛おしい。夢中でわたあめを眺めていると、急にぐいっとリードが引っ張られた。
ずんずんと進んでいく。すごい力だ。
普段からこうなのかな? と焦っていると、前方に大型犬を発見した。どうやらゴールデンレトリバーらしく、あのわんこに向かって、わたあめは走っているらしかった。
近づくにつれ、わたあめの前脚が浮き上がり、ほとんど後脚だけでぴょんぴょんと跳ねるような体勢になった。こちらに向かってくるゴールデンレトリバーも、嬉しそうな顔でぐいぐい飼い主を引っ張っている。
「わたあめちゃん、おはよう」
ゴールデンレトリバーに引っ張られながら、飼い主の女性に声を掛けられた。どうやら、朝の散歩コースで度々顔を合わせる間柄らしい。
「お、おはようございます!」
わたあめは、大型犬にも怯むことがないようだ。飛びつくようにして距離を詰めている。お互い顔を近づけたかと思えば、追いかけっこを始めた。といっても、リードの範囲内でのことだけれど。
「今日は、いつもの男の子じゃないのね。彼女さん?」
「えぇ?」
まさかの言葉に、体が仰け反るほど驚く。
間違われるなら、姉弟のほうかと思っていた。自分でいうのも変だけど、第一印象だけなら同じ部類だと思う。
郡司は気だるげ。私は儚げ。ただ私の場合、一言でもしゃべったら終わりなんだけど。
声が大きいし、やたら動きがオーバーなのだ(監視カメラで確認した)。
「あ、えっと、知り合いです。今日は代理でわたあめの散歩をしてます」
わんこ同士はまだまだ遊びたいらしく、気が済むまで飼い主ふたりで立ち話をすることになった。完全な世間話というやつで、これがいわゆる「散歩仲間」というやつかと感動した。
お互いのことを知らないのに、犬好きというだけで、ごく自然に話が続く。親近感が湧くのだろう。わずか五分ほどの会話で、女性が四十代であること、ドッグカフェを経営していること、この近くの一軒家で夫婦ふたりで暮らしていること等が分かった。
私の勤務先が、わんにゃんスマイルだということでも盛り上がった。
「おやつ買ってるわよー! ささみジャーキーが大好物なの」
「わわっ、そうなんですか! ありがとうございます」
大ぶりのジャーキーでも手で割る必要がないという。豪快にかぶりついているらしい。さすが大型犬だ。
ちなみに、名前は「きなこ」ちゃんとのこと。3歳の女の子らしい。
「きなこ色だからね」
安易でしょ、と彼女は笑った。
それを言うなら、わたあめだって負けていない。
「わたあめも、なかなかですよね」
真っ白で、もこもこで、ふわふわ。
「確かにそうね」
顔を見合わせてひとしきり笑ったあと、わたあめにじいっと見られていることに気づいた。どうやら満足したらしい。
「じゃあ、また今度ね」
「失礼します」
バイバイ、ときなこちゃんにも手を振って別れた。
それからも、「散歩仲間」らしい飼い主とわんこに出会った。不思議と皆、飼い主のほうではなくわんこのほうで認識しているらしく、出会う度に「わたあめちゃん」と呼ばれた。
わたあめは、人間でいうところの陽キャだと思う。人見知りも犬見知りもせず、人気者で常に楽しそうにしているのだ。
飼い主とはキャラが違い過ぎるな、と思った。普段、彼はどんな顔で散歩しているのだろう。私に対するみたいに、しらーっとした表情でいるのだろうか。
それとも、かわいい我が子のために世間話をしたり、笑顔で対応したりしているのだろうか。想像したら、なんだかとても微笑ましくなった。
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