7.わたあめのための手作りごはん
体調不良
仕事を終え社屋を出ると、心地よい風を感じた。
季節が夏から秋になろうとしている。そろそろ半袖も終わりだなと考えていると、スマートフォンが震えた。
『ごめん、今週の金曜行けないと思う』
郡司からだった。
『急用?』
『違うけど』
『じゃあ、今週末は自分で何か作ろうかな』
『他のスタッフ指名しないの?』
何となく、そういう気分にはなれなかった。正直に告げると、『来週は大丈夫だと思う』という返信があった。
『未確定?』
『病院行ったら普通の風邪っていわれたから。大丈夫なはず』
一昨日から高熱で苦しんでいたらしい。季節の変わり目で体調を崩したのだろう。
『平気?』
『まぁまぁ』
何が、まぁまぁなのだ。曖昧な返答に苦笑いしながら、あ、と思った。
『わたあめの面倒とか、大丈夫なの?』
ごはんをあげたりとか、おやつをあげたりとか、わしゃわしゃと全身を撫でまわしてあげたりとか。
『しばらく散歩に行ってないから、部屋の中で元気が有り余ってる』
そうか、散歩! 郡司にかまってもらえず、部屋の中を走り回るわたあめの姿を思い浮かべると、胸がぎゅうっとなった。
『私で良かったらなんだけど。わたあめちゃんの散歩、行ってもいい?』
わたあめの性格を考えると、散歩に連れ出す人間は郡司以外の人間でも大丈夫なはず。なんといっても、人見知りしないわんこだ。
『それは、もちろんいいけど』
郡司からOKをもらい、散歩コースや持ち物の確認をする。
必要なものは、小さなバッグにまとめて入っているらしい。リードや水入りのペットボトル、ウエットティッシュ、エチケット袋など。
さっそく、明日の朝から散歩へ行くことになった。
翌朝は、いつもより早い時間に起床した。わたあめとの散歩が楽しみ過ぎて、目が覚めた瞬間から行動をおこした。パパッと動きやすい格好に着替える。Tシャツに短パン。
もちろん短パンの下にはランニングタイツを着用している。運動のためにと購入したものの、一度も身に付けていなかったランニングタイツがようやく役に立った。
髪を縛って、キャップを被っていざ出発。
そのまま出勤できるよう、着替えも持って来たのでぬかりない。電車に乗り込んでしばらくすると、郡司からメッセージが届いた。
『マジで来るの』
もちろんマジです。
『もうすぐ着くよ』
『早すぎない? 助かるけど』
しばらくして、画像が送られてきた。
リードを装着してもらい、満面の笑みでこちらを見ているわたあめの姿が映っていた。わたあめも準備万端のようだ。しばし、まん丸おめめと見つめ合う。
ぎゃわゆいーーーー♡♡
可愛すぎて動機息切れがする。しかし、何とか電車内で奇声をあげずに済んだ。いつも思う。なぜ、きみはそんなにもプリティーなのか。
よく見ると、ふわふわアフロヘアにクセがついていた。寝ぐせだろうか。手ぐしで整えたい。いや、全身隅々まできれいにブラッシングをしたい。
きっと、郡司は体調不良でブラッシングまで手がまわっていないと思う。
悶えながらスマホの画面を眺めていると、郡司のマンションの最寄り駅に着いた。おしゃれを極める街の駅前通りをすり抜け、マンションの玄関に到着する。
『着いたよ』
『いま開ける』
郡司のメッセージを確認したのと同時くらいに、玄関が開いた。ぐいーーーん、とやたら威厳のあるガラス扉が左右に開く。
『部屋の鍵も開いてる』
『了解』
『リビングの机の上に散歩バッグ置いた。わたあめもいる』
風邪を移さないよう、郡司本人はすでに自室に引きこもったらしい。めちゃくちゃ気を使ってるな、と考えているうちに部屋の前にたどり着いた。
念のため『部屋に入るね』と断りを入れてからドアノブをまわした。
すりガラスの向こうに、ぞもぞと動く物体が見える。
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