和献立

「喜びかたがウソっぽい」


 すかさず、郡司が突っ込んでくる。


「感嘆の「わぁ~~~!」じゃなくて、和風だなっていう感想の「わ~~~!」だから」


 ニュアンスがちょっと違うのだ。


「あ、そう」


 納得したらしい郡司が、目の前にごちそうを運び始める。この給仕タイムは、なかなか良い。自宅で普段着のまま飲食の世話をしてもらえるなんて、素晴らしいサービスだ。


 本物の給仕人がいるお店に行くには、値段も気も張る。


「……そういう店、嫌いなんだ?」


 味噌汁を椀に入れながら、郡司が問う。


「んーー、嫌いっていうか、あんまり縁がなくて」


 子供の頃は、はっきり言って余裕のない家庭だったし。それなりに経済力のある異性から高級店に誘われるなんてことにも縁のない人生だった。


「私はどちらかっていうと、ちょびちょび出てくる料理より、ガツガツ食べられるお店が好みかな。前菜とメインは一緒に食べたいし、はじめから炭水化物が欲しいんだよね」


 高級店からは、お前なんぞはこっちからお断りだと言われそうだ。食い意地の張った私の発言を、郡司は愉快そうに聞いている。


 少し目を伏せて、でも口元は笑っていて。めずらしい。こんなに嬉しそうな顔をする郡司はレアだ。


 郡司を喜ばせることを、何か口にしただろうか……?


 思い返しても心当たりはなく、私の意識はそのことよりも、目の前にあるごちそうのほうに向いてしまった。


「いただきますっ!」


 さっそくメインの豚バラと里芋の煮物に箸をつける。


 豚バラは厚めにカットされていて、ごろっとしている。脂の部分はこってりだけど、味付けはやさしい。少し甘めの醤油ベースの煮汁がよくしみている。


 柔らかく煮込まれた豚バラは、口に入れた瞬間にほろほろと溶けていく。ガツガツとごはんを頬張り、咀嚼しながら里芋を箸でつまむ。


 許容量をすでに超えた口の中に里芋を押し込み、最高のマリアージュを楽しむ。里芋は独特のトロッと感と粘り気が美味しい。


 郡司には、「大食いのリスかよ」と食べ方を指摘されたが、気にしない。上品な食べ方でないのは百も承知だ。


 続いて、小松菜と人参の和風ナムルに視線をうつす。


 かつお節の香りたっぷりなナムルは、なるほど和風の味わいだった。薄味なのに端が止まらない。野菜はシャキシャキと、しなっと感の中間くらい。


「無限ナムルーー!」


「はいはい」


 もぐもぐしながら笑顔で言う私に、郡司は無味乾燥な返事をする。洗い物を始めたようで、そっちが忙しいのだろう。


「自分でおかわりしよっと」


 気を使えるアピールをしながら、郡司の横にある炊飯器からごはんを盛る。つやつやのごはんにまたしても笑顔になり、素早く自分の席に戻った。


 ナスの味噌マヨ焼きは、オーブン調理されたものらしい。こんもりしたホイルに端で切れ目を入れ、やけどしないように包みを開ける。


 ほわっと湯気が立ち上り、中から美味しそうなナスが出現した。味付けは味噌とマヨの割にさっぱりしていて、ナス本来の風味がじゅうぶんに残っていた。


 おかずとごはんを交互に食べると、両方の美味しさがどんどん増していくような気がする。おかずはごはんを引き立てるし、もちろんその逆もしかり。口の中をいっぱいにして咀嚼しているときの幸福感といったらない。


 そして、ごくっと飲み込んだあとは、味噌汁をずずっといく。やはり汁物がないと和食は終われない。


 オクラの味噌汁は初めて口にしたけれど、ねばねばとろとろがクセになる一品だった。薄切りにされたオクラがたっぷりと入って、単体の具材とは思えないくらいの満足感がある。


 それにしても、味噌汁は懐が深い。たいていの野菜なら受け入れてくれる度量がある。


 私自身も、味噌汁のように懐の深い社会人にならなくては! という謎の決意と共に、ずずーーっと一気に飲み干す。


「ぷはーーーっ!」


 大満足しながらお椀をテーブルに置くと、郡司が手を拭きながら振り返る。どうやら洗い物は完了したようだ。


「ビール一気飲みした直後みたいな声出すのやめてくれる?」


 ダルそうに言う郡司に、ビシッと箸を突き付けながら反論する。


「あれはビールの専売特許じゃなくって、美味しいものを体内に入れた際の歓喜の叫びだから!」


「初めて聞いたけど」


 呆れた顔をする郡司に向かって、意気揚々と「私が提唱してるんだ」と教える。小さくため息を吐きながら、それでも食後のお茶の準備を粛々と開始する郡司の背中を眺める。


 食後の緑茶は美味しい。熱々で少し苦くて。郡司から湯呑を受け取り、私は和食ごはんの〆である緑茶をすすった。

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