改善するには

 勉強が得意なのと陰キャはイコールではないと思うのだけど、彼女の主張も分からなくはない。


 史哉が入社してきたとき、ちょっとした話題になった。こじんまりとしたわが社ではめずらしい高学歴なのだ。


 大学名を聞くと、エリート、華やか、裕福そう、スマート……。なんとなく、そういうイメージが湧く。


 外見も悪くないタイプだったので、女子社員は色めき立っていたのも事実だ。


 仕事の進め方と性格に難がありそう……、という話になってからは、すっかり人気は下火になってしまったのだけど。


「問題が三つから一つになったので、実久さんに相談してよかったです」


 やはり、自分だけで考えるのはよくない。周囲とコミュニケーションをとるのは大事だ。相談したり、誰かに話すことで解決策が浮かんだりする。


「相変わらず、杏は前向きだね」


 ふぅっと煙を吐きながら、実久が肩をすくめる。


「何事も、考え方次第ですから」


 これはいわゆる、座右の銘というやつ。ことあるごとに「考え方次第だな!」と思うようにしている。


「彼には、こまめに声掛けするようにします。話すことが苦手かもしれないけど、まったく会話無しで業務を進めることは不可能だと思うので。それも込みで仕事なんだよっていうことを、少しずつでも伝えていこうと思います」


「途中で投げ出した私がいうのは違うかもしれないけど、よろしく頼むわ」


 片手でゴメン、という仕草をしながら、実久が頭を下げる。


 実久個人には、仕事を教えてもらった恩がある。それに新入社員を指導するのも、一応とはいえ肩書きのある自分の職務だと思うので、だったら良い方向に進むようにがんばるだけだ。


 実久に宣言した通り、私は意識して史哉に声を掛けるようにした。


 まずは朝の挨拶から。今までは事務所の全員に向かって「おはようございます」と挨拶をしていたのだけど、個別に声を掛けるようにした。


 まずは、左隣のデスクにいる嶺衣奈に。


「竹井さん、おはよう」


「おはようごさいます、主任!」


 嶺衣奈がぺこりと頭を下げながら笑顔を見せる。


 続いて、右側にいる史哉に向かって。


「おはよう、杉崎くん」


「……」


 史哉は、パソコンの画面に向かったままで反応がない。


 この至近距離で無視をするのは、なかなか強メンタルだと思う。普通の人間は、名前を呼ばれると嫌でも反応してしまうものだ。


「杉崎くん?」


 私はもう一度、彼に声を掛けた。今度も聞こえないふりをするのだろうか。どういう反応をするのか、少しうきうきしながら様子をうかがっていると、史哉がマウスを操作する手を止めた。


「……よ……、ざいます」


 少しだけ、会釈するような仕草をみせる。


「うん、おはよう」


 私は満足して、にこにこしながら着席した。


 その瞬間、張りつめていた空気が和らいだ気がした。

 

 私と史哉のやり取りを、他の社員がひそかに注視していたのは分かっていた。そりゃあ、問題があると噂される社員の動向は気になるものだ。


 嶺衣奈も安心したように、ほっと小さく息を吐いている。

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