考え方次第
挨拶以外でも、こまめに史哉に声を掛け続けた。
「進んでる?」
「……はい」
「分からないところ、ある?」
「……今のところ、ないです」
「出来たら送信する前に見せてね」
「……はい」
ぼそぼそとだが、返事をしてくれるようになった。
たまたま事務所にいた実久には、あとで「私には何を言ってるか、ぜんっぜん聞き取れなかったんだけど?」と、やたら耳の良いひと扱いされた。
私にも聞き取れないときはあるので、その際は聞き返している。
実は、私が指導を受け持ってすぐの頃に史哉はミスを犯している。勝手に仕事を進めた結果という、彼にとってはお馴染みのミスだった。誤った商品価格を取引先にメールしてしまったのだ。
改定前の価格がデータ上に残っており、それを見て見積書を作成したらしい。すぐに気づいたので、大事にはならなかったのだけど。
そのことを彼に指摘したとき、すごく悔しそうな顔をした。自分が間違ったことが信じられない、というような表情だった。
その顔を見たときに分かった。彼は、ものすごくプライドが高い。
自分の間違いを許せないのだ。指導係にきちんと確認をすれば済む話なのだけど、それもプライドが邪魔をするのだろう。
もしかしたら史哉にとって、ここは理想の職場ではなかったのかもしれない。
こじんまりとした会社だし、彼の学歴なら学有名企業に就職していてもおかしくない。ちょっと下に見ているから、そこで働いている人間には頼る気がおきないのかも。
なんとなく、そんな風に思った。
とはいえ、彼は新入社員なのだし、ある程度成長するまでは頼ってもらわないといけない。
ふいに、一人目の指導係の言葉を思い出した。
『アイツ、問題はありまくりだけどさ。基本は有能なんだよ。一度説明したらすぐに理解するし、処理能力は早いし』
実際に史哉の指導係になって、その言葉通りだと思った。
彼はとても能力のあるひとだ。ちょっと難ありな部分があるのは確かだけど、方向性を変えるだけで、彼は優秀な社員になれる。
難儀な新入社員を任されて「可哀想……」と、私は周囲から同情されているけど、そんなことはない。
考え方次第なのだ。
指導がうまく行けば、彼はめちゃくちゃ仕事ができる部下になる。「可哀想」どころか、むしろ私はめちゃくちゃツイてる! 将来有望な金の卵をゲットしたも同然なのだ!!
ぜったいに有能で頼りになる部下に変身させる。そして私が抱えている大量の仕事を任せる。びしばし鍛えて、どしどし仕事を振る。そうすれば、自分の仕事量が減る。連日残業の日々から脱却できるのだ!!
◇
「うわ、腹黒……」
私の「部下有能化計画」を聞いた郡司が、テーブルの上に小鉢を置きながら、ぼそりとつぶやく。
今日も郡司は、嫌みったらしいほどにぴかぴかで、きらきらしている。ゆるっとしたTシャツとシンプルなパンツスタイルなのに、どこの王子様だろう、と錯覚するほどに様になっている。
「ちょっと! 誰が腹黒よ。せめて策士とかにしてくれない?」
私はいただきますのポーズをしながら抗議した。
今日は金曜日。待ちに待った日だ。残念ながら、今日も癒しスマイルの西依さんはお休みで、代わりにこの無愛想王子がうちにやって来た。
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