指導係はたいへん
先月から、私が彼に仕事を教えている。
なぜ中途半端な時期からなのかというと、それには理由がある。史哉にとって私は、三人目の指導係なのだ。
彼が最初に配属されたのは企画部だった。そこでトラブルを起こして、製造部に異動になった。先輩社員の指導をことごとく無視したらしい。
自分勝手に仕事を進めてしまい、その結果ミスが発生した。何度か同じようなことが続き、フォローにまわっていた先輩社員が匙を投げたのだ。
移動先の製造部でも似たようなことがあり、私に役目がまわってきた。
パソコンに向かう史哉をそろりと眺める。
イマドキの子という感じだ。すらっとして色白で、すっきりとした顔立ちの男子。何を考えているのか分からない。表情を崩したところをまだ見たことがない。ちょっとふてぶてしいような印象を受ける。
スーツを着慣れていない雰囲気があって、そこだけは初々しい新人という感じがして、見ていて微笑ましいなと思う。
そんな彼の問題点は、大きく分けて三つある。
一つは、指導係(今は私だ)の指示に返事をしないこと。指示内容を理解しているのか、こちらとしても判断ができない。
二つめは、他の社員との関わりを極端に避けていること。挨拶すらしないらしい。周囲と協力しながら進めていく業務もあるので、最低限のコミュニケーションは必須だ。
三つめは、他の部署でも問題になっていた点。指導を無視して勝手に仕事をしてしまうこと。ミスが起きないように先回りするにも限界がある。
匙を投げた先輩社員の気持ちが、今さらながら分かる。
何か、良い指導方法はないものか……。ぎゅぎゅっと眉根を寄せながら、私は再びダダダダッとキーボードを叩き始めた。
◇
「問題は三つあるっていうけどさ、結局はひとつなのよね。私も、離れて冷静になってみて分かったんだけど」
喫煙スペースで、ふぅっと煙を吐きながら、四歳上の
私は煙草を吸わないのだけど、ヘビースモーカーである彼女を捕まえるには、ここで待ち構えているのが一番手っ取り早い。
いくつか確認事項があり、それがクリアになったあと自然と史哉の話題になった。
彼女は製造部の社員で、史哉の二番目の指導係だった。
「……問題はひとつ、ですか?」
「そう、結局はコミュニケーションなのよ。あの子、それが不得手なんでしょうね」
実久が慣れた手つきで、紙煙草の灰を灰皿に落とす。
三つあると思っていた問題点を思い浮かべる。たしかに、実久の指摘する通りだ。返事をしなかったり、挨拶をしなかったり、指導を無視したり……。
「杏に押し付ける形になって、本当に悪いと思ってる。でも、うんともすんとも言わないんじゃあ、製造のほうじゃ無理よ。そっちでも難しいとは思うけど……」
「今のところ、なんとかやれています」
「ほんと、助かるわ。ありがとうね」
「でも、コミュニケーションが苦手なタイプには思えないんですよね。どちらかというと、壁を作っているような……」
かなり強固な壁なんだよなと思いながら、史哉のむすっとした表情を思い出す。
「そう? いわゆる陰キャってやつじゃないの? 勉強が得意なんだし、きっとソレよ」
カチカチッとライターを操作して、実久が二本目の煙草に火をつけた。
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