第24話 ウィズ

「…う。きをつけます」


 十九人がうんうんと頷く。

 ロザリーとライブスとニースとウィズ君も頷く。


「本当に分かってるの?」


 ウォーデン先生が厳しいと言ったが、アレは嘘だ。

 ウォーデン先生に倣って、他の先生まで厳しくなった。

 今回は地理担当でもあるマーガレット先生。


 ボクの全ての午前中が地獄へと変わる。

 それは誰にも止められないことだった。


 ハッピーライフは謎の力によって歪められたのだ。


 出来レースだったとの噂が出回っている。

 しかも、それは噂ではなく真実。

 だから、あの女神官、マーガレットがボクに対する方針を変えた。


 その裏には神官長ヘルメスもいる。そして彼はボクにこう命令した。


「ソリス、お前は上等部に進学しろ」

「え…、無理です。ボクは勉強嫌いなんで」


 でも、ボクはちゃんと言い返した。だけどアイツは


「お前とお前の姉の戸籍を私が改竄している。その事実を忘れるな」

「ぐぬぬぬ…」


 ボクはボク自身の立場はどうでもいいと思っている。

 だけど、お姉ちゃんは別だ。例え嫁に行ったとはいえ、お姉ちゃんのことは大好き。

 ただ、納得は出来ない。だから聞いてみた。


「わ、分かりました。でも、どうしてか、教えてもらえますか?」

「上等部に行けば、自ずとわかる」


 …だってさ。


「全然答えになってない。…神官長はボクを虐めたいだけなんだ」


 ボクが悪魔の子だから。…多分。


 パン‼


「う…、痛ぇえ!」

「今のはソリスに投げたの。恨むなら避けたソリスを恨みなさい」

「ソリス、良からぬことを考えているのは分かるが、チョークは避けないでくれるか…」


 クソ。その為の席替えだったのか。ボクが避けたらライブスに当たる…、って当たってもいい気もするけど。

 ライブスがもしも避けたらロザリー。ロザリーなら絶対に躱すから、ニースに当たる。


 どこまでボクを…‼


 成程。そっちがその気なら、こっちだって…


     □■□


 寮生活は突然訪れた。


 今までボクが学校に通えていたのは、お姉ちゃんが神官だったという捻じ曲げられた戸籍があったから。

 だけど、お姉ちゃんはあっさり神官を辞めてしまった。

 これもヘルメスの指示だったのかと思ってしまうほどに、出来過ぎていた。


 全てはボクを神学校漬けにする為。


 だけど、その意味が分からない。

 更に言えば、ボクの学費を出しているのはアクアス商会である。

 そう。レックスの両親が仕切っている商人組合だ。

 今や、アクアス大神殿絡みの商材を一手に引き受けている大商人。


 つまりリーナはとんでもない玉の輿に乗った。


 文句をつける場所が一つもない。孤児だった姉は、大金持ちの家に嫁いだ。

 そのおこぼれをボクは貰っている。


「しかも個室だし。人間の数のわりに建物が多いから当たり前かもしれないけど…」


 いやいや、それだけじゃない。お小遣いまで貰っている。

 神殿へは参拝に来る者が多く、参拝客向けのお店が何軒もある。

 ボクはそのお小遣いで買ったハンバーガーを頬張りながら、大きな声を上げた。


「この程度で、ボクが買収されると思うなよ‼」


 孤児院でここは天国だと言ったけど、ここだって負けてない。

 文明なんて無視した食生活が当たり前の世界。

 流石に十歳にもなれば、その見当くらいはついている。


「学校生活‼お小遣い‼美味しい食べ物‼そして若さ‼…だ、ダメだ。これは買収された世界なんだ…」


 戦争ばかりを繰り返す世界だ。

 そして文明は崩壊しても文化の片鱗、動植物の分布は散らばったまま。

 更に言えば、人間そのものがチートレベル。だって、魔法が使える。

 奴隷なんて必要としない農耕が出来る。それが文明と関係のない豊かさの理由。


 だから、戦争さえ起きなければ天国。食べる分には苦労しない。


「こんな…天国を味わわされたって…」


 実際は買収寸前。もう、真面目に勉強したらいいんじゃないかと思ってしまう。

 違和感の正体を無視して、神官長の人形に成り下がりたい…


「はっ!こ、これがヘルメス病か…」


 コンコン…


 もんどりを打っているとノックの音が聞こえてきた。


「ソリスー。入るぞ…、って悪い。また…」

「え?…って、違う違う違う‼そういうのじゃないから‼」

「いや。俺も返事を待たずに入ろうとして…」

「…じゃなくて‼本当にハンバーガー食べてただけ‼まだ、一人になれなくて、一人で二人ごっこしてただけ…だし」


 そういえば、昔から独り言が多かった。

 そのせいで両親に捨てられたりもした。

 最近はずっとリーナが話し相手になってくれていたけど、久しぶりの一人暮らし。

 前世ぶりの一人暮らしだった。


「そか?それじゃ入るけど。今日は俺一人じゃない。大丈夫か?」

「へ?そなの?…でも大丈夫。変なことしてたわけじゃないし」


 これは本当に。だけど、ライブスはやはり疑っていて、こう続けた。


「ま。連れてきたのは男だから大丈夫か。本当は女が良かったけど、流石にこっちの寮だとそうはいかねぇんだ」

「ん?…いや、だから大丈夫。だけど…」

「ども。ゴメンね、女の子じゃなくて」


 ボクは目を剥いた。いや、そんなでもないか。

 ライブスに連れられて入ってきたのは、最近仲が良くなった優しそうな男の子。


「ウィズ君だ‼今日はどうしたの?」

「ん?何もないよ」

 

 スラッとしていて可愛らしい男の子。と言ってもボクよりもずっと背が高い。

 ただ、ボクと同じような髪型で、片方の目が隠れている。

 中性的な顔立ち、長い髪もあって女の子にも見える。


「さっき偶々会って、俺がソリスのとこに行くって言ったら、来たいって言ったんだ。最近、お前たちって仲良いし」

「ウィズ君は勉強を教えてくれるからだよ。ライブス、勉強嫌いじゃん」

「えへへ。それほどでもないけど、ライブス君よりは勉強できるかな」

「って、俺は別にいいんだよ。元々、通行証目当てなんだから。にしても、なんで君づけ?それに元々仲良かったみたいだから、おかしくね?」

「え?それは…」


 それはボクも思っていたことだった。

 ただ、なんて言うか…


「なんか、前から知っているような気がして?」

「前から知り合いだよ、ソリス君。だって、入学から一緒だし」

「ん。それを言ったら皆、そうだろ」

「ええっと…。そういう意味じゃなくて、もっと前から?」

「前って、前世とかか?」

「いやいや。そうじゃなくて…、ん-」


 他人の気がしないっていうか、なんというか…


 って、考えた時。突然、答えがやってきた。


「それは僕の兄を知ってるからでしょ。僕とソリス君って義兄弟?親戚…、になったんだし」


 ここで、ボクとライブスの眼球がガン剥かれた。 

 そして、ボクは自分の節穴さに絶望した。


 確かにいつも笑っているって、登場の仕方だったけど‼

 でも、可能性は十分にあった。レックスもここの卒業生なんだし。


「でも髪型と髪の色が違うから、全然考えてなかった」

「兄は父の髪の色で、僕は母のを受け継いでるんだよ。で、…髪型はソリス君を参考にしたっていうか…」

「な…。確かに顔が似てるな。ってことはレックスの弟。てめぇは俺のライバルの弟だったのかよ」


 この国はブルジョワだからって、貴族に成り上がったりしない。

 もしくは神学校の方針か、ファミリーネームでは呼ばれない。

 そもそも、レックスはレックスだし。弟がお姉ちゃんを取ってったわけじゃないし…


「す、すごいことを言うね。確かに兄さんにとっては勿体ないくらいの奥さんで、僕はソリス君に返しきれない恩があるわけだけど」

「い…いや。ボクの方がお世話になってる…っていうか。ボクの方に恩はないと思う…けど」


 うん。ボクは今の生活に満足している。

 一人で生きていけるってイキってたのは、

 さっきまでの余裕は、衣食住が揃っていて、お小遣いもあったからだ。


「お陰で住む場所も…、服も食事も勉強まで…」


 それでボクの勉強を教えてくれてたのか。リーナと血が繋がっていないし、今のボクの立場は神官長に握られてるから、どうなっているか分からないけど。


「そんなことないよ。初等部の時とは景色が全然違うもん。…これってソリス君のお陰…だよね?」


 その瞬間、身が震えた。

 彼は瞳が見えないほどの笑顔で楽しそうに、そう言った。


「あ、そうか。あの件で多くの豪商が西側に去ったんだったな。んで、お前たちの商人組合が大きく成長した。でも、アレはロザリーが活躍して…」


 そういうことになっている。

 だけど、そうじゃない。それにこれはあの時と同じだ。

 ウィズはボクのことを悪魔の子と分かっている。だってレックスの弟なんだから。


「うんうん、そうだったね。でも、ウチのお店が繁盛していることとは関係ないんだよ。ソリス君と堂々とお話しできるようになった。それってソリス君がアレを引き起こしたからだよね」

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