第25話 憧れの存在

 子供は可能性。

 子供は無限大。

 子供は未来、宝、それから──


『両手を胸の前で合わせてハンドボールくらいの大きさのボールを持つように構えて見て欲しい。そうすると何か弾力のようなものを感じないだろうか。そう!気は誰しもが持っているのだ!』


 気功術というなんとも蠱惑的な響きが当時の厨二病発症者を魅了していた。

 数年後、ただの筋肉の疲労が溜まっているだけで錯覚でそう感じるだけ、という衝撃的な事実を、バラエティ番組で知ることになった。


 健康法という意味では効果があるだろう。

 要は呼吸法だ。正しい呼吸は横隔膜などの呼吸筋を正しく使えるし、気功術特有の動きも姿勢のバランスを整える役割もある。


 そもそも、古代ローマの医師も古代中国の医師も古代エジプトの医師も…。

 遥か昔の医療とは体を温めるか、冷やすか。それが、治療の要だった。


 ──それ故に、手当てなのだ。


 人類最初の医療行為は手を当てることだった。


 それから自然の力を取り込むことも、重要な医療だった。

 

 ただ、それさえも現代医学は科学へと変えてしまう。

 患部を温めて血行が良くするから、血の巡りにより治りが早くなる…とか。

 この成分がこんな作用をしている…とか。


 そして、人の体はこんな風に出来ている…とか。


 科学の手にかかれば、ありとあらゆる不思議が消えていく。


 観測することで、測定することで、調べることで決まっていく。


 シュレーディンガーの箱の中の猫の生死のように、確定されていく。


 なんだか、つまらない。


 大人になって、勉強して、ネットが情報を引き寄せて、有耶無耶が指先一つで解決してしまう。


 子供の頃ってさ。


 科学で解明されていないって言葉が大好きだった。


 でも、そこにたったの『二文字』足すだけでつまらなくなることに気付く。


 例えば、『今の』科学とか。『現代』科学とか。


 けれど、本当にそれで満足だった?


 手を当てたら温まるだけ?


 手と手の間には何もないの?


 だったら、


 ──こう考えてみたらどうだろう。


 観測を繰り返した結果、その力が消えてしまった、とか。


 だって、女神はこう言った。


『何を隠そう、生前からそうではないかと思っていた。

 俺は生きる時代を間違えているのではないか』…と


 あ、間違えた。それは俺が言ったカッコよいセリフの方だった。

 っていうか、俺には大した役割はなかった。


 うーん、悲しくなる。でも、それはそれ。


 俺が言いたいのはこっち。


 女神が言ったのはこっち。


「世界に危機が迫ると英雄や救世主が現れる。過去にも似たようなことがあったから伝説に残っている。そういう調整も私らの仕事なんだよ」


 と。そして──


「昔の話だからね、今は色々あって無理なの」


 と。


 ってことはさ。


 こっちの世界の力が、もしかしたら観測で消えた何かだった…とか


 大した役割は与えられない存在だとしても、それくらいは妄想していいよな。


 与えられていないからこそ、何をしたって──



     □■□


「おい、ソリス。さっきからどうした?」

「え…。えと、何でもない」

「何でもなくはない、でしょ?だって僕が質問をした後に考え込んだんだから」


 そう。ボクは久しぶりに別の言語で考え事をした。

 いつもの環境と違ってしまったから、思い出してしまった。


 そしてこれは、ウィズの質問の答えでもある。


「ね。いつもはどうやってるの?ソリス君はどうやったの?」


 ウィズは変わらない笑顔で、突然質問をしてきた。

 彼がこの部屋に来たのは、ボクの話を聞く為だった。


「ウィズも。さっきから何を言ってんだよ」

「スベント卿のガーランドが姿を見せたって聞いた」

「それはマーガレット先生とゲイル先生が駆けつけて、マーガレット先生の魔法にビビッて逃げたって話だろ?」

「…ん。もしかして、ライブス君って女子とあんまり話してない?」

「あ?…は、話してるよ。ロザリーとか、ニースとか」

「他には?」

「…ほ、他にはって。それだけ居れば十分だろ」

「ライブス君、それはダメだよ。農家も商人の伝手が大事なんだから。他の子とも仲良くしないと。学校はただ学ぶ為にあるんじゃないよ。将来の為に横のつながりを作るところ。ね、ゾフィさんとは話してない?」

「あぁ、ちょっとは話したことあるけど、ゾフィの近くにはいっつもアイツらがいたからなぁ」

「ね‼そういうことだよ。ゾフィさんの家はただの行商じゃないんだ。メゾリバリア領の三つの川の使用権を持ってる。ウチもどれだけ稼いでも、ゾフィさんのリバリア船商会にその一部を支払わないとだし…」

「げ…。マジ?リバリア船商会のご令嬢だったのか…。ウチも色々世話になってるって聞いた」


 ボクが迷っている間に、二人が話し込んでしまった。

 ただ、流石に随分聞き取れるようになった。


 学校とは横のつながりを作る場所。それに気付いたのって卒業してからだった。

 やっぱり出来る奴はそういうのをちゃんとしてる。…って、今のボクには関係ない…か。

 ん、関係なくはない。ボクの人生はこれから…


「そういうこと。だから、ゾフィさんと是非ともって人が殆どだったんだよ」

「お前、凄いな。いや、商人ってそれくらいじゃないとダメなんだろうな。お前の兄貴からはその凄さを全然感じなかったけど」

「兄さんはどっちかっていうと、神官との繋がりを重視してたからね」


 若いのにちゃんと考えてて偉い。

 でも、結局レックスはボクのお姉ちゃんと…


 なんて考えていると、ドン‼と強い衝撃が走った。


 ボクは何?と顔をあげると、そこにはウィズの顔がある。

 そういえば、そう。彼の兄もこんな感じ。

 それに、彼はそんな話をする為に来たわけじゃない。いや、そもそもこの話をする為の前説。

 

「そのゾフィさんから聞いた。彼女は見てたんだよ。スベント卿の私兵が弾き飛ばされる瞬間を」


 ボクは両肩が跳ね上げた。

 今のも見られた。間違いなく、兄から情報を仕入れている。

 色々と暈される前の、ボクの話を。


「だから、それはロザリーが…」

「ううん。彼女は嘘を吐いている。彼女の意志じゃないと思うけど」

「はぁ?だって…」

「うん。実はゾフィさんもロザリーさんがワトソンさんとリリアさんを助けたって言ってた」

「…だったら」

「でもね。他の子の話も繋げると色々おかしいんだよ。で、僕の兄さんの話。…ね、私兵を弾き飛ばしたのはソリス君…でしょ?」


 ここでボクはギブアップ。はぁ、と肩を落とした。

 そもそも、彼は彼の兄と同じ。悪意は感じない。その正体は分からないけど、勉強地獄に陥れた神官長の言うことを聞く義理もないし。


「ウィズ、最初から知ってて話してるよね」

「な…、ソリス、何言って。…え?それじゃ、マジで?」


 ライブスは人が良いから、先生の言うことを信じようと思っていたのだろう。

 だけど、彼にも気付けた筈。いや。気になっていたから何度も訪ねてくれていたのかも。


「…そうだね。ゴメン。僕の言い方が意地悪だったね」

「ま、秘密ってことになってるから仕方なかったけど。ライブスもゴメン。ボクは嘘を吐いてた。…それで、何が目的?」


 リーナは彼の兄に嫁いだのだし。神官長が戸籍をどうにかしたって、お金で解決してくれそうだし。

 ってことは、神官長と同じ。リーナが人質に取られている。


 今のボクには何もできない。

 それを悟った彼は、無邪気の笑みのまま、こう言った。


「だったら取引しよう。僕は君に勉強を教えてあげる。その代わり、君がやったことを教えて」

「取引って。俺には差し出せるものは何もないぞ。俺は駄目ってことかよ」


 取引と言ったからにはそうなる。

 だけど、ウィズは屈託のない笑みで青紫の髪の毛を左右に揺らした。


「ううん。僕は兄さんに話を聞いた時から、…ずっと、ずーっとソリスに憧れてたんだ。だから、僕だけが差し出すのでいい。どっちみち、…世界はもう遅いんだし。だから、僕の憧れの存在、ソリス。僕たちに君の秘密を教えて」


 彼のその言葉は、ボクの心にしまい込んだ『この異世界に求めること』を思い出させた。

 そんな、とってもくすぐったいものだった。

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