第23話 新たな環境でスタート
ボクは膝から崩れ落ちた。
気が付いたら、倒れ込んでいた。
「嘘…だ…」
まるでこの世の終わりが来たかのよう。
この世界での厄災とは、人間同士の戦争である。
「ソリス…?」
中等部とは10歳前後から12歳前後。そしてボクは上がったばかりでまだ9歳。
まさか、まだ9歳で世界の終わりが来てしまうとは…
「大丈夫かい、ソリス」
人間同士の戦い。負けられない戦いがここにはあった筈。
「…お姉ちゃんも…辛いの」
きっとアレだ。ボクのせいだ。ボクのせいで厄災が訪れたんだ。
糸目は敵。糸目は裏切り者。糸目は何かを企んでいる。
ボクの封印された左手は知っていた筈なのに…
ボクの封印されし魔眼も見ていた筈なのに…
「でも、これが本来の君の運命だよ」
やっぱりだ。やっぱり、コイツは裏切った。
ボクは…、お姉ちゃんを守るって誓ったのに‼
「寮の方が友達も作りやすいって、レックスが言ってたし。会えなくなるって訳でもないし。それに…、ね?」
ボクが…、学校生活の話をしすぎたせいで…
「もう…、終わり…なの?早すぎ…ない?」
「うーん。早すぎる…かな。でも、アタシの素性を考えると早い方がいいって」
「そ。大丈夫。君のお姉さんは、オレがちゃんと守るから」
リーナとレックスが結ばれてしまった…
リーナはまだ15歳なのに‼レックスはまだ20歳とそこらなのに‼
「それに…、賢いソリスなら…分かる…でしょ?」
「神官なのに?お姉ちゃんは神官なのに?」
「神官は仮にならせてもらってただけでしょ。それにやっぱりアタシには無理があったし」
「そういうことじゃない‼ボクが出て行かないといけないのって…」
「レックス‼」
「ほい‼」
ボクは小さな体を放り投げられながら、気が遠くなるのを感じていた。
中等部からは他の生徒も巻き込むとかいう謎メッセージが流れた。
他のみんなは寮生活だったり、実家から離れてたりするから、こっちの方が都合が良いのは分かるけど…
まさか、こんな展開が用意されていたとは…
「おっと。レックスさん、乱暴っすよ。…それにやっぱ納得できねぇ。俺がソリスの兄貴になるって決めてたのに…」
いや、お前も駄目だけどな?
ボクはてっきり、ボクとお姉ちゃんが結ばれると思っていたのに…
こんなのってないよ。
学園生活パートを中心に描きたいからって。
昔に描いてた話とズレが生じたからって。
糸目キャラをこんな使い方するなんて!
ボクのお姉ちゃんを寝取らせるなんて‼
お姉ちゃんとのウキウキハッピーライフが来ないだなんて‼
これはボクにとっての大厄災だ。世界の戦争なんてどうでもいい‼
だけど、リーナの顔はとても幸せそうで…、ボクには絶対に見せない顔をしていて…
ガクッ…
気を失ったボクを抱えて、ボクの代わりにライブスが泣きながら、寮に逃げ帰った…らしい。
□■□
神学校の生徒はボクの学年だけ多い。それは前にも言ったかもしれない。
そこからグッと人数が減った。先の事件によって男七名、女七名が姿を消したのだ。
三十四人から十四人が抜けて、ピッタリ二十人になった。
「はぁ…。ボクがお姉ちゃんのお母さんを助けるって話はどこへ…」
最近は溜め息が多い。
ボクは教室の窓からアルテナ神国の南側の景色を眺めていた。
ううん、正確には一部はアルテナ神国ではない。
「今、行ったら間違いなく死ぬ。そうしたらお姉さんも悲しむ。だから、それは当分先の話。来るかも分からない先の話。妙なところで鋭いソリス。アンタは最初から分かっていたでしょう?」
独り言を言ったボクに言葉が返ってきた。
態々椅子を動かして前に座った赤毛の少女が、ボクに言う。
そしてボクは素直に頷いた。
こんな小さな体で、まだまだ始まったばかりで、今の自分が武力国家に勝てる筈がない。
これはもう戦争が必要なレベルだ。だけど、ソレを始める権力も持っていない。
「既にグラスフィール伯は裏切っていた。ワットとリリアの話だと、七人の生徒は抵抗せずについて行ったらしいし、王家に逆らう勢力は確実に増えている。で、暴動を起こした生徒は何も知らないガンツ以外は消えてしまった。穀倉地帯を奪われたのは痛いわね」
ロザリーは続けてそう言った。マーガレット先生も同じことを話した。
一番知っていただろうデイツは、略奪者集団に回収されてしまった。
だから、本当か分からない。
彼を運んだのはボクだけど、ロザリーが全てを片付けたことになっているから、色んなことが有耶無耶にされている。
「…となると、商人組合はバラバラ。レックスさんのご両親が結果的に得をしたわけね」
そしてボクは目を剥いた。
これは風が吹いたら、桶が必要になる奴。
なんか、こう。上手く色々やったに違いない‼
「な…、やはりアイツは…」
「何言ってんの?ってか、そういうところは子供ね。お姉さんのこと、まだ引き摺ってるの?」
「引き摺るに決まってるだろ‼リーナさんは俺の将来の‼」
「ライブスには言ってないんだけど?…ソリス、素直に喜んであげなさい。お姉さんはお父様を失い、お母様を連れていかれたの。その後は、アンタの御守り。その孤児院にも騙されてて。…やっと手に入れた幸せじゃない」
うん。そうなんだ。
ボクがお荷物に聞こえる部分はあったけど、本当にロザリーの言う通り。
「そう…だよね。ありがと…、ロザリー」
「ちょ…、止めてよね。私はアンタほどガキじゃないってだけなんだから」
「う…。でも、俺はまだ諦めてないぞ」
「だーかーらー、ライブスには──」
突然の別れって訳じゃない。会いに行こうと思えば会いに行ける。
それに何度となく、ボクは一人で生きていこうと思った筈だ。
ボクはこれからは自分で巻くしかない包帯を見ながら、心の中で『家族…か』と呟いた。
□■□
中等部へ上がると、いよいよ本格的な話を教わることになる。
基礎以上の魔法座学や、具体的な地理や、信仰についての歴史などなど。
これらを履修しているかどうかで、商人に与えられる特許状の種類が変わってくる、って話だった。
落ちた生徒の多くは一気に領地を広げたアレク神国に逃亡している。
そして、単に成績で落とされていたガンツはこの資格を手にできなかった。
とは言え、きな臭くなってきたこの国で、その特許状の意味があるかは疑わしい。
って、今、彼に教わったとこ。
「ありがと、ウィズ君」
「ううん。どういたしまして。僕にできることがあったら、何でも聞いて」
最近仲良くなった同級生。青紫の髪でぱっと見は、男か女か分からない生徒。
商人の子供で、いつもニコニコしている彼は、デイツが居なくなったことで、漸くボクに近づけたって言ってくれた。
「うーん。どこかで会ったことあるような…。ま、いっか。教えるの、凄く上手だし。商人の友達って居なかったし」
それから、実技の授業数も格段に増える。
午後は殆どが実践を伴うから、移動も兼ねて昼休みが長くなった。
実技はそれなりに楽しいからまだいい。
座学が苦手なボクにとって、午前中は本当に地獄のようだった。
「この世界では、濃淡はあれど至る所で魔素が観測される。この魔素を利用してマナと呼ばれる魔力へと変換するのだが、魔力が極端に少ない人間にとっては害となる。つまり幼年期はとても危険なのだ。ただし、お腹の中の胎児は母親の魔力によって守られる。そして生まれたあとは母乳に含まれる魔力を摂取することで守られる。そして成長、徐々に自身の魔力量が上昇していく。成長につれて、自分自身の魔力で外気から守られるようになる。この魔力量の上昇率は10歳頃がピークとされ、徐々に魔力の上昇が抑えられ、70歳前後では魔力のコントロールが難しくなる。」
マーガレット先生とゲイル先生はそのままだけど、流石に授業の量が増えるから、他の先生も動員されることになった。
この眠くなる魔法学の授業をしているのは、ウォーデン先生。
髪はボサボサ、着ている服もめちゃくちゃ。神学校だから、一応神官なんだろうけれど、1mmもやる気が感じられない。
「…はぁ、これくらいは教えなくても知ってるだろ。でも、一応やらないといけないんだ。お前達も我慢しろよ。…って」
パン‼
破裂音と共に、ボクの額に痛みが走った。
ボクがこんな授業を、ちゃんと聞き取れるはずも無い。
あとでライブス…。いや、ライブスも眠そうにしてたから、ウィズ君かロザリーに聞こうと思っていた。
小さな体を利用して隠れて寝ていた。うとうとしていた。だから、本当にビックリした。
「ソリス、お前だけはちゃんと聞いておけ」
因みに、この先生はボクに対して、すごく厳しい。
こうしてボクの勉強地獄という厄災が始まったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます