第21話 連れ去り事件、第二弾
濃紺の短髪に汗が滴る。
松明のせいか、やけに熱い。
心臓が壊れてしまったのかバクバクと動く。
でも、そんなの気にしている暇はない。
「あの話を俺は知っていた筈なのに…」
末っ子だからか、弟が出来たような気持になっていた彼は、彼だけでなく神官親族組ではない生徒の多くは、神学校近くに建てられている寮で生活している。
因みにロザリーは家を一つ借りている。そこでワットとリリアを従えて暮らしている。
商人組のようなネットワークを持たないライブスは、寮の居心地が悪くてしょっちゅうソリスとリーナが住む家に遊びに行っていた。
そこで、リーナから話を聞いていたから、彼にも気付けたことだった。
「実体験してないから?…普段から兄貴ぶってる癖に、俺が教えられてどうすんだよ‼」
アレクス信仰の民がアレク神国を名乗って独立した。
女神信仰を嫌う男神官と、野心みなぎる益荒男と、行き場を失った略奪者と犯罪者たちが、力を以って国を興した。
彼らが最初に行ったのは、女を攫う戦争だった。
そこまでは、広く知られた事件である。
「おい‼ここを開けてくれ‼ここはアレク族に狙われているぞ‼」
誰かが気付いてくれると信じて、ドンドンと戸を叩く。
今は辺境伯を名乗っているグラスフィール伯が、その後に行ったことは殆ど知られていない。
健全な領民を守る為、両親を失った孤児をある程度育てた後に引き渡そうとした。
態々、男女をペアにして、態々、そのペアを離れ離れにさせる避難訓練をした。
「グラスフィール孤児院の襲撃と同じだ‼」
その行為は未だ咎められていない。
それどころか殆ど知らない。
少なくとも、ライブスはリーナから話を聞くまで知らなかった。
商人の情報もなら知っているかもしれない。
領主を家族に持つロザリーなら聞いているかもしれない。
「ロザリー‼ソリスはお前の名前を出した‼だから、ロザ…」
「そんなに喚かないでも聞こえてるってば!…静かに出来ないの?…今、アンタに怯えているわよ」
何度も叩いていたら、直ぐに内側から返事が来た。
ソリスと女子とが話をしている姿はあまり見ない。
ロザリーとニースくらい。そして、その二人と話をするから他の女子は近づいてこない。
「ロザリーか‼今、ソリスが…」
「…で、何?そういう手口で私たちを連れ去ろうってワケ?」
ライブスは鳶色の瞳を剥いた。
そして、扉の反対側にいるだろう、赤毛、翡翠色の瞳の少女を想像して眼を飛ばす。
「はぁ?そんなわけないだろ‼俺達は」
「そうかしら。ライブスは男だし、太陽神アレクスの信仰者でもあるわよね」
「だから‼俺じゃなくて、ソリスが気を付けろって言ってるんだ‼」
「だから、気を付けてるんじゃない。孤立しないようにして、ここで交代制で寝ずの番をしているのよ」
ロザリーの警戒が扉越しに伝わってくる。
その緊迫感に、少年は背筋が凍り付いた気がした。
ソリスの姉の話では、シスターも協力をしていたらしい。
女の人が言うのなら、と安心した子供も多かったと言う。
つまり、この中にもアレクと繋がる女が居るってこと…か。思ったよりも計画を練ってる。いよいよ、不味いぞ。
「それがアイツらのやり方で…」
「私を誰だと思っているの?本当にソリスがアンタを逃がしたんなら、ソリスを助けに行けばいいじゃない」
あぁ言えば、こう言う。中には商人の子もいるから、間違った避難方法を真実だと伝えた可能性もある。
だが、同時に。ソリスを一人にしている現実もある。
「くそ。俺はどうしたら…」
そして、ここで。
ドン‼…ドン‼と、二つの爆発音がした。
「ちょ…、何なのよ!本当に襲撃された訳?」
その奥で
「ロザリー様!ソリスが…」
ドア越し、更にその奥だからはっきりとは聞こえないけど、ニースの声だと分かる。
そして、もう一人。
「ロザリー様‼奥の部屋で‼」
「それ…どういう…、…え⁉…だったら」
「おい‼ロザリー‼何があった⁉」
「アンタはソリスを拾って、宿舎の外を調べなさい。ゲイル先生は戻ってくるらしいから、見つけたら声を掛けて‼男子生徒は殺されるかもだから、避難をさせて」
結局、ライブスは入れてもらえなかった。
でも、彼自身も仲間の一味かもという判断なら、ロザリーの動きが間違っているとも思えない。
勿論、内部にいる裏切り者の行動次第だけど。
「分かった。絶対に気を付けろよ‼」
「誰にモノを言っているのかしら。それじゃあね。ソリスだけは絶対に守りなさいよ」
そしてライブスは戻ることになる。
「クソ。俺は…。…にしても、なんでこんな時に‼」
ただのお遣いしかしていない自分に腹を立てながらも、子供しかいない状況を作った姿が見えない大人たちを糾弾する。
とは言え、今はソリス。だが、その先で…
「う…。なんだ、これは…」
松明の炎は見える。だけど、その全てが地面に転がっていた。
油が染み込んでいるから、沈下することはなく、雑草をや草花を燃やしながら、煙を吐き出している。
その煙の中から、ポンっと人が現れて、真っ黒になった顔の男は言った。
「デイツ‼…って、お前は…」
「その声は…」
先の理由で、ライブスも顔が広い訳ではない。
だけど、目立つやつとその周りくらいは覚えている。
「ピオール?お前、ソリスをどこにやった?」
「し、知らねぇよ…」
「知らない訳ないだろ。蛮族アレクと手を結びやがって‼」
「はぁ?なんでアレク国が出てくんだよ。俺はソリスの合格が納得できないから、アイツを…」
「…チッ。そういうわけか。じゃあアレクと繋がりがったのはあいつらか」
「知らねぇって言ってんだろ‼…こんなの聞いてねぇ。いいか、俺は無関係だからな‼」
そしてピオールはより暗い方を目指して、走って行ってしまった。
追いかけようとも思ったけれど、ソリスを探す方が先。
そもそも、ここで何が起きたんだよ‼
「煙が酷いな。これじゃ何も…」
新鮮な空気を求めて、身を屈める。
そこでライブスに閃きがやってくる。
「そうだ。…女神様。フォセリア様。農耕の、実りの女神様。俺に…、眼力を…。——
その瞬間、土の色が変わったように見えた。
同時にとんでもない脱力感にも襲われる。今日は試験だったし、そのあとも休んでいない。
こんなことなら女子と話に行かなければよかった?でも、だからアイツらの企みが分かったのかもしれない、…ってか、みんなが一方向に向かってる?
この方向って…、
——ガンツ君と奥にいるデイツ君とは時々話してたけど
「ソリスにはそれが見えていたのか。デイツは奥にいると言ってた。…待ってろよ、ソリス‼」
□■□
赤毛の少女ロザリーの眉間に深いしわが刻まれる。
ニースが伝えたのは、
「ソリス君を見失った」
というもので、ライブスの潔白に繋がる証言以外の使い道がないものだった。
だけど、もう一つ。
「集まっていた部屋に穴が空いた」
こっちは緊急事態というより、やられたという悔しさが残るモノだった。
急いで駆けつけたのだが、半分の女子の姿が見えなくなっていた。
「ゾフィ。これはどういうこと?」
「アタシに聞かれても知らないわよ。集まる部屋を決めたのはロザリーでしょ?」
「アンタが教えたんじゃないの?」
「アタシじゃない!なんで、アタシがあんな野蛮国の味方をするのよ。それを言うなら」
「ふ…二人とも…やめて…ください。どっちも疑う所はありません!」
「な、ニース?もしかして…」
「…済みません。緊急事態なので」
メルキュリの加護はとてもレア。神官を輩出する家系に生まれやすいと言われているだけで、出現条件は決まっていない。
勿論、悟られると身構えていれば、防ぐことは可能。
だけど、今はそっちに気を取られてはいなかった。
「で、どうする?アタシは逃げたいんだけど?」
「逃げるって何処によ。…それに貴族である私は逃げない」
「わ、私も…です」
「へぇ。アンタら、勇気あるね。確かにビビットの話だと、連れ去り役の力は大したことないみたいだけど」
貴族でしかも一族の期待を背負った自分が逃げるわけにはいかない。
それもあるが、侍従の二人を助けなければならない。
私が二人にみんなを守るように命じてたから…
「ワトソン‼リリア‼返事をなさい‼」
「ちょっと‼いきなり大声って‼」
知性と冷静を気取るお嬢様だが、こんな想定外のことが起きればやっぱり焦る。
そして、最悪の出来事が訪れる。
「へぇ…。アールブの姫じゃん。ラッキー」
ここに居る全員が知らない声。たった一人を除いて。
「な…。お前はスベントのガーランド‼」
赤茶色の髪、鳶色の瞳の二十代後半くらいの男。彼の名はスベント卿のガーランド。
「おいおいおい。情報更新が遅いんじゃねぇの?アレク神国の二番隊、隊長のガーランド様だよ。おい、お前ら。アイツらを出せ」
「く…、貴族の誇りを捨てて、外道に落ちたか‼」
そして、ロープでぐるぐる巻きにされた、ロザリーの侍従二人が暗闇から姿を現した。
「ロザリー様、逃げてください‼」
「自分たちのことは…、諦めて…」
「そんなことさせない‼私は貴族だもん‼」
とは言え、ロザリーの顔は青い。聞いていた話と全然違う。
グラスフィール孤児院の出来事が児戯に思えるほど。
「ロザリー、出過ぎだよ」
「そうです。私たちも…」
「駄目よ。あの男も四つの加護を持っている。年齢差の分、アイツの方が上。みんなは下がってなさい」
「流石は…、昔の名門。プライドだけは高いねぇ。でも、俺は好きだぜ。そういうのって燃えるし、何よりお前はその中でもかなり優秀だ。アレクでモテモテの人生、送ってみない?」
「黙れ、外道。私は必ず、私の家族を取り戻す‼だから…」
ガーランドだけではない。その周囲の大人たちも間違いなく手練れ。
この女の略奪行為は、ロザリー自身を狙ったもののように思える。
だって、ここに自分が来ることは隠していない。
そして、あの二人は私が無理やり…
…っていう、大ピンチ。だが、その両サイドが目を剥くことが起きた。
「えっと…。ならず者のみなさーん。そういうのは止めましょうよ」
何処から現れたのか、いつからそこに居たのかも分からない。
しかも、こんなに煙っぽいのに汚れていない。
同じ重さの黄金と交換できそうな髪、その瞳には価値がつけられないエメラルド色のソレ。
何より、ここで一番小さな体の子供が、両者の間に立っていた。
「ソリス⁈」
「ソリス…君。どうして、ここに?」
その言葉と同時に、ドン‼と半壊した部屋の床に大きな物体が落ちてきた。
「デイツ君…だっけ。この人怪しい動きしてたから、真っ先に問い詰めた」
「…はい?」
「で、ボクの予想通り。グラスフィールに松明で信号を送ってたから、大人が関与してるって分かったんだよ。だから、そこの大人。もう十分でしょ。ロザリーのお友達を放して、帰って!」
敵も味方も目を白黒させる。
だけど、やっぱり野心家の彼は違った。
「なんだ、てめぇ。戦争ごっこだと思ってんのか?」
「ソリス‼逃げなさい‼アイツは多分、私よりも強い。ソリスじゃ…歯が…」
勿論、今までの彼しか見ていなければそうなる。
そも、ニースもあの時、何が起きたのかはっきりとは分かっていない。
声と、眩しい光しか見ていない。
「えー、…だって。こいつら、ボクが目当てなんでしょ?この…、悪魔の手と…魔眼を持つボクが」
但し、ここでソリスに残念なお知らせがある。
三年前なら、そうなったかもしれない。でも、この三年間であの噂は随分薄れてしまった。
デイツを気絶させていなければ、そうなったかもしれない。
でも、デイツ以外の男子生徒も気絶させてしまった。
ガーランドはソリスという名前に聞き覚えはあっても、目の前の子供がそうだと思うことが出来ない。
そして何より、彼もまた。
「まだ若いが、アルテナ人の上玉だな。おい、こいつも…」
「待ちなさい。ソリスは男よ」
「はぁ?こんな可愛い男がいるかよ‼髪型だってどうみても女だろうが」
ここで再び既視感がソリスを襲う。
だって、何処で何かを間違えたらしく、見た目はまだ六歳児…頑張ってみても七歳児なのだ。
だから彼らは信じない。だから、ロザリーは身を挺して守ろうとする。
そんな赤毛の少女の脇。そこから小さな手の人差し指が突き出していた。
そして。
「バン‼バン‼」
この声に、ニースの肩が跳ね上がる。
やっぱり、あの声はソリス。そして、そこで何かが起きたのだ。
だって、今まさに。ワットとリリアを拘束していた男たちがはじけ飛んだのだ。
「は?何やってんだ、てめぇら!」
とは言え、文字通り弾き飛ばしただけ。でも、「ロザリー様!」と二人は逃げることが出来た。
そして、やはりロザリーも目が点になる。
「ソリス…、今のは?」
「へへん。名付けて、ゴーストバレット。でも、一日三回しか撃てないんだ。だから、もう撃てない…って、言っちゃった!」
「ちょっと‼それを言っちゃ…」
今回のならず者は結構本気モード。その隙を見逃さず、ゴーストバレットなんて馬鹿げた魔法を使った女児っぽい子供に襲い掛かろうとする。
けれども
「それを言っちゃダメ…って、言うと思った?生憎だけど、時間切れよ」
その瞬間、目を覆いたくなるほど、空が明るくなった。
「なに…、もう朝?…な筈ねぇ。クソ、罠かよ!全部、漏れてたってことか。ってことはそこの神官女だけでも…」
「させねぇ‼フォセリア様、ビッグウォールを‼」
だが、悪漢どもの魔の手が届くことはなかった。
懸命に走って、やっと追いついたライブスによって、ニースは守られたのだ。
ここで今度こそ、時間切れ。
「神官共が戻ってくる前に撤収だ。問題ない。予定は無事に遂行された」
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