第20話 腕が疼く、眼が疼く

 ザッザッ…


 土が踏まれる音、草花がへし折られる音。色んな雑音が色んな方向から聞こえてくる。


「お前…、ってガンツか?…い、一体何の用だよ」

「いやぁ。感謝するよ、ライブス君。君のお陰で無茶をする必要がなくなった」

「え…、それ…どういう」

「違う‼俺は関係ない。お前らこそなんだよ‼今日で合宿は終わりだぞ。早く寝ろって…」


 様子がおかしい。ってか、普通じゃない。

 暗がりの中、男たちがいる。まるでアレク国が孤児を拉致しようとした時みたい…、ん?


「ボク、先生を…」


 と言ったボクの鼻先を冷たいものがすり抜けていった。


「おっと。ライブスはいいけど、お前は駄目だ。ライブスは何処に行ってもいいぜ。先生んとこ以外ならな」

「大丈夫だろ。マーガレット先生は先に帰ったぜ。仕事があるんだと」

「ゲイル先生が途中まで送るって言ってた。だから…チャーーンス‼」


 あからさまに悪いヤツ。でも、今度は顔を知っている。一応クラスメイト。

 ちゃんと話したことは、一度もないけど。


「1、2、3…。七人?…うん、七人」

「七人って?…おい、お前ら。何がチャンスなんだよ。アレか?俺達と同じで女子と…。…って‼待てよ‼」


 今度は熱い何か。っていうか炎の棒がボクとライブスの間を通った。

 その後ろで、ボッと草が一瞬だけ燃えた。


 これって魔法?


「どういう…こと?ガンツ君と奥にいるデイツ君とは時々話してたけど、後は話したこともないよ。ボクたちが何か?」

「お前、さっきから何を‼…さては知ってるな?ほんと、お前っていつもそうだよな?マーガレット先生の気を引くことばっかしやがって」


 ボクの言葉で松明の数が丁度七つになった。

 有難いこと…かはさておき、光魔法は難度が高い。そも、アルテナスの加護を持っている人間が少ないというだけだけれど。

 だけど、女神イブや太陽神アレクスの加護を持つ者は多くいる。

 だから、炎系の魔法を使う者は多い。


 それに、今の言葉でボクは理解した。

 勿論、ボクでなくとも分かること。ライブスも勿論。


「そうか。お前ら、進級できなかったのか。その腹いせで」

「だっておかしいだろ‼なんで、魔法が使えないソイツが進級できるんだよ‼」


 あ…、それは確かに。っていうか、マーガレット先生。言っちゃったんだ。

 そして行っちゃったんだ…


「あ、あれは、その。他のテストの結果が良かったからで…」


 ってマーガレット先生は言ってた…けど


「は?舐めてんのか。テメェは算術以外、からっきしだろうが‼」

「…です…よね」


 それはそう‼それ、ボクも思ってました。

 っていうか、不合格者が出るとも思っていなかった。

 だって、みんな。ボクよりも勉強が出来て、ボクよりも魔法が使えて、ボクよりもお金を持っている。


「ですよね、じゃねぇ‼俺は中等部を卒業する為に来たんだよ‼絶対にお前のせいで落とされたんだ。」

「そんなこと…ねぇだろ。ガンツはほら。苦手な科目があったろ。神学…とか」

「ソイツほどじゃねぇよ‼ってか、アレか?」

「だな。よく考えたら、魔牛病を出した家のお子様が残ってるっつーのもおかしい。マーガレットに寄生するコイツに寄生して、んで合格か」

「コイツもヤっとくか。二人分、確保できるぜ。」


 成程。ボクが出来レースの勝者ってのは紛れもない事実。

 それに、ボクがボクであるために、話し相手を確保するのも考えようによってはあり。

 魔牛病ってのは良く分からないけど、彼らの言っていることの方が正しい気がする。


 だってマーガレット先生が、ボクは何があっても合格って言ったし‼


 そして、今の言葉が一番聞いているのは、やっぱり彼。


「ち、違う。俺は、俺の力で…」

「エステリアの力しか使えねぇ、死にかけ農家の息子の力が…」

「ビオール。ライブスはどうでもいい。ライブス、お前だってソイツが合格したの、意味が分かんねぇんだろ?」

「それは…、そうだけど。先生には先生の考えがあるんじゃねぇのか?」

「そうだろうな。んで、お前はそいつの味方か?」

「俺は…」


 でも、違う。ライブスの魔力はかなり強い。いつか、マーガレット先生が言っていた。


 ——例えば血族。例えば信仰。例えば感覚かしら。生まれた環境なんかも作用して、何かの色に染まる。


 ライブスは生粋のフォセリア信者だ。

 一族が農家を経営していた過去もあるし、一通りのことはやって来たと言った。

 そもそも、いつもフォセリア様かもしれない像に祈りを捧げている。

 草木、土属性に関しての魔力は、ロザリーをも凌ぐ。


 ただ、確かに一つしか属性が無いのは、心許ない。何人の不合格者が出たのか、今の時点では二人以上としか言えないけど、その二人より勝っていたかは分からない。


 …っていうか、本当にライブスが可哀そう。だって、この中で本当に悪いのはボク…だし?だったら、ライブスだけでも逃がしてもらおう…かな。

 この後、どうなるか分からないし。喧嘩両成敗で済むかも分からないし。


 普通に考えたら、問題騒ぎを起こした時点で終わり。


「ライブス。ボクは…」


 ここに居る全員が不合格になったと考えるべき。

 そして、ボク。もう、いいんじゃない?なんとなく分かったし。

 これで終わっても…、全然かまわないような。


「駄目だ。ソリスは悪くない」

「え?でも‼」

「ソリスは俺にとっても弟みたいなもんだ。お前は俺が守る‼お兄ちゃんが守ってやる‼」


 何、これ。めちゃくちゃ既視感あるけど、ライブスはボクと同い年だから‼

 でも、もしかしたら、こういう所も見られてたりするのかも。

 だから、合格したのかも。


 だったら…


「正義ぶってんじゃねぇよ。口だけならなんとでも…」


 って、雑魚っぽい感じを出しているところ、本当に悪いんだけど。


「口だけじゃねぇよ。ウチの牛はみんな良い子だった。だからウッシーたちは、こんな姑息なことをする輩に…」


 ボクを助けるついでに、牛に対する熱いセリフを言ってる中、悪いんだけど‼


「ライブス‼だったら、女子寮に急いで‼」

「は?それはもういい…」

「ここはボクがどうにかするから‼早く‼」


 こんなに状況が揃ってしまったら、流石に疼いてしまう。


「早くって何がどうなってんだよ」


 何って、そんなの決まってる。

 だから、ボクは親友の耳元でこう囁いた。


「ボクの魔眼が疼くんだ。あの孤児院と似てるって…」


      □■□


 時は夜。方角は南西。ここからならグラスフィール領が見える。

 何も起きないに越したことはない。だけど、ヘルメス様が指定した以上、何かが起きてもおかしくない。


 そして、最終日。


「…知恵と伝聞の神メルキュリ様。私に声を運んでください」


 私はいつものように、ソリスを監視をしていた。

 今のところ、ソリスは悪魔の声を出していない。タダの幼い子供。


 でも、どうやら今日は動きがありそう。


「皆はボクをボコボコにしたいんでしょ。ねぇ、ガンツ君」

「あ?そうだけど?アルテナ人をボコボコにしたいってずっと思ってたんだよ‼」


 ソリスがそう言い、ライブスは松明のない方角に走っていった。

 ライブスはどうでもいいと、確かにガンツは言ったからか、ライブスは私たちが寝泊まりしている宿舎に向かって走り出した。


 つまり、彼らの狙いはソリスだけ。

 マーガレット先生が不合格にした人数は四人もいるのに、たった一人を狙っている。

 ここからだと誰がいるのか全員は分からないけど、松明はライブスが持っているものを除いて七つ。

 四人の不合格者と七つの松明と、たった一人を狙う男たち。

 色々と、計算が合わないから、私はそのまま耳を澄ませていた。


「ボク、痛いのは嫌だよ?」

「よく言う。甘えん坊のかまってちゃんがよぉ」


 甘えん坊なのは仕方ない。だって、彼は生まれて間もなく両親に捨てられた。

 その後たらい回しにされ、ヘルメス様に見つけられた。

 ヘルメス様は凶兆かもしれない存在を見つけて、ソレを危険地帯へ送った。


 私が知り得ない考えがあったから…?


 結果、予想通りアレク国の襲撃を受けた。

 だけどソリスは生き残った。だから、ヘルメスの従者であるレックスが拾って帰ってきた。

 そして、今度は神学校に通わせることになったのだけど…


 うん、その後のことは知ってる。凶兆を隠す為ってマーガレット様に教わった。


 そして、私が彼の近くで見張ることになった。でも、彼はただの幼い子供。

 いつも頭痛に悩んでいる小さな子供。包帯を巻いている甘えん坊。


 それで…間違いない…筈?

 

「いっつも気持ち悪い包帯巻いてよ。痛い痛いってか?」

「…あ?」


 ん?…今の声、ソリス?


「な…。急になんだ、コイツ」

「包帯…っつった?」


 包帯の下に怪我は見られない。それはマーガレット様がその目で確認している。

 そして、あの包帯は神官長ヘルメス様が用意したモノ。

 確か、悪魔を封印する…為…


「包帯っつったら包帯だろ。二年間、ずーっと包帯巻いて気持ち悪いって言ったんだよ。怪我してるボク、可哀そうって思われてぇんだろ?」


 でも、私も包帯を巻きなおしてあげたこと…あるん…だけど

 なんともなかったよ?ソリス君は可愛いソリス君のまま…だったよ?


「…君、死ぬよ?ボクの左手には悪魔が封印されている。解いちゃダメなんだ…」


 え…?嘘。本当…だった…の?私、何回も解いているけど


「何言ってんだ、こいつ…」

「でも、確かこいつって、悪魔の子…だよな?」

「いやいや。魔法も使えねぇんだぞ?魔力だって俺達と変わんねぇし」


 うん。それはそうだった筈。しかも魔法が使えないって話。今日のお昼もそうだったって、マーガレット先生が仰…


「な…、なんの真似だ。」

「あぁあ。疼いちゃった。一日一発はうっとかないと、やっぱ駄目だね。合宿中、本当に大変だったんだから」


 え?…一日に一発?

 な、何の話…かな?声だけだから…、そ、そんな変な事じゃない…よね。

 私のお兄ちゃんが言ってる、厭らしい意味じゃない…よね


 私は宿舎から身を乗り出していた。

 辺りは暗闇。一つの松明が近づいているのは分かっている。

 だけど、それだけ…


「俺を指差すんじゃねぇ。とにかくお前は確保…」

「バン‼」


 その瞬間、私の視界が真っ白に染まった。

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