第17話 現状、最下位

 実技は普段座学を学んでいる部屋では行わない。

 屋根もなければ、壁もない。いわゆる青空教室である。

 山の中だが、アクアス山の歴史は古く、そういう広場も作られている。


 実技はその先、草原の上で行われる。


「ん?ソリスって実技苦手だったっけ?」


 実技、これがまたなんというか。とても厄介だった。


「んー、そうかも。ボクってほんの少しだけエステリア様の加護を授かっているだけだし。他はてんで駄目で」

「エステリア様か。俺のフォセリア様の加護も似たようなもんだけどな。ま、才能あふれるお貴族様が羨ましいぜ」


 って、色々気に掛けてくれるライブスが慰めてくれる。

 だけど、実際は無属性。実技とは魔力を使う授業。

 洗礼式の時に明かされる属性ごとにやることが違うから、何をどうやればいいのか全然分からない。


「それって私が血統だけで楽してるみたいじゃない」

「実際、その通りだろ。生まれながらに四神の加護を持ってるとか」

「はぁ?高貴な血統と偉大なる努力と言って欲しいわね」


 ボクの姉、リーナは赤毛。赤毛と言っても赤茶色という表現が正しい。

 だけど彼女、ロザリーの髪の毛は本当に赤い。


「アールブの血筋…だっけ」

「そ。あっちの二人も祖は同じだけど、私の血筋が本家ってわけ」


 同学年に貴族の子はたったの三人。前のボクは何も疑問に思わなかったけど、入学式だったとしたら、かなり少ない。


「三人だけ。ロザリー・アールブ様の領地は、ここから南東…だっけ」

「ソリス、今の私は学徒。様付けなんて要らないわ。それに領地と言っても殆どが森だし…。今はゴタゴタしているし…」


 何か歯切れの悪さを感じる。


「ゴタゴタって?」

「何でもないわよ。貴族の参加が少ないのだって…、時間が経てば。ううん、それも何でもないことね」


 とは言え、貴族は秘密主義らしい。

 一方、彼女に比べると、ライブスはよく自分をしてくれる。

 だからボクはライブスと話す時間の方が、ずっと多い。


「ま、貴族にも、商人にも、俺達農園主にも、色々あるってことだよ。んじゃ、俺達も行こうぜ」

「うん…、そうだよね。皆、色んなことがあって学校に来てる」

「そういうことだ」


 彼はまるでボクの兄のように色々教えてくれる。

 だが、彼は末っ子。1つ上とまた1つ上そのまた1つ上に兄がいる。

 そして、神学校に入学したのは一番下の彼だけ。

 色んなことを教えてくれるけど、やっぱり気になることは語りたがらない。


 ——ううん。聞けない。だって、ボクも嘘をついているんだし。


 そのまま時間が流れて、結局ボクは三年生になってしまった。


     □■□


「三年も…あとわずか…か」

「だな。大丈夫だとは思うけど、やっぱ緊張するな」


 因みに、ボクには使命があった。

 神官長から課せられた使命だから、絶対にやらなければならない。

 と言っても、神学校に関係することで、初等部から中等部へ上がる為の試験に合格することだ。

 世界のお勉強のためにも必要なわけだから、ボクにとっての使命でもある。


 だから、空に居るだろうボクを見守ってくださっている神様に祈りを捧げる。


 加護はないらしいけど。誰かが可哀そうにと加護をくれるかもしれない。


 ただ、その祈りに応えてくれたのは、男の人。人間の神官だった。


「流石に皆、基本的なことは出来ているな。一人を除いて」

「う…すみません」

「あ、いや。すまん。そういう意味で言ったわけじゃない」


 実技の授業は、男性の神官が受け持っている。

 マーガレット先生のように話を聞いていないから、彼はボクが駄目な生徒だと思っている。

 勿論、彼は公平な立場をとっているし、嫌なわけではない。


「まだ、加護が良く分からなくて」


 三年目で今更?って思わないでほしい。

 実技が始まったのは三年目の後半からで、それまでは殆どが座学。

 部屋の中で実習くらいはあったけど、本当に子供がやるようなこと。

 それでもボクは上手くいかなかったけれど。


「エステリア様の加護なら、デイツも持っているだろう。というより、一番多い筈だ。誰か教えてやってくれないか?私は全員を見なければならないから、一人に付きっ切りというわけにはいかないんだ」


 実際には彼以外にも神官がいる。とは言え、流石に人数が多い。

 彼の名はゲイル。出自は知らないから、ファミリーネームがあるかは知らない。

 そんな先生は生徒に対して、こんな投げかけもしてくれる。だから、良い先生。

 だけど、ここから先の話がある。

 これは先生とは関係ないのだけれど。


「アタシ…、そんな余裕ないです」

「俺もっす。一か月の合宿後に進級試験。落ちこぼれに教える時間がある奴なんていませんって」


 生徒は皆ライバル?蹴落とし合いだから、敵に塩を送るなんてあり得ない。

 だから教えない、…というわけではない。


「中等部へ上がる試験は、一定の基準を超えていれば、全員が合格する。そこをなんとか頼めないか」

「それならロザリーさんに頼めばいいじゃないっすか」


 意地悪とか、そういうのじゃない。

 平民階級が殆どだから、みんなも必死なのだ。

 それに。


「ロザリー君。ワット君でもリリア君でもいい」

「ゲイル先生?アールブから、…私のお父様から聞いていませんか?」

「それは…そうだが。ほんの少し…、さわりだけで良い」

「お断りします」


 貴族は貴族で秘密主義。因みにさっき、ライブスはロザリーは四人の神の加護を持っていると言った。

 ただ、それが何かは実は分かっていない。もしかしたらそれ以上の可能性もある。

 なんで、秘密にするのか。それもきっとボクが辿り着かなければならないこと。


「ソリス。仕方ねぇ。今から俺の女神、フォセリア様に向かってお祈りを捧げろ。フォセリア様は森や自然。エステリア様の娘だし、なんとかなるだろ」

「え…、そう…かも…だね」


 ボクがエステリア様の加護を持って入ればだけど。

 ただ、心根の優しい彼の誘いを無碍にも出来ず、何となく真似はしてみる。


「俺、末っ子だからさ、何やっても下に見られるから、できれば他の属性になって自慢したかったんだよなー。」

「え、でも。いろんな要素で子供の頃に決まるって聞いたよ。」

「それはそうなんだけど、ご先祖様みーんなフォセリア様の加護ってわけじゃないんだ。別の事情が絡んだら、やっぱり違う神様の加護が賜れる。ま、兄貴の真似をしてた俺だから、こうなるのは当たり前なんだけど。…って、喋ってる時間はないぞ」


 ライブスは瞳を閉じて、両手を地面に翳した。

 そして、マリョクが彼の中に生まれて、両手が緑色に光り始める。


「木と林と森、豊かな大地を司る慈愛の女神フォセリア様。…俺に力を。この地に恵みを——」


 ライブスの家族は皆、背が高いしガタイが良い。

 彼も九歳にして、ボクよりもかなり大きい。成長期が来たらどうなるのやらと、ちょっとだけ楽しみだ。


 でも、今はそれどころじゃないか。緑の光。それが地面を照らして、…なんだろう、これ。


 ——豊かな大地に文明は生まれない。元々、この世界はおかしい


 え?今のなんだろ。えと、ボクが言った?…いやいや、今は関係ないし。


「ふぅ…。今のところはこれくらいだな。ソリス、お前もやってみな。フォセリア様だぞ、間違えるな」

「えっと…、うん」


 因みに、ロザリーら三人は隠れてコソコソやっている。

 ついでに言えば商人たちも同じ。神官家系の子も同じ。


 だからボクはライブスの期待に応えないと…


 だけど


 プスン…


「全然、フォセリア様の力を感じなかったぞ」

「ゴメン。えと…、どんな力…なんだろ」

「うーん。物心ついた時には感じられてたからな。どんな力って言われても…」


 そして彼は肩を竦めて苦笑いをした。

 多分、息をするように、女神フォセリアの加護を授かっている。


 息をするように…


 えっと、これって何かに似てる。ううん、ボクはそれを知っているし、知っているどころか——


「とにかくイメージだよ。神殿でエステリア様か、フォセリア様の女神像を曇りなき眼で見て来い。…ってか、姉ちゃんに聞くのが一番早いと思うけど、神官見習いが忙しんだっけ?」

「うん。最近は殆ど話す暇もないかも。…神官長様がお忙しいらしくて」


 ボクの為だ。でも、やっぱり寂しい。

 だから、良い所を見せたいし、成績が上がったら褒めて欲しい。


「ま。合宿で詰め込もうぜ。神殿のみんなが忙しそうにしてるのは、その合宿があるからって話だしな」

「え…。そうだったの?」

「その時、頑張ろうぜ。俺も座学は苦手だし」

「え、合宿って座学もあるの?」

「試験には座学もあるだろ。当たり前だぞ。ソリス、本当に大丈夫か?」


 本当に大丈夫なんだろうか。

 何か、キッカケがあればいいんだけど。


 キッカケ。ボクにとっては——


「よーし!今日はここまでだ。座学の教室に戻るぞ。…で、明日から合宿だから、そこで解散だ」

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