第二章 学園生活が始まる
第16話 ボクの学校生活
「うーん。あれ?どこが次の教室だっけ?」
ボクは何故か学校に通っている。
それがお姉ちゃんの為だし、グラスフィールに残してきたリックやロイド、レラやルーナの為にもなるらしい。
だから、ボクは敬虔なエステリア信徒としての教養を身につける為に学校に通っている。…らしい。
「学校はやっぱりちゃんと通わなきゃ…、だよね」
ボクもそれは知ってる。何故か知ってる。子供は学校に行かないといけないらしい。
確か、この世界の常識だと平民の生まれは学校に通わなくても良い。
だから学校なんて行きたくない。そんな気持ちと『ギムキョウイク』くらいは必要。…という気持ちが混在している。
「ソリス君、教室はあっちよ。まだ覚えていないの?…全く、仕方ない子ね」
「あぁ。マーガレット先生だぁ」
ボクは先生と手を繋ぎ、一緒に歩いた。
彼女はボクの顔を見て、少し目を開いたが、それについては何も聞かずにゆっくりと歩いてくれた。
「こうやって見ると、本当に…」
「ん、せんせ?」
「何でもないわ。さ、ここからは一人で歩きなさいね。えこ贔屓してると思われちゃいけないし」
「えこひいき?」
「お姉ちゃんがレックスとばかり話してると嫌な気持ちになるでしょ?」
「え…、そそ、そんなことない…し」
ボクは自分の耳が熱くなっていくのを感じていた。
先生には、ああ言ったけど、それはそうかもって思った。
そして、他の生徒の声が聞こえた瞬間に、彼女はボクの手を離してしまった。
「おい、ソリスがまーた、先生に迷惑をかけてるぞ!」
「っていうか、あれだよね。マーガレット先生はお前の母親じゃないんだよ」
「ほんと、ガキね」
「わ、分かってるよ…」
ボクはいつも虐められている。
先生が言ってた通り、先生の独り占めは良くない。
でも、そんなこと言われたって。お姉ちゃん、レックスが来るとボクのこと遠ざけるし、二人でいるときも神官長様のことばかり話すし。
ボクはまだ八歳。…もうすぐ九歳だけど。体はまだ小さいし…
「デイツ、それにガンツもゾフィも。それくらいにしておきなさい」
「なんだよ、ロザリー。またやろうってのか?」
「おいおい‼また、ソリスを虐めてんのかよ」
「んで、今度はライブスかよ。別にいいだろ。コイツがガキ過ぎるんだし」
燃えるような赤い髪の毛の少女はロザリー。彼女は貴族の家の子。
そして濃紺で短髪の少年はライブス。少年って言ってもボクよりもずっと背が高い。同い年の筈なのに。
ライブスは平民で、大農家の子供だ。
「…そ、それはソリス君にはご両親がいない…から。仕方ない…んじゃ」
「チッ。ニースまでそいつの味方かよ。ま、いいけど。結局は実力だしな」
そして緑色の髪の少女ニース。彼女はボクと同じで神官家系枠で入学した子供。
あの時は気付かなかったけど、三十三人全員が商人の子ではなかった。
それでも似たようなもの…、と心の中では思っているけど。
「ま、それはそうなんだけどな。ソリスももっとしっかりしろよ」
「うん…、分かってる」
「でも、無理しちゃ駄目…だよ。ライブス君、ソリス君は…」
「知ってるって。唯一の姉貴も血は繋がってないんだろ。で、その姉貴のお陰でここに入れたんだ。普通じゃ入れないアクアス神学校にな」
「そ。だからニースも甘やかしちゃ駄目よ。じゃ、お先ぃ」
最初の一年は殆ど記憶がない。二年目の授業はなんとなく覚えているけど、ちゃんと分かっているかどうか、自分では分からない。
はぁ…。そうだよな。ボクはお姉ちゃんのお陰でここに入れたんだし。もっとちゃんとしないと。
そんなことを考えながら、ボクは自分の左手を見た。
マーガレット先生と手を繋いだ方ではない手。エステリア様の紋章が刺繍で描かれている、カッコよいリネン製の包帯。
「傷、痛むの?」
「へ?…あ、えっと。時々…」
入学前に怪我をして、包帯を巻いている。…ことになってる。でも、実は…
…って、ボクが勝手に思っているだけ。
だけど、二年も包帯を巻き続けてたら、だんだん本当に何かあるんじゃないかって思うようになってきた。
「ソリス君。自分の手を見つめるのもいいけど、そろそろ座ってくれないかしら」
「は‼す、すみません‼」
□■□
初等部は三年間。七歳前後から九歳前後までがここにあたる。
誕生月次第だし、神殿や教会や修道院が独自に記録を付けているから、本当にその年齢かは分からないが、とにかくボクは三年生。
来年からは中等部でそれも三年間。最後に高等部でそれも三年。
ただ、高等部に残るのは一部、貴族家系と神官家系の子供だけって話。
中等部卒業でも、農家や商人にとっては十分らしい。
「それは何となく分かった…かな。で、不思議なことに、ボクの学年だけ人数が多い…」
「運が良かったのよ。最初は運が悪かったって思ったけど」
今後のカリキュラムが書かれた本を見て、ボクは独り言を言った。
その返事がきたものだから、ボクは両肩を跳ね上げて驚いた。
「何?相変わらず、ビビりね。最初の印象と全然違うんだけど」
「最初の印象って?」
「なんていうんだろ。あーゆーのをうろんな目つきって言うのかしら。私たち貴族を目にしても動じてなかった。…それを言ったらデイツもだけど。アンタ、ずっとヘルメス様を睨んでたでしょ」
どうだったっけ。確かに神官長を見てたけど、あれはお姉ちゃんが…?
でも、次の言葉。
「コイツが噂の悪魔の子かって、ピーンと来てたのに」
ズキッ…。
頭が痛い。今、ロザリーはなんて言ったの?でも、ボクは…
「あー、それ。俺も思ってた。俺の父ちゃんが俺をここに入れたのも、悪魔の子供がいるって噂を耳にしたからだし。んで、一人だけ誰も知らない奴がいたら、そう思うよな」
悪魔の子供…。そうだった。ボクは悪魔の子。だけど、それはバレちゃいけなくて。
でも、なんで心臓がこんなに…、胸がこんなに熱いんだろ。全部…、喋りたい。
だって…、…悪魔の子って、なんかカッコよいし‼
そうなのだ。ボク、ソリスは悪魔の子である。だけど、それは絶対に口外してはならない事。
理由を知るために、学校に通っているのだけど、まだそこまで辿り着いていない。
分かっているのは、もしもバレたら世界が大変なことになるってこと。
だから言えない。ボクには秘められた何かがあるってことを話せない。
と、ボクが心の中で悶絶していると、さっきボクをガキって言った少女。
ゾフィまでこちらへやってきた。
「そう?アタシの印象は列を譲ってくれたことくらいだけど。だから、アタシと同じで無理やり入学させられた商人の息子かと思ってたわ」
「ああああ‼思い出した。そうだった。結局、最後尾に回ったんだったな。お前、ぼーっとしてたのは、やる気無しだっただけかよ」
「そ、そんなこと…ないって。ソリス君は算術が物凄く得意だし…、私よりもずっと…素質があると思う」
ニースは多分、知っている。今まで、彼女に何度助けられたか分からないし。
もしかすると。いや、間違いなく神官長様から命令を受けている。
「はぁ。まーた、ニース?本当に過保護ね。ニースってソリスの何なの?」
「わ、私はただ…。ソリス君は商人の子供でもないのに算術が得意って…」
ただ、ロザリーの言う通り。ちょっと露骨すぎるところがある。
例えば、こんな会話をしてしまうと…
「あ?今、なんか聞こえたぞ。金も払ってないのに授業を受けてるガキの言葉。ガンツ、お前も聞いたろ?」
「あぁ。聞こえた。ってか、俺の親父が言ってたぜ。神官ってのは金勘定が得意な奴らってな」
「デイツ、ガンツ。また、マーガレット先生に叱られるわよ」
算術は確かにボクの唯一の得意分野だ。
ニースはいつもボクを褒めてくれる。でも、その話題は商人軍団が食いついてしまう。
ゾフィ、デイツ、ガンツはアルテナ神国南部と南西部の流通を牛耳っている商人組合の偉い人の子供だ。
そして商人と言えば…
また、レックスが来てた。…レックスは暇人なのかな。
ボクのお姉ちゃんと仲の良いあの男の顔が思い浮かぶ。
糸目には気を付けろ、ってボクのゴーストが囁くのだ。意味は…、分からないけど
「はいはい。ゾフィには逆らえないよな」
こんな日々をボクは送っている。
で、こんな日々に突然ヒントはやってくる。勿論、こんな日々になったのは、その手の話を学ぶためなんだけど。
「コイツが悪魔の子じゃなくて、マジで残念だわ」
「ガンツ‼その話題は駄目。本気でぶつわよ」
「え…。どういう…こと?」
だがここで、ガッ‼とボクの肩に、物凄い力が降りかかった。
「ソリス。聞いちゃ駄目よ。そういう話はしちゃいけないってお父様にも言われてるの」
「そうだぜ。言霊って奴だ。ゾフィ、これ以上は」
「分かってる。アンタたち。あっちに行くわよ。昼休み明けはアンタたちが大好きな実技でしょう」
悪魔の子について誰も話してくれない。
授業でも言っているのかな。はぁ、算術だけ得意でも、意味がないんだよな
初等部の二年間の授業は、算術、語学、子供向け歴史学と神学の授業だった。
たったの四科目。だけど算術以外はてんで駄目。
ヒントは辺り一面に散らばっている。だけど、そこになかなか辿り着けない。
そして。
「次の授業は実技…か」
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