第15話 展開に追いつけません
拝殿の周囲には段々畑があり、麓に戻らなくても自給自足が出来るようになっている。
その段ごとに長屋が建っていて、かなりの人数が暮らせるほどに数が多い。
この光景は孤児院を思い出す。ここに食事と衣類が揃っていれば、殆ど同じだが。
「ソリス、おかえり‼おかえり…って言うのは変かもしれないけど。とにかく無事に洗礼式を終えたのね」
「無事…かは分からないけど」
「正式な洗礼式って、こんなに時間が掛かるものなのね。でも、かなり埃が溜まってたから逆に良かったかも。お陰で大体お掃除出来ちゃったし」
「お掃除…って、ここは?」
「アタシたち、ここで暮らしていいって!ヘルメス様が全部手配してくださったの」
伸びた赤い髪を後ろで結んだ快活な少女。彼女は肌面積大きめの白いキトンを纏っていた。
洗礼式に出席する為に離れた時間は三時間ほど。彼女はチュニックワンピースを着ていたのに、いつの間にか着替えている。
──リーナ、俺はお前がここまで育って嬉しいぞ‼
という気持ちと、
──お姉ちゃん、なんか大人…だな…
という二つの気持ちが同居するが、そんな俺の気持ちを邪魔するように、何者かが俺を抱えて二人の間を割く。
「それ。オレが面倒な手続きをしたからなんですけど」
「だって、そうでしょ。事務作業は確かにレックスだったかもしれないけど、ヘルメス様が仰られたからでしょう」
「それはそうだけど、なんかムカつく。ソリス、お前の姉ちゃん。もう、駄目だぞ」
「もう駄目って。それはないと思うけど」
「いやいや。お前も感じたんじゃないか?神殿で流行ってるヘルメス様病だ」
「それは…、確かにそうかも…」
「ちょっとレックス‼ソリスに余計な事教えないで‼」
なんかちょっといい感じ…だと?どうなっている。これがティーンエイジャー、展開が早すぎる…。
前から知ってましたみたいな二人の雰囲気に、俺の頭がついていけていない。
更には
「ヘルメス様のお陰ってのは違いないけど、オレのコネがないとここまであっさりとは行かなかったって。数日遅かったら、ソリスの洗礼は無かったかもだぜ」
「それはそうだけど!…でも、良かったね、ソリス」
「えっと、ボクに良かったことって?」
「あれ?聞いてないの?それは…」
「レックス‼アタシから言わせて。ほら、レックスってもっとお勉強したいって言ってたでしょ」
それは言った。だけど、なんでそこに繋がる?
そもそも、俺は洗礼の儀式を終えていない。
聖水が置いてあったけど、結局アレは塗られなかった。
「それは…」
それどころか、悪魔の子って結論が付けただけ。
二人はそれを知らない…のか?
リーナの楽しそうな顔を、初めて見るウキウキした顔を、俺は幻滅の色に染めてしまうのか。
悪魔の子と認定されて、俺は。リーナはどうなる…
「ヘルメス様が、ソリスを無理やり神学校に入学させるって仰ってくれたの‼」
「あと数日遅れたら、一年先になったかもってな。ほら、オレのお陰だろ?」
「そこは感謝してるって言ったじゃん。…って、ソリス?」
本当に急接近した二人だけど、その理由は簡単に説明がつく。
二人ともが神官長を信仰しているから。
神官長がカスガイなら、それを今から取り除くってことになる。
「…あの。ボク、洗礼をちゃんと受けられなくて」
すると、リーナとレックスの目が丸くなった。
そして、この微妙な変化を、俺は見逃していた。
二人は目を剥いて驚いていたわけではないってこと。
だけど、俺は目を合わせられる状況にはなかった。
早く伝えないと、本気でガッカリさせるってばかりで見落としていた。
「せっかく、お掃除までしてくれてて…、言いにくいんだけど。ボクはやっぱり…」
「悪魔の子って言われたんでしょ。でも、お姉ちゃんは気にしないから!」
あれ。今の言葉何?
リーナは悪魔の子じゃないって言ってた…と思ったんだけど。
「え、お姉ちゃん?」
「正確には悪魔の子って証明はできないから、可能性が高いって話だけどな」
「レックス?」
いやいや。コイツは最初から悪魔の子って言ってたんだっけ。
面白がっているだけ?…と思ったら、二人は続けてこう言った。
「その為の洗礼式。っていうか、入学式だな。マーガレット先生にも確認してもらわないと、後で混乱が生まれるだろ」
「流石はヘルメス様です。ヘルメス様のお気遣いで、ソリスは気兼ねなく学校に通える…。本当に凄い人よね、ヘルメス様」
「入学式?学校に通う?さっきから何を言って…」
洗礼式というか入学式って?…そんな話、全然なかったけど。
いや、聞き取れなかっただけかもだけど。
そういえば、あの商人の子供は貴族の娘に対して、後で覚えてろって言ってたような。
っていうか…、それってつまり
「あれ、洗礼式じゃなかったってこと?」
「洗礼式だよ。しかも、神学校に通う者は必ずここで洗礼を受けなければならない。昔からの決まりなんだ。…その顔、どうせマーガレット様に悪魔の子だって言われて落ち込んでんだろ。…お前、そもそも神官長のヘルメス様が先に視てるのを忘れてない?」
「う…」
それはそう‼しかも、0歳児の段階でどれだけ調べられたのか、記憶にない。これだけ自由が利くあの男なら、あらゆる魔法具を使って調べた可能性だってある。
そもそも、異界語を書き写したのだって神官長だった。
だから最初から、彼女はそう言っていたじゃないか。
ヘルメス様に言われて、俺を視るために自分は来た、と
だけど…
「学校が始まって、あの子は洗礼式に居なかったって言われたら困るでしょ」
それもそうだけど。やっぱり納得できない。
ここは神殿の敷地。そして俺は悪魔の子としてアレクと通じていたってシナリオ書きまでされていたんだ。
「ボクは悪魔の子。悪魔を匿うってこと?それって神殿として、神官長として、神学校としてどうなの⁉」
そこでポン‼と肩に衝撃が走って、俺の背筋がピンと伸びた。
同時に鼻と口が暖かい何かに覆われて、片耳の側で言の葉が紡がれる。
「叫ぶな。煩い奴だな。そもそもお前が悪い。話を理解できる学がない」
そして、俺の姉リーナの瞳がウルルと蕩けた。
その表情だけで誰か分かる。勿論、声を知っているから分かる。
またこいつ、気を消して…
これも意味が分からないことの一つ。こいつらは格闘漫画の第二部か第三部に登場する気の使い手だ。
まだ序盤の俺では太刀打ちできない。
つまり俺よりも強い。俺に自覚はないけど、俺は悪魔の子。
だったら、直ぐにでも滅するべきなんじゃないのか?
それどころか匿うって…、こいつらは一体何を考えている。
「お前の姉は理解してくれた。リーナ、お前から説明してやれ。私の言葉はどうにも通じない。」
あ?伝える意思がないだけだろ。
でも、リーナはちゃんと理解をして。ま、リーナはあと数か月で12歳だし、俺みたいに学習方法を間違っていないけど。
今も日本語で考えてる俺だし。
そして、リーナは何度か頷き、言葉を選んで、六歳児でまだまだ言葉を知らない俺に告げる。
「分かりました。つまりこういうことなの。ソリス、悪魔の子は悪魔の子って意味じゃなかったの。だから、ソリスは悪魔の子でも胸を張っていいんだよ」
そう。どうやら悪魔の子は悪魔の子って意味じゃなかったんだ。
………って、は?悪魔の子は悪魔の子だろ。六歳児でも首を傾げるぞ。
でも、自信満々。俺の方がおかしい?学が足りないのは知ってるけど。
「リーナ。それは流石に俺も分かんねぇぞ」
いや、おかしくはないらしい。レックスも首を傾げているし。
そして、待ってましたとレックスも口を挟む。
「そのまんまだよ、ソリス。お前みたいなのを悪魔の子と呼ぶって、アルテナ神国の学者連中は決めているんだ」
こいつも大概だな。俺みたいなのを悪魔の子…
つまり得体のしれないものを悪魔と呼ぶ…と?
確かにマーガレットという名の女神官も、記録に残っていないって言っていたけど。
ってことは、ただの言い回し?悪魔の証明的な?それとも発音?例えば、RとLの発音が違っていた、とか?
「悪魔ってボクが知ってる悪魔じゃないってこと?絵本に出てくる悪魔じゃなくて…」
「全く。リーナ、レックス。お前達も黙れ。それからソリス。これからは二度と悪魔の子という言葉を口にするな」
「は?でも、お前が」
「ソリス‼言葉遣い‼」
「う…ごめんなさい」
「そういうところも含めての学校だ。ソリス。お前は一から学びなおせ」
気持ちが悪い。
大人の日本人と子供のアルテナ人の感情が錯綜する。
この気持ち悪さはそれかもしれないし、そうではないかもしれない。
そして、何より。え、マジで学校に行くの?何年通うの?
「そう言や、あの孤児院は?」
「気にしなくて良い」
「だって、お姉ちゃんはその為に」
「ソリス、お姉ちゃんも大丈夫なの。ヘルメス様の言いつけをちゃんと守れば」
俺の頭の中がグルグルと回る。俺は悪魔の子ではない。だけど、この世界では悪魔の子として認定されて、こいつらはその事実を…
「私がお前を見たのは生まれて間もない時だ。そして六歳のソリスという男児は、神学校入学時の洗礼式で、エステリアの加護を微かに持つことが分かった。在り得ない話ではない。お前達は正式に姉弟となったのだから、不自然な点はない。分かったな?」
…やっぱり隠そうとしている。
「ソリス。お願い。アタシの為にも、暫くはエステリア様の信者のフリをして」
「ま、俺の影響でレイザーム派になってもいいんだけど?」
「なんでレックスが出てくるのよ。ソリスはアタシの弟なの。そしてアタシはヘルメス様の下で働く女官」
「の見習いの見習いの見習い」
「ほんと、性格悪いわね。神官の親族が神学校に通うのは良くあることだから、エステリア様信仰でいいの‼」
何かを隠しているのは明らかだけど、文字も読めない男児が一人で調べられるわけがない。
大人たちが本当のことを話しているかも分からない。
そして俺は、こんな複雑な心境の中で神学校初等部で、六歳児として生活をすることになった。
どうやら、この物語は学園モノだったらしい。
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