第14話 やっぱり悪魔の子?
女神官が貴族の子をつれて、正面から見て左側の部屋に連れて行った。
そして、男神官が商人の子供と俺を引き連れて別の部屋へと移動になる。
貴族と商人で洗礼式が違う?だったら商人はどうして?
と思っていたら、商人の子供たちが教えてくれた。
「貴族はひみつにこだわるんだよ。元を辿れば数人の人間って、神官長様が言ってたってのに」
「あ、そういうことか。ただの洗礼式じゃない…」
「それはそうよ。何のためにお母さまがお金を出してくれたのか、アナタもちゃんと感謝しなさいよ」
「は、はい…」
貴族と商人の洗礼の違いは分からない。
だけど、リーナが受けたものとも違うらしい。
だから、ヘルメスはリーナを近づかせないようにした。
優しい…だと?容姿端麗、権力、そして包容力…。
──神様はね、皆に平等に二つの箱をくれるのよ
あぁ、この世界でも同じ。ガッカリ、なんてことにはならなかった。
だって、ここからが本番だったから。
「それじゃあ僕はここまでだから。みんなはここに並びなさい。あっちから一人出て行ったら、一人だけが入れる。分かるね?」
最初からずっと優しい壮年のオジサン。見た感じは40代の男。
そういえば、神官長様は20代。やっぱ、神様は不公平だ。
人のよさそうな神官様が受け取った幸せな箱を心配していると、一人、また一人と診察室のような場所に入っていく。
あっちが診療室なら、こっちは待合室だろう。
「ちょ、順番抜かすなって。さっきまで俺がいたろ?」
「え?アタシは抜かしてないから‼」
オジサンがいなくなったから、待合室はカオスな状況に戻ってしまった。
お貴族様はこういうのを嫌っていたのか
庶民にして伸し上がる商人の気質が強いのか
所詮は六歳児…
規則正しい孤児院の生活が少しだけ懐かしい。
捧げものを育てる館ではあったけれど。
「ボクが後ろに下がるから…」
面倒臭いから、俺は席を譲った。
どうして俺が抜けたら場が収まるのか。
列が出来た瞬間に、体が反応して前の方に並んでいたからだ。
流石は行列職人の日本人魂。
そして面倒くさいこと嫌いなのも日本人魂。
「え。アンタ、いいの?」
「いいのか?…悪いな」
そんなこんなで最後尾。
一人にかかる時間は二分か三分程度だが、確かに最後尾ともなれば一時間以上も待つことになる。
ただ、これが意外と暇ではなかった。
ん。なんか、嬉しそうな顔。…と思ったら次の奴は微妙な顔。
明らかに落ち込んでる?あぁ、泣きだしちゃった。何なんだ、これ。さっき、貴族に強気に出た男児は怒ってる?
大人ならもう少し分からないのだろうけれど、ここに居るのは全員六歳児。
喜怒哀楽がハッキリと分かるから、出てきた子供にドヤ顔する子供、それを羨ましそうに見る子供。
走り去ってしまった子供。喜怒哀楽が過剰にあふれる待合室は、得体のしれない興奮を俺に齎した。
洗礼式…だったよな、これ。
面接?それとも…
「次が最後でしょ。…早く入ってきなさい」
と、色々と考えていたら、女の声がした。
恐らく一時間半は待っていた。気になって気になって仕方がなかった。
ただ、自分の番になると心臓が痛い。痛い痛い痛い。
「はひ…」
妙な返事もしてしまう。
聖水で身を洗う。たったそれだけで終わる筈もない。
心はオジサンでも、緊張はする。
ドキドキしながら中に入ると、声の主が座っていた。
白地のキトンに柄付きのヒマティオンをあわせた女神官が半眼で睨んでいる。
「金の髪、緑の瞳。アルテナ人。アナタがソリス君ねぇ…」
同じく金髪、翠眼の女が言った。つまり彼女のアルテナ人。俺が生まれた場所、とは限らないけれど、少なくとも遠くはない。同郷の者。
「…はい」
「ヘルメス様から、アナタはしっかり見るように言われているの。まだかまだかと待っていたら、本当に一番最後とはね。ヘルメス様の指示かしら?」
「いえ。子供に席を譲ってたらこうなりました。すみま…せん」
なんか知らないけど、彼女は怒っている。
訳も分からず謝ってしまうくらいには怖い顔をしていた。
「本当にね。アナタを視たら、帰って良いって言われてたのに、結局全員視ることになったじゃない」
「…えと、さっきからミル…って言ってるけど、一体何をです?」
見る、視る、診る、看る。色々ある。だけど洗礼式で使う言葉ではないような。
もしかして、本当に悪魔の子かどうかを視る…のかも
だが、女からは予想外の言葉が飛んできた。
「そのままよ。私が君を視るんだから、必要なの。着ている服を全部脱ぎなさい」
「は…い?」
「は…い、じゃないの。全身を視るの。時間がないからさっさと脱ぎなさい」
「じかん…?」
「ヘルメス様と少しでも長くお話ししたいの!ヘルメス様はたった三人視るだけだから、直ぐに終わるし」
は?
「え…。貴族の子も、もしかして反対側の部屋で服を脱いで?」
…な。なんだって?女児もいたぞ?だから、女の人なんじゃあないのか?
もちつけ!いや、落ち着け。病院の先生だって…、ってこれは洗礼式だぞ。
「当たり前でしょ。ほら、早くズボンおろしなさい」
「ズボンも⁉」
「全部よ‼子供だからって優しくしないわよ」
「わ、わかりましたって…。着替えさせてもらってるし、体も洗ったし、汚くないですし…」
本当に病院みたい。白いキトンが女医を思わせる。
白いシーツが敷かれたベッドが病院を思わせる。
ボウルに入った水も、同じく病院を思わせる。
ヒマティオンは意味分からないけど、そこから伸びた白い手がボウルの水をすくう。
パシャパシャと彼女はそこで軽く手を洗う。
そして、聴診器のような何かをつけて…って
いやいや、マジで病院じゃ?
「ヘルメス様からの指令よ。洗礼の聖水を塗る前に、先ずは体のチェックをするわね…」
かなり前からだが、リーナの話から随分逸れている。
ヘルメスがリーナに見せたくないと言ったのは、こういうこと?
ブルジョワたちはお金を払って子供をここに連れてきたのだ。
そこに、ただ乗りさせてもらえるだけ有難い。
だけど、意味が分からない。
「ちょっと?呼吸を止めてくれる?」
そして、聴診器を手に持つ彼女は言った。
聴診器を当てられたから、反射的に深呼吸をしていた。
だけど、きつめの半眼をまた向ける。俺は未だに混乱中。
だが気が付いた。…この聴診器。耳に刺さってないんだけど?
「全く。三十三人はちゃーんと出来ていたわよ。大聖堂でヘルメス様も話していたでしょ?まさか、ヘルメス様の話を聞いていない…?」
「ちゃんとしますから!…息も止めてますって」
このヘルメス狂信者、何なんだよ。
俺も半眼で睨むが、女神官は特に気にする素振りはない。
文字通り全身を隈なく調べる。頭、胸、お腹、脇腹。そして下腹部。そこからは末端。
三十三人、全員も同じ感じだったとしたら余りにも手早い。
それくらい仕事が出来る女…?
そんな仕事のできる女は次に言う。
「…今度は呼吸をしてみて」
「は、はい…」
聴診器の一端が耳に入っていたなら、やっとかと思える言葉だが、この時点で俺もおかしいと思っている。
そして、彼女は肩を竦めてペンを取り、紙に俺が読めないこっちの言語を書き留め始めた。
あちこち触っているから、やっぱりボウルの聖水は消毒の為ではない。
アレは聖水。気の流れを阻害するもの。
ってことは、…どういうこと?全然分からない。
アレを塗ることで、洗礼が完了する?どういうことだ。
とは言え、結局答えが出ない。そんな俺を前に、彼女はあの言葉を言った。
「成程。確かに悪魔の子…」
「え…、なんで?」
聴診器は聴診器ではなく、悪魔発見器だったのかもしれない。
その手の魔法具、もしくは検知器?
だが、更に奇妙な言葉が、俺の鼓膜を振動させた。
「君は何を信じているの?」
「…何を信じる?」
そんなこと言われても、と俺は思った。
だけど、これこそ正に郷に入っては郷に従え。とは言え俺にとっては、完全な初見殺しだった。
「君の話は聞いている。だから、これはやっぱりおかしいの。君は確かに魔力を宿しているのに、属性が決まっていないの」
「ゾクセイ?」
「そうだったわね。言葉も知らないんだった。…ほんと、面倒くさい。例えば女神イブの加護、それは癒しの火。例えば太陽神アレクス、それは猛火。例えば女神アクアス、水。雷、レイザーム。闇、ルーネリア。分かる?大地はエステリア、緑はフォセリア。風はフィーゼオ。聖なる光はアルテナス。」
俺は呆然としてしまった。
そんなこと言われても…。そりゃ、リーナと同じ、エステリアと答えることは出来る。
だけど、そんなことを聞いているんじゃないと分かった。
これはこの世界のルールだ。
「属性…がない。だから、ボクは悪魔の子…」
「例えば血族。例えば信仰。例えば感覚かしら。生まれた環境なんかも作用して、何かの色に染まる。人は魔力を篭めるとき、神々を意識するものなの。勿論、一つとは限らない。属性を複数持つ優秀な者もいるわ。でも、無属性の魔力を練る者は記録に存在しないの」
論より証拠と言わんばかりに彼女は俺に魔法具を見せた。
勿論、その扱い方を知らないから、何処をどう見れば良いか分からない。
気って神様と関係あったっけ?武神とか?格闘の神とか?…それより、これで確定したってこと?魔女狩り?悪魔裁判?そういう話?生まれた時から詰んでたってこと?
嫌な言葉ばかりが浮かぶ。
だが、彼女はこの奇妙な洗礼式をこんな言葉で締めくくった。
「ってことでソリス君はこれを持って帰りなさい。それから…、しっかり言葉を覚えること!」
「へ…」
「へ…じゃないの。さ、これで私の仕事はおしまい。こっちの道から帰りなさい」
それ以上の話は何も出ず、そのまま帰される。
これ、どういうことなんだよ。
俺がこの意味を知るのに、そう時間は掛からなかった。
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