第12話 アクアスの大神殿
「はい。ウォーデン領のレックス。今日はいつもとは違う件で参りました」
メゾリバリア領と呼ばれる水の豊富な大地、人々が幸せそうに暮らす地で何かあると思ったら、色んな人たちが暮らしているのを見て終わりだった。
北にはアクアスの霊山、遥か東には王領。南には海を領地に持つ別の土地。
そして、西にはアレク国の被害に苦しむ農業の土地、グラスフィール。
勉強になったのは、関所を越えるだけで分化が変わるってことくらい。
「神官長からのお遣いではなく、ですか」
「ある意味でお遣い。エステリアの神官にここへ来たいとお願いされまして、ね」
レックスがバレンシアの誰かと話している後ろで、俺とリーナは手を繋いで立っている。
多分、入国審査。でも、ここは領地ではないから、そんなの必要ないって話。
とは言え、誰が入ったかくらいは管理する必要がある。
って、なんでアイツ。あんなに顔が広いんだよ…
「リーナ様。許可が下りましたよ」
「えええ?だってアタシ、神か…」
「エステリアの神官が、伝統あるアクアス神殿を見学したいと伝えたら、彼、喜んでいましたよ」
嘘、乙。
アクアスの信者は、皆、キトンの上からショールを羽織っている。
山を下りれば、上衣と脚衣に分れた移動や作業がしやすい服が多いのに、山の中では運動したら全部脱げてしまいそうなほど、ゆったりとしたチュニックと巻衣の組み合わせが多い。
所々にいる男の兵士にいたっては、右の大胸筋が露わになったキトンを着ていない者までいる。
だからこそ、リーナの古代バビロニア式の巻衣に違和感がない。
「それじゃ、ちょっと長い階段だけど登ろうか」
「あ、あの。ソリスを抱いていいですか?」
「それはご自由に」
リーナは長ーい階段を見て、はぁと溜め息を吐いて、俺に助け舟を出した。
俺としては何の問題もないし、単に楽をしているだけだが。
なんか、最近。自分の足で歩いていない気が…
っていう、悩みもあった。
「ふーん。やっぱりリーナ様はその子を抱いた方が調子が良いんですね」
「はい。これが癖だし、何故だか調子が良くて」
「ま、そういうのも含めて、色んな話が聞けるかもね」
「聞けるって…、誰に?」
レックスはやけにバレンシア地区について詳しい
しかも、知り合いも多い。だから、何となく予想は出来ていたけれど、実際に聞くとやはり目を剥いてしまう。
「それは勿論。一番偉い人。ヘルメス神官長」
「え?」
「へ?」
ここが誰かの領地とするならば、間違いなく一番偉い人の領地。
そして、彼は孤児をその偉い人に会わせようとしている。
これには流石にリーナの足が止まる。
「あ、アタシ。ただでさえ、身分を偽っているのに?」
優男、飄々とした態度。やっぱり、この男は単にアレク国に居た訳じゃない。
ってことは、重要な人物。かもしれない。
ただし、今回は関係なかった。
リーナというよりも
「大丈夫。そこは多分、ツッコまれないし。もっと大事なことがあるからね」
「アタシ…じゃないって。それ…」
「そ。ソリス。ここで悪魔の子の鑑定が出来るなんて、神官長しか考えられない。それに一応、それらしい噂は聞いていたしね。ソリス、覚えてない?」
0歳児だぞ、と首を振る。マジで覚えてない。
っていうか、見えていない。でも…
「匂い…だけはなんとなく」
ここはとても空気が美味しくて、めちゃめちゃ捗った。
確か、この異世界が気功術をテーマにしていると分かったのも、確かココだ。
「うんうん。君が来てるって伝えたら、大神官様もぜひ会いたいって」
「待って。確か、バレンシアの司教が悪魔の子って言ったって。司教って大神官様ってこと…でしょ?」
「そうだね。他の教区と立場は同じだから、他から見たら司教の一人。でも、この地では神官長と呼ばれてる。リーナも神官で通ったろう?」
「あれはそう言うことだったの…。うーん、イメージが湧かないっていうか、やっぱりソリスを陥れてるし」
「お姉ちゃん。ボクが悪魔憑きって言われたのはもっと前からだった筈、だよ?」
「ってことだよ。ま、ヘルメス様の一言で決定的になったのは間違いないけどね。あー見えて、結構人気ある人だから」
「あー見えてって…」
「さ。ヘルメス様はお忙しい。リーナ様、階段を一気に駆け上がるぞ」
□■□
スーーーーー、ハーーーーー
「ソリス。空気が美味しいのは分かるんだけど、少しだけ控えてくれる?魔力がどんどん流れてきて、体が熱いんだけど」
「ご、ごめんなさい。お姉ちゃん」
「悪いとは言ってないわ。予め教えておいてほしいってだけ」
「うん。次からはそうするね」
と言ったものの。歩けば歩くほど。いや、歩いてはいなかった。
近づけば近づくほど、思い出す。
気功術は単に気を回す、気を練るだけではない。
気功術の基本は呼吸法である。呼吸方法に特殊性はない。
ゆっくり吸って、止めて、ゆっくり吐く。
それを細く長く行うこと。鼻の上に羽毛を置き、その羽毛が微動だにしないくらい細いことが望ましい。
「あの時もそうだったみたいだね。君がここに来た時、君の体からは魔力が溢れてたって聞いたよ」
「それは…、知らなかったし。ボクはただ、マリョクを体に感じられるのが気持ち良くて」
最初は何となく感じられる程度だった。でも、ここに来るまでに慣れたのか、それともここの空気が綺麗だからか、この世界の発音は『マリョク』、つまり気を練るには本当に適した場所。
だから確か俺は、ここに来た時。ずーっと気を溜めに溜めてた。
新鮮な空気と不思議な大気、それに良い匂いがして、容易に体をその中に沈められて。
「ほう。気持ち良かったから、お前は魔力を高めていたのか?」
リーナに抱かれていた俺の体がビクッと揺れた。
知らない声。いや、多分知らない声。どこかで聞いたかもしれない声。
そんなことより、この男も気を消していた。
「ヘルメス様。なんで、部屋の外にいるんですか。もしかしてオレたちを見張ってました?」
白銀の長い髪。恐らくは男だが、綺麗な顔立ち。
長身で180㎝を優に超える身長。そして見た感じは20代。
インナーはチュニックで、その上から長い巻衣。グルグルと巻いて片方の肩に垂らす。
それって、つまり…
「ヒマティオン…」
「あ、前にソリスから聞いたことある。ヒマティオンってこういう服のこと?」
何故か、この言葉は通じる。ちゃんと言語として伝わる。
だが、ここで更に目を剥くことが起きる。いや、話される。
「ヒマティオンではない。布地の長さが違う。それに巻き方が違うだろう。これはヒマティオンではなくトガだ」
「え?トガ…。トーガってこと?」
「そうとも言う。…それにしても、遂にアルテナ語を会得したか、悪魔の…」
俺は目を剥きっぱなしだ。それに悪魔の子なんて言われ慣れているから耳に入ってこない。
そんなことより…って頭がグルグルと回る。
ただ、俺の愛すべき姉は別。
「悪魔の子じゃないもん‼アンタがソリスを悪魔の子なんて言うから、ソリスは大変だったんだから‼」
相手がだれかなんて関係なく、しっかりと噛みついた。
リーナの身長は150㎝前後で、まだまだ育ちざかり。だけど、ヘルメスは更に長身だから大人と子供。
とは言え、彼は同じく古代の衣装を着ていた女に睨まれて、少したじろいで、数秒程度眉を顰めた。
「女、そう目くじらを立てるな。私は悪魔のような何かかもしれぬと言っただけだ」
「同じようなものだと思いますけど?」
リーナは同じようなものと言う。
そして、俺は全く違うことを考えている。
俺はこっちの世界の誰かとトレードされた。そして、こっちの一人は救世主として地球に降臨している。
であれば、過去の偉人には、こっちの世界の人間がいたと考えられる。
もしくは、当時の地球人がこっちに来たからかもしれない。
どっちにしても、衣服の名が伝わったのは偶然ではない。
ヒマティオンとトガ、古代ギリシャと古代ローマの衣服、二つとも。
トガは文字数が少ないけど、ヒマティオンは流石に…
「レックス、説明しろと言ったはずだが、彼女の様子、全く話を聞いていないようだな。それに私は待ち伏せるほど暇ではないし、早く着替えたい。こいつらを私の部屋に通しておけ」
「承知しました。説明はオレの口でするより、ヘルメス様からの方が良いと思ったので」
「面倒くさかっただけだろう。…赤毛の、いや、リーナ。どうやら誤解があったらしい。済まなかったな」
「え…、あの…」
「では、半刻後…」
そして、トガで身を包んだ男は、睨みつける純白のドレーパリー女に一応謝罪して、何処かへ歩いていった。
腰まで伸びてはいるが、毛先までも艶やかな髪、しかも良い匂いもする。
ただ、去り際にも何か言っていた。小さな声で独り言のように。
「ソリス…、太陽の光を連想させる名をつけられた。やはり…」
その直後、リーナの顔が赤くなった。
「そういう…こと…。ヘルメス様のその言葉を利用された…だけ。アタシ、熱くなりすぎて神官長様になんてことを…」
熱くなりすぎて、大事なところを見落としていた。
そんなリーナは神の彫像のように容姿が整った男の後姿を、ただ茫然と見つめていた。
「ん、お姉ちゃん?」
「へ…?な、何?ソリス…って名前を付けたコルネル司教が全部悪い…んだって。レックスさん、アタシ謝らないと。早く案内してください!」
「へーい。それじゃ、こっち」
へ?何、今の。今のってそんな場面だった?
まぁ、分かるよ?確かに成程ってなったよ?あのゲームに出てきそうな白銀の長髪男が言ったのは、悪魔のような何かってだけ。
ソリスってこっちの世界だと太陽の光を連想、つまり太陽神アレクスを連想させる。
その名を付けたのはコルネル司教。だから悪いのはコルネル司教
…って‼そうはならんだろ‼
アイツも悪魔のような何かとは言ってるからね?アイツも同罪だからね?
ってか、なんでリーナに謝って終わりなんだよ‼俺に謝れ‼クソイケメン‼
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