第10話 やっぱり勉強が足りない

「ぎょーしょーにん…って?」

「おやおや、行商人を御存じない?」


 レックスと名乗った男。半身をマントで隠しているから、何を仕込んでいるか分からない。

 っていうか、今の二人の会話について行ける筈もなく、俺は観察することだけに徹していた。

 気を操るタイプの人物が現れた。ということは、つまり


『こいつら、感情によって戦闘力を変化させるタイプか!』


 っていう、カッコよい展開も異世界故に成立するということ。

 この俺がそんなド定番を見逃していた。ただ、気を練ることしか考えていなかったのだ。

 やはり、まだまだ勉強が足りない。


「ソリスはまだ、難しいことが分からないの」

「ふーん。それもそうだね。えっと、オレは遠くで買って、遠くで売る。その利ザヤで…。…ま、こういうのはいいか。オレはお店屋さんなんだ。買ったり売ったり、分かるかい?」

「おみせやさん…、うん。そっか…」

「そ。つまり…、オレが居れば」


 俺がそのカッコよいサプライズを持っていきたかった。

 もしかすると、戦闘力を測るタイプの機器もある…とか?

 

「そっか。ばれんしあに…」


 気の測定器があるに違いない。

 きっと、それで俺の言葉とかも、なんかこう上手い具合にやったんだ。

 つまり、俺の気を視覚化できる!


「え?なんでバレンシアが関係あるの?」

「ふぅん。言葉は知らないけど、想像力は豊かみたいだね。この子が言った通り、オレなら君たちをバレンシア地区に運べる。行商人には特別な権利が与えられててね。通行証さえ見せれば、他の領地にも足を踏み入れられるんだ」

「そっか。他の領地にも…。そこに行って、グラスフィールで起きていることを訴えれば!」

 

 リーナの両親はあそこに居ない。

 とは言え、七年も一緒にいた自分と同じ境遇の友は居る。

 家族にも等しい友は、これからもあの孤児院で生きていく。


 そりゃ、助けたいよな。でも…


 どんな言葉で伝えたらいいか分からなかった。

 そもそも言葉を知らない。

 そう思っていたら、その男が言った。


「君たちは孤児だったっけ。…でも、今は無理だろうね」

「どうして?あんなことが許されちゃいけない。アタシたちは何も悪いことをしてないのに、…悪魔の国に連れて行かれそうになって」

「…おっと、君たちは探されてるんだった。移動しながら話そうか」


 ここで、レックスの気配が変わった。

 やはり、さっきまでの力が感じられない。


 バレンシア地区に行くべきだ。そこの司教に話を聞きたい。

 俺の夢は『波』で終わらないのだ。だから、リーナの耳元で「今はばれんしあ行きたい」と囁いた。


「その、移動って…、バレンシア地区に?」

「そうだね。あそこは神聖な場所だし、少し領地の仕組みが違うし。」


 やっぱりこの男は周囲の警戒にも気を使っている。

 この男も厨二病少年だったのだろう。人類の男全てが憧れるのだから仕方がない。

 とは言え、今はまだ戦う相手じゃない。俺はまだ、修行編を迎えていないからな。


 なんて、俺の心の中はさて置き、話は進む。

 道のはずれにご丁寧に馬車が停められていて、男は革の帽子を取り、軽くお辞儀をして荷馬車に乗るように少女を促した。

 リーナは少し迷いながらも、彼の手を取って俺を抱いたまま、荷台に乗る。

 レックスは馬に合図を出して、パッカパッカと遂に動き出す。

 その男は、俺と話しても意味がないと悟り、ここから先はリーナだけに向けて話し始めた。


「さっきの続きだけどね…」


 一応言っておくと、俺も何を話しているのか大体は分かる。

 理由はリーナに抱かれたままだから。彼女の気の乱れが直接流れ込むから、言葉は分からなくとも喜怒哀楽系の感情は分かる。


「アタシは…、先ずは隣の領地の教会に駆け込んで…」

「でも、あれって本当に司教が考えたこと?シスターが考えたこと?」

「え…、それはそうです。だって」

「グラスフィール領の伯爵の考えかもしれないよ」

「だったら尚更!」

「えっと、逃げたのはソリスとリーナ。だから君がリーナだっけ。君の生い立ちを考えると心中察するよ」


 リーナの感情が伝わる。

 怒りの感情、悲しみの感情、やりきれない感情、これだけ揃えば俺にも分かる。


「何が…?」

「怒らないで。オレにどうしようもない。それにあの…孤児たちを引き渡す行いが悪いとは言えない。君たちにとっては悪そのものだけどね」


 彼女の怒りが俺の中に入ってくる。

 同じことが彼女の体に起きていたと改めて知ることが出来る。

 そして、今の俺にできるのは、彼女の胸に顔を埋めること。

 最初に恥ずかしがっていたのはどこへやら。少しでもリーナの心を落ち着かせない。

 リーナに怒って欲しくない。そう思うと、目から涙が零れ始めた。


「ソリス…?」


 ギュッと抱きしめられる。こんなにされたら息が出来ない…けど、それ以上に彼女は苦しんでいる。


「悪…よ。ソリスだって怖がってる」

「それはさて置こう。とにかく、遠くから見るとこう見える。平和に暮らす領民の為に平和に暮らす信者の為には仕方なかったって。最初は可哀そうって思うかも。…でも、自分たちの家族を、妻を娘を差し出すかって言われたら?」

「それでも…」

「君のご両親が生きていて、家族がいない孤児を差し出せば、戦わなくていいって分かっていたら?」


 彼女の戸惑い。気が荒れる。心拍数があがる、血圧が上がる、呼吸音に雑音が混じる。何を考えているか、言語化まではできないけれど。


 あの状況、教会どころか領主、それから領民の上層部が協力してたとしか考えれない。

 そして、孤児を育てるのにも自分たちの寄付金が使われている。

 もしかしたら領主も金を出していたのかも。良い食べ物や色んな生地があったのは、少しの罪悪感からかも。


「それは…。でも、エマ司教ならきっと」

「そうかもしれないね。それに君たちが連れて行かれなかったのは、エマ司教が何か取引をしたのかもね。例えば、まだ成長していない子供たちより、自分たちを連れていきなさい…とか」


 リーナの鼓動が止まりかける。

 俺はそのエマという司教を知らないけれど、彼の口ぶりでは女性。


 太陽神アレクスは男神、地母神エステリアは女神。地母神信仰の地では女が上の立場になれるのかもしれない。

 もしかすると、リーナの母も。


 俺は会ったことないから、分かるなんて言えないけど。

 でも、リーナの体温が急速に奪われていることは分かる。

 血圧が急降下するほどの精神的なショックを受けている。

 何か…、出来ない…かな。お姉ちゃんを励ますために


「因みに、今の領民の平和は崩れたかも。計画は失敗だから、戦いが始まるかもね。そうさせない為に、邪魔をした君たちを探してる。間違いなくリーナちゃんは大変な目に遭うし、男のソリスくんは酷い殺され方をするよ」

「…戦いが…始まる?そこで取り戻せばいいのに」

「真正面から戦えないほど、アレク国とは武力に特化した国なんだ。次の略奪では男はもっと殺される。大人も子供も関係なく…ね。そうさせない為の、供物が君たちだったんだよ」


 ボクにとってのリーナは守ってくれる大切なお姉ちゃん。


「それじゃ…、アタシのせいでリックたちがもっと危険に…」

「そうかもね。でも、君が戻ったところで変わらないよ。多分、最初の計画だと家族を奪われた男児の方は殺す予定だったし」


 お姉ちゃんの顔色がどんどん青くなる。ボクの大切なお姉ちゃん


 俺にとっては日々の独り言やらなんやらを黙っててくれた恩人。

 お世話になった人。いや大事な…、大事な妹‼

 だったら…


「リーナお姉ちゃん‼…ボクが強くなって、アレク国をやっつける。だから…」


 難しい言葉はまだ分からない。油断すると全部が伏字に変わる。

 それでも


「…ソリス、ありがと。お姉ちゃんも…強くなる…ね」


 気持ちは伝わった。だって、五年以上一緒にいるんだ。今だって気の流れで互いを認識している…、多分。


 相変わらず、このレックスという行商人の言葉は聞き取れないし、行動理由は分からない。

 一応彼は、教会からは離れるように馬を歩かせている。

 色々問い詰めたいけど、その言葉を知らない。


 やっぱり、俺はどこかで日本語を手放すべきだ。それか、同時通訳できるくらい頑張るか。

 ま、俺は運が良い。…ん、この言葉は?どこかで聞いた気もするけど、六歳にして勉強の意味を知っている。


 とは言え、やっぱりコイツは信用ならないな。


「オジサン…。ボクたち、かくれんぼしてなくていいの?」


 幌のない荷馬車に座っているだけだから、丸見え。

 関所が近いのか人通りが多い。

 グラスフィール卿にとっても、頭の痛い問題だから、関所だって当然危うい。


「あ、そっか。アタシのシーツを使えばいいよ。ソリス、手伝って」


 だが、こいつはこんなことを言った。


「オレはまだ十代…、ってそれはさておき。リーナちゃん。服はそのままの方がいい。それってバレンシアで暮らす女性の姿でしょ?」

「え?違いますけど。アタシ行ったことないし。ソリスも…、ほら首を振ってるし。…ん?何、ソリス」


 これは流石に目を剥くしかない。リーナはシーツをぐるぐると巻いただけ。

 だけど確かに、真っ白に漂白されたシーツを纏った彼女は、高貴な人間に見えなくもない。

 そして、何より彼女には。


「そっか。お姉ちゃんには『』も…」

「そう。リーナちゃんには『マリョク』もあるからね。堂々としていたらバレンシアの神官にしか見えないよ」

「アタシが神官?シンカンって…」

「もっと凛とした顔で。オレは行商人らしくへこへこしておく。あと、ソリスくん。余計な言葉を使わないように…ね」


 成程。だから、敢えて何もしていなかった。何かを隠そうと言う素振りの方が逆に目立つ。


 そして遂に俺は、今の会話の中で大きな学びを得ることが出来た。

 そっか。言語ってこんな感じに見につくんだろうな。今、俺とアイツの言葉が重なった。

 つまり日本語の『気』はアルテナ語では『マリョク※』と言うんだな。


 ※あくまで小説なので、こんな書き方をしてますが、日本語で『まりょく』と発音されている訳ではありません。

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