第7話 ロマンの御裾分け
ボールを投げると言うよりも、真っすぐ突き出すイメージ。
練った気を真っ直ぐに放つ。火がついたってことは、この世界は気が外にも影響を与えるということ。
即ち、エネルギー弾を両手のひらから放てるということ。
ドッガーンという激しい音と同じタイミングで俺は言った。
『わ、すまっは…』
あまりの気合いに、大きな声を出し過ぎた。もしかしたら食いしばっていたのかもしれない。
四つの白くて小さなカケラも一緒に飛んでいってしまった。
真ん中二本はぐらぐらしていたから仕方ない。
だけどその左右はあと半年か一年で生え変わるかなって感じだった。
比較的大きくて白いリン酸カルシウムの結晶体、四つの乳歯がエネルギー弾に巻き込まれて飛んでいってしまった。
リーナは乳歯が抜けたら渡してって言ってたのに。
俺もコンプリートを密かな楽しみにしてたのに…
「ソリス、血が‼レラ、ルーナ‼ありったけの水とタオルを‼」
「は、はい‼」
口から血が吹きたから、リーナが急いで駆けつけてきた。
だけど、こんな時に乳歯という単語が思い出せない。
因みに、アレクの悪漢どもはここから逃げた。
俺が放ったエネルギー弾は無事に命中したみたいだけど、よく考えたら怖い。
遠くの方で一人の背中に当たったけど、流石に体が爆散したりはしなかった。
爆散していたら、滅茶苦茶トラウマになっていた。
実験もせずに、生き物に向かってエネルギー弾を放つとか、絶対にやってはいけないこと。
これはヤバいくらいの凶器、流石に怖い。
「…こわかった」
「ソリス…、ゴメンね。お姉ちゃん、弟に守られちゃった…」
「は、ほれはった、ごめん…」
「無理に喋っちゃ駄目。それにまだ潜んでいるかもしれない。ソリスは無理をしないで」
守られたって、本当に?
俺の目には、リーナが舌戦を制してアイツらが逃げたように見えていたんだけど。
話している内容が全く分からなかったけど、多分それであってる。俺の魂がそう告げている。
最初から彼らの作戦は半分以上が失敗していた。
そしてリーナの舌戦は、それを狙った引き延ばし作戦だった。
「ううん。みんな、にげた…よ」
俺。気功術の扱いを愚痴ってただけだし。
その間ずっと、悪漢どもを前にリーナは大きな声をあげてたし。
俺が直接やったのって、縄の一部を気の力で燃やしたくらいだし?
たーんーでーんーって叫んでる間に、みんなが逃げていったのにも気付いてたし?
でも、そこに関しての後悔は一切ない‼
だって、初めての『波』だし?
必殺技の技名を省略しちゃ駄目。
ポンポンと連発するのは、少年漫画だと第三部くらいじゃないと
それでも、ここぞという時は長ぁぁぁああい時間をとる。
何なら過去回想とか間に挟んで、俺達をガッカリさせるヤツだ。
「ソリス…、凄い。お姉ちゃん、不甲斐なくてゴメンね」
だから、どう考えても悪漢を追い払ったのはリーナ。
だのに彼女は俺の小さな体を抱きしめた。その震えが伝わってくる。
いやいや、寧ろリーナが一番怖かったんだけど?
随分とドスの利いた声で、火事にするとか、火をつけるとか言ってたし。
「リーナ…おねえちゃん…」
勿論、それについては俺も考えていたこと。
終始、子供たちのピンチが続いていたように見えるけれど、どんなに逃げ道を塞がれても、火を付けたら俺達の勝ちだった。
確かに俺たちも危ないけれど、その時点で連れ去られエンドにはならない。
女を連れ帰るどころか、あいつら自身の命も危ないし、連れ去る筈の女が酷い火傷を負ってしまうかもしれない。
だから、火をつけると脅すのは大正解。流石はボクのお姉ちゃん。
「おねえちゃんがいてくれたから…だよ」
アレク国が男を攫わないのは、女が圧倒的に足りないから。
アレらの上司はアイツらが死んだって、人数調整くらいにしか思わないだろう。
それに計画が失敗したのはアレらのせいではない。命を賭して戦おうとはしない。
何のための孤児連れ去り作戦かって話なのだ。
全部俺の憶測だけど…
『ま…。いっか…』
ま、いい。いいのだ。
蛮族の国アレクなんてどうでもいい。俺はもっと違うことを考えるべきなのだ。
そう、俺はついに気功術でエネルギー弾を撃てた。それを思い出すだけで心が打ち震える。
俺の夢が、いや全世界の中学生の夢が叶ったのだ。この俺の両手がついにあの技を…
ダラァ…
そんな感じで俺は興奮状態。圧迫止血を忘れているから、唾液と混じって口の中が大変なことになっている。
六歳児が口を開ける度に血を吹き出す、一見すると大惨事が起きている。
でも、実際は乳歯が普通より早く抜けたせいで血がダラダラ流れているだけ。
とは言え、リーナにはやっぱり大惨事に見えたらしい。
「ソリス…。今はこれしかなくて…、…って‼ソリス、大丈夫?」
彼女は俺に綺麗なリネンのハンカチを差し出してくれた。
っていうか、思い返すと本当に危ない橋だった。俺が出来るってことはアイツらも出来るかもしれないってこと。
俺を男と見抜き、俺に魔法を使っていたらどうなっていたか。
アレらがストーリー序盤で出てくるような、弱めの悪党で助かった。
そんな感じに俺は意識を弛緩させた。その途端、視界が暗くなった。
耳も遠くなり、リーナの声も聞こえなくなる。
出血のせいで、ではなく調子に乗って気を放ったから…?
な!これは…まさか…
そして、ここで俺はついに思い出す。
全身の気を纏めて放つ気功術による必殺技があったという事実を。
その漫画では、それを放つと死ぬと言われていた。
あの三つ目のキャラの顔が浮かぶ。
つまり、これってそういうこと?
だから俺は意識が途切れる前に、最期に…言った。
「さよなら…て…ん…さ…」
□■□
「ソリス!駄目だよ!ソリス……?」
アタシは胸の中で蹲る少年を注意深く観察した。
ちゃんと胸は動いている。自発呼吸をしている。耳を当てると心臓も問題なく動いている。
つまり
「これ…寝ただけ…よね。ほんと、心配させないでよ。…でも、それはそっか。こんな時間まで、起きてたことないもんね…」
男児は最期のセリフを間違えた、なんてリーナには分からない。
ただ、死んでいないことは分かる。
六歳児の体が限界を迎えていただけ。普段の生活では、ソリスはちゃんと六歳児なのだ。
だから彼は自分の意思に関係なく、体力の限界を迎えるとストンと眠りに落ちる。
「うん…。吐血も大したことないみたい…」
悪漢どもが灯りを全て持って逃げたから、今は月明かりが唯一の光。
オレンジ色ではなく、青白い光が血塗れの少年を不気味に映し出す。
それから、リーナと同じテリア人の少女二人も同じ明るさで照らされている。
「もう…、だい…じょ…ぶかな」
「リーナさん、わたしも…」
レラとルーナの声もとても眠そう。
アタシも、こんな遅くまで起きていたことはないし…。
お父さんとお母さんが居た頃は…、ううん。
こんな時間まで起きてたら、絶対に怒られるし
「アタシも眠いよ…。…でも、頑張ろう。ソリスが頑張ってくれたんだし。まだ油断は出来ないし…」
「あ、足音!」
「ほんとだ」
二人は同時に入り口を指差した。
そこで漸く、アタシも気が付いた。
ドタドタと廊下から、一人や二人ではない足音が聞こえる。
しかもどんどん大きくなる。それでもソリスは静かに寝息を立てている。
それほど疲れたのか、衰弱しているのか。
「リーナ!無事か?少し前に凄い音がしたけど…」
「って良かった!レラもルーナもここにいたんだ」
ナイトは遅れて登場、と言わんばかりに年長組の少年たちが駆けつけた。
その後ろには十歳くらいの少年たちの姿も見える。
「え…?」
本来なら安心する状況。だけど、私は両肩を跳ね上げてしまった。
狙い通りに事が運んだ。でも、これが本当に正解なのか、と。
ソリスを抱えて、心の中で私は頭を抱えた。不安が心臓をギュッと掴んで離さない。
そしてアタシの口が彼らに問いかけた。
「せ、先生は何処…?」
「心配しなくても後から来るって」
「司教様もエイリス先生も準備が出来たら来てくれるってさ」
「そ、そうなんだ…」
ここで何があったかをロイドとリックは知っているのだろうか。
彼らの中ではただの続き?あの続きでしかないなら、とてもまずい。
ソリスは悪魔の子で、ソリスのせいで避難が出来ず、仕方なく先生を呼んできたのだとしたら…
次はアタシが守らないと…
「リーナ、何処へ行くつもりだ」
「何処って…、眠いから部屋に帰るだけだけど?」
先ずは逃げる。でも、アタシが横を通り抜けようとすると、二人の男が邪魔をした。
片方はまだまだだけど、もう片方のリックの方は随分と身長が伸びている。
同じく成長期を迎えたとはいえ、男の彼の方が体が大きいし、腕も長い。
流石に簡単に捕まってしまう。
というより、通してくれない。
でも、通さない理由が見当たらない。それはある一つの考えを除いて、だけど。
「駄目だ。先生が来るまでお前は待つんだ。レラとルーナは行っていいぞ。でも、後で呼ばれるかも。詳しく話を聞きたいってさ」
「一体何の話を聞きたいのよ?ここでアレクの悪漢に襲われたの!それで十分でしょ?」
「お前には言ってない。レラ、ルーナ、部屋に戻れ」
やっぱり、そうだ。でも、それならレラとルーナだってこっちの味方だ、とアタシは思った。
勿論、二人は兄には逆らわない。だから、言うことを聞くしかないのだけれど。
それでも、同じ感覚を共有できる、と思っていた。
だけど、レラとルーナはすれ違い様にこう言ったのだ。
「うん。…えっとリーナさん、助けてくれてありがとうございました」
「リーナ、アナタの勇気に感謝…します。…えと、先に寝る…ね」
そして、アタシは目玉をひん剥いた。
どうして感謝の対象が自分なんだ、とギョッと睨む。
でも、あの二人はその言葉で一区切りがついたと思っている。
何となく分かる。だって、七年も一緒に過ごしているから。
「って、お前。どうしたんだよ。突然いなくなって」
「確かにソリスは可愛い弟かもしれないけどさ。今回のはどうしようもないって」
アタシが茫然と立っていると、少年二人がそう言った。
やっぱり…、気付いていない。
でも、コルネル司教とシスター・エイリスは間違いなく気付いている。
これってどういうこと?
レラとルーナの反応、それに少年二人の反応。
「なぁ、リーナ。そいつと俺らは違うんだ。そいつには父親も母親もいる」
「知ってる…、そんなの関係ない。捨てられたんだから。もしかしたらソリスはアタシ達よりも辛いかも」
「さぁ、どうかな。悪魔の子だから何も考えてないんじゃない?親がいないって泣いてるとこ、俺は見たことないんだよな。それっておかしいよね?」
ロイドの言っていることは正しい。ソリスは両親を失った訳ではない。
そしてリックの言っていることも正しい。その件でソリスが寂しそうにしているのを見たことがない。
同じ部屋で寝て、同じ部屋で起きているにも拘わらず、アタシが見ていない。
「それは…、多分我慢を…」
「どうかな。悪魔の子だから捨てられた」
「リーナの気持ちは分かるんだけど…さ」
アタシもレラもルーナもリックもロイドも他の子も…、最初は帰ってこない両親を求めて、ずっと泣いていた。
でも、ソリスはそんな素振りを全く見せない。
アタシが言ったことだけど、彼は我慢しているように見えない。
自分を捨てた両親のことを、本当に気にしていない。どうして…?
もしかして、アタシがおかしい?アタシが勝手に…
ほんの一瞬だけ、自分を疑った。その時、金髪の男児は口をもごもごと動かして、小さな声で囁いた。
「おね…ちゃん…。ボクのは…いい…よ」
それを聞いて、アタシは弟を思わず抱きしめた。
元々抱えていたので、ギューッと圧し潰す。
いつの間にか起きていて、今の話を全部聞いていて、アタシのことを心配して…
悪漢を撃退出来たのは、間違いなくソリスのお蔭なのに…、アタシは自分がおかしいのかもと、刹那の時間だけど思ってしまった。
ただ…
「スー、スー、スー」
あれ…?寝てる?今のって…もしかして寝言?
「はぁ、分かったよ。リーナ。お前だけは通してやる。だけど悪魔の子供は駄目だ」
ロイドは言った。
「俺達は見てないけど、悪漢が来たのなら悪魔の子が呼んだのかもって司教様が仰られていた」
リックも続けてそう言った。
でも、アタシはそんな二人の話を聞いていない。
アタシが聞いたのは…
「うーーん。おね…ちゃ…も、『
彼の寝言の方。
「こんな…ことも…出来る…よ…。スースー」
——不可解な言葉が混じる、弟の声だった。
ドクン‼
そして、アタシの何かが大きく脈打った。
「いいの?…それじゃ、お姉ちゃんも使わせてもらうね」
「おい‼悪魔の子に耳を傾けんなって‼」
「リーナまで罪に問われるぞ‼」
何を言っているのか、分からない。
だって、ここは貢物を育てる為の孤児院だ。
「ちょっと考えれば分かることなのに…」
それでも、どうしたらいい?ってアタシだって思ってたけど
力があればって…、何度思ったことか
「やっぱり、これって魔力…。やっぱり神様の力!…地母神エステリアの息子、風の神フィーゼオ様。アタシたちに追い風を下さい‼」
やっぱり弟と過ごした毎日を振り返る必要がありそうだ。
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