第5話 男児は女攫いと対峙する

 女子を避難部屋に閉じ込めて、男子にそこを守らせる。

 男子は連れ去られたりしないから、女子を守ることが出来る。


『あの時、こんなことを教えてたんだな』

「おい。なんで、こいつが火種を持ってる‼」

「知らないわよ。ソリス、早く消しなさい‼」


 今度は流石に子供たち全員の動きが止まった。

 攫われない為に避難しているのに、目立つ灯りを持って移動なんて考えられない。

 現に教会と修道院は灯りを消している。


「おとこ…ころされ…、おんな…さらわれ…る。にげないと…」


 日本語脳だから、いつもよりもカタコトになってしまう。

 しかも紡いだ言葉はグロテスクなもの。だからこそ、一層不気味な子供に映る。

 ランプを片手に奥へ奥へと歩く子供。ここまで来ると流石に…


「男が殺される?何を言って。ってか、不味いって。ここの存在がバレる。どうしよう、ロイド」

「どうしようって…、そんなの分かる訳ないだろ…」

「きょーかい…おとな…いって…。ボク、ひなんへや…いくって」


 トントンと廊下を蹴りながら、ランプ片手に少年が行く。

 炎でオレンジに見える髪がその度にふわふわと浮く、子供の形をした妖怪だと言わんばかりに。


「仕方ない。避難場所は変更だ。別の部屋…」

「どこだよ?あそこは水と保存食を置いているんだぞ?」

「だったら…教会に向かいましょうよ。今はそれしかないじゃない」


 そして漸く、少女が聞く耳を持ってくれた。

 っていうか、当たり前の判断。蛮族が女を攫いに来る。子供だけでどうにかしようって無理がある。


「はやく…はやく…、ボク…はこっちいくね」

「私たちも行きましょう。先生に報告しないと‼」

「あ、あぁ。そうだな。やっぱ、ソリスは悪魔の子で俺達の避難の邪魔をしたって」

「急ごう!みんな、行くぞ‼」


 子供たちが逆方向に走り出す。

 灯りを持っているから良く分かる。ちゃんと皆、避難予定部屋から避難している。


 但し、これで…


『はぁ…。俺は悪魔の子で決定…だな。んで、遂にはアルテナ追放…』


 0歳児からやっていた自業自得が完成する。

 けれど、不思議と不安はなかった。だって、俺は赤子の時の思った筈だ。

 どうして人間は他の動物の様に、動ける状態で生まれてこないのかって。


『ここまで育ててくれて有難う…って感じ。でも…、ここって異世界なんだぜ』


 やっと異界言葉縛りから解放されて、日本語も解放された。

 しかもカタコトではあるが、アルテナ語も話すことが出来る。


『国は一つじゃないらしいし、ここは国の端っこらしい。六歳児だってその気になれば…』


 と言いかけたところで俺の足が止まる。


 ドン‼ドン‼と現在進行形で、襲撃中の建物の中で何をしようと言うのか。

 更には光源を持っているから、子供はここに居ますよとアピールをしている。


 って、違うから。


 俺が足を止めたのって、そういう理由じゃないから。


『アレか。おしっこどうするとか、下半身丸出しとかその辺も意味があったってことね』


 俺は結果的におかしな奴アピールしたんだ。だから、丸出しで垂れ流すが正解だった。


 つまり、迷っている時間が無駄だったってこと‼


「…えと、レラ…さんとルーナさん?どうしてここに」

「ひ…、この声。ソリス…君?」

「…ど、どうしてって…。なんで誰も…来ない…の?何か…あった…?それに今の言葉は」


 怯える二人の少女を見つけて、俺の顔は引き攣り、足は固まってしまった。

 年長の三人が居たからって、その後ろに全員がいることにはならない。

 特に年長といつも一緒にいる二人は、その意識も高い。

 責任感の強い三人は全員に目を配らないといけないから、行動が遅れてしまう。


 俺は避難訓練も呆然としてるだけだったけど、この二人は全然違う存在じゃないか…


 役割を与えられていてもおかしくない。例えば、先にここに来て部屋の奥へと誘導する係とか。

 単に安心させるためとか。他にも多分考えられる。即ち、狼煙を見つけて速やかに報告するのが正解だったらしい。 


『子供たちの命が掛かってんのに、お漏らしの心配をするのが悪い。ってか、あのタイミングのトイレって死亡フラグだよな』

「な…なに。何を言っている…の?」

「あ、えと。きょーかい、ひなん、みんな」

「ど、どういうこと?だって、ここが…」


 また振り出しと思った。だけど、そんなことにはならなかった。


 その時、ガシャン‼

 しっかりと鎖を巻きつけたの鉄格子が根元から外れた。

 更にダッダッダッダッ…と、背後からかなり大きな足音も聞こえる。


『クソ‼早く逃げ…、いや、後ろからも⁉』


 正直に言おう。俺は後ろから来るとは考えていなかった。

 ここまで練った作戦なんだから、欲しいものだけを持っていくと思っていた。

 勿論、抵抗はあるだろうけれど、払える程度しか払わないと考えていた。


 何なら、このランプの火で建物を燃やせば、上手く逃げられるかもってのも考えてたんだけど…


 だけど、実はそのどれもが違っていた。

 彼女のあの言葉を、あの時の潔さをちゃんと考えるべきだった。


「ソリス‼皆、教会に避難で来たよ‼後はアタシが‼」

「え?お姉ちゃん?」

「リーナさん‼」

「リーナ‼」


 俺は正面の鉄格子のことなど忘れて、その声に目を剥いていた。

 当たり前のことを忘れていた。彼女の耳は間違いなく異界の言葉を聞いている。

 だけど、今までずっと黙っていてくれたのだ。


「レラ、ルーナ。やっぱりここに残っていたのね。さぁ、早く…」


 リーナは俺の行動の真意を見抜いていた。

 彼女には悪魔の子のフリなんて通用しなかった。

 でも、遂に。


「あ?こりゃ、どういうことだよ、ギレイ」


 悪党の登場。彼らは堂々とランプを掲げているから、おおよその人数まで分かる。

 思った通り男だけの少数部隊。とは言え、10人以上はいる。


「知るか、ガレイ。女がたったの四人しかいないな」

「アレクの蛮族…。人攫い…。こっちに来るな‼レラ、ルーナ、こっちへ」

「おぉ、おぉ。怖い顔してんなぁ。お嬢ちゃん。俺達は悪いもんじゃあねぇぞ。信じる神も同じ。太陽神アレクス様の為に泰平の世を作ろうって考える敬虔な信徒だ」


 この程度の会話も、今の俺には解読が難しい。

 それでも流石によく耳にする言葉は聞き取れる。

 クーデター、離反、謀反を起こす為には、大義名分を掲げる必要がある。

 そして、西国アレクは太陽神アレクスを最高神に掲げることで国の形を取ろうとしている。

 多神教国家アルテナ神国は、地母神エステリアを信仰する地域が圧倒的に多い。

 その考え方に反する者を取り込むことで、人を集めている国。

 そして、彼らが太陽神アレクスを信仰しているから、リーナはアレクスのことが嫌いだったってこと。


「あ?ってか、アルテナ人じゃん。まだ、幼いけど、こいつは上物だぜ、兄貴」

「ソリスにも近づかないで‼ソリスはアタシの弟よ‼」

「は?テメェは何処からどう見てもテリア人じゃねぇか。アルテナ人ってなこんな感じで金髪なんだよなぁ、嬢ちゃん?」

「ソリス、逃げて。それか男って証明しなさい」

「バーカ言っちゃいけねぇよ。その手は使い古されてんだよぉ。俺は男だ。だから連れてくなって嬢ちゃんが何人もいたぜ?」


 アレクの男たちが捲し立てるから、リーナも同じくらいの速さで言葉を紡ぐ。

 捲し立てている理由は簡単。気を引きつけて逃げ道を塞ぐため。

 そして、早口で話しているから、やっぱり俺には聞き取れない。


 だけど、なーんとなくは分かる。なーんとなく、彼らの気持ちが分かる。


 海外ドラマ見てて思う。時に女児より男児の方が…(自主規制)

 でも、成長すると…(自主規制)

 鏡で自分を見ていると…(自主規制)


『そういうのは自主規制なんだよ。男児にそういう目を向けるのも犯罪だぞ、このド変態野郎‼』


 そしてここで鎧を身に纏った男たちが、一斉に目を剥いた。

 勿論、今ので男と分かったわけでも、ド変態が伝わった訳でもない。


 何も伝わらなかったから、ギョッとしたのだ。

 勿論、レラもルーナも。だけど、やっぱりリーナは顔色一つ変えていない。


「そういうことよ。アタシ達にはエステリア様がついているの‼」


 とは言え、聞き取れている訳ではない。


『男ばっかでむさくるしい国なんだろ。あれか?古代ローマの真似事か?サビニの女たちに期待して、無謀な計画を立てたってことだろ?』

「エステリア様が怒っているわよ。さっさと帰りなさいってね」

「けっ。ガキの妄想かよ。エステリアがそんなに偉いのか。太陽がなけりゃ、作物は育たねぇだろうが。男が耕さなきゃ、食えねぇだろうが」

『サビニの女たちの説明だとさ。前時代だとそういうのは良くあるで済ませてんだよ。だけど、偉い哲学者様はローマも結局は簒奪者って言ってるの、分かるか?』


 だから会話は全くかみ合っていない。

 俺も会話を聞き取れないから、リーナがそんな風に思っていたなんて気付かない。


「ガレイ、ギレイ、時間を掛け過ぎだ‼女神の真似事するガキの言うことにイチイチ噛みついてんじゃあねぇ‼」


 予定人数より少ないのだから、彼らが練りに練った計画は半分以上失敗。

 そして、子供たちが逃げている以上、時間は彼らの味方ではない。


「わーってるよ‼」

「ひ…」

「いや…」


 そしてついに男たちがランプを反射する鋭利な得物を取り出して、本格的な威嚇を始める。

 勿論、女が欲しい以上はむやみに傷つけたりはしないのだが、そもそもが大人たちが寄り付かない孤児院。

 そこに武装した男たちが入ってくるだけで、少女たちは恐怖する。

 勿論、俺も同じく…、と思いきやそうではなかった。


『ま、俺の悪魔の子認定は覆らないだろうし?試したいことがあったから別にいいんだけど?だって、ここ。異世界なんだよな?で、なんでこの世界は文明が進んでないのか…、そこんとこ教えてくれない?』


 俺が悪魔の子と言われていたのは、異界の言葉を喋っていたからだけではない。


「な…んだ、このガキ…」

「だから言ったでしょ?ソリスはエステリア様が遣わした神の子なの‼」


 クンと頷く少女。彼女の顔を見て、あぁやっぱり気付かれてた?と再確認する俺。

 俺が不気味がられていた理由、それってつまり…


『俺、やってみたかったんだ。折角だから実験台になってくれ、少女攫いの犯罪者のオッサンたち‼』

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