第2話 「激闘」
そんなエプロン地獄から始まった一日も、終わりに近づいていた。
現時刻は、午後8時過ぎ。
場所は高校4階、図書室前。
図書室にて、一人で勉強していたはずだったのだが、いつの間にか寝てしまっていた湊は、完全に学校に取り残されてしまっていた。
いや、司書さん起こしてよ!!、と心の中でツッコミを入れる湊だったが、よくよく考えみれば、あんな場所で寝ている自分が悪かったのだと、納得するに至った。
「とはいえ、じいちゃん怒ってるよなぁ……もう8時だし………」
それよりも気になったのが、照史のこと。早く帰って来いと言われたのに、こんな時間。
絶対に、カンカンに怒って待っていることだろう。
なんか……帰りたくねぇ……。
と、思った矢先だった。
プルル…プルル……プルル…
と、湊のポケットから呼び出しの音が鳴ったのは。
この音は祖父である照史のものだった。
帰ったら話があるって言ってたけど寄り道してないことの確認かな?
そう思った湊は、ポケットのスマホを取り出して応答する。
「はい、じいちゃ………」
「湊!!今すぐそこから離れるんじゃ!!」
「えっ!?」
ドクンッ
刹那、心臓の鼓動が身体中に響いた。自身の背後から、これまでに経験したことのないプレッシャーが襲いかかってきた。
"いる"
何かがそこにいる。
今すぐに振り返って確認したい、振り返って真実を知りたい、そこに何が、誰がいるのか知りたい……。でも、振り返ることはできない。脳が命令しても、身体がそれを拒否している。それほどまでのプレッシャー……。耳に当てていたはずのスマホは、スマホを持っていた右手と共に項垂れている。スマホからじいちゃんの声が鳴り響いているが、湊はそれを気にしている余裕がない………。
そしてー
「お前が緋神湊だな?」
声がした、これまでに聞いたことのない低い声が…………。何か答えなければ……何か、何か、何か………。
「あ……」
絞り出した一声、恐怖で掠れて、口から言葉が出てこない………。
「ま、いいか、確認は後で。殺してから判断する方が早いし……」
「!?」
驚いている暇さえなかった………。最後の言葉を聞き取る前に、湊は自身の身体がものすごい衝撃を受けていることを感じると同時に、廊下の床が目の前に現れた。
そのまま湊は廊下に叩きつけられ、ゴロゴロとおむすびみたいに転がっていく……。
「グッ……」
そんな声が出た。だが、その痛みのある声とは裏腹に身体への痛みはそれほどでは無かった………。どれくらいかというと、今すぐに立って、全力ダッシュをかませるぐらいには平気だった………。
「さすがは蟹……外骨格があるおかげで相当硬いな………」
そう言いつつ、ヤツはうつ伏せで倒れ込んでいる湊へと近づいてくる。その容姿は、未だに捉えることはできていないが、その言動と力強い歩き方で、トドメを刺しに近づいていることは感じてくる。
「蟹……だと……」
が、それよりも湊が気になったのはヤツが言い放った"蟹"という言葉だ。全くもって意味が不明である。
(蟹がどうしたのさ。蟹に恨みでもあるのか?僕、蟹じゃないんだけど………)
と次から次へとツッコミが浮かんでは消えていく。
「まぁ、いくら蟹といえど、ここまで至近距離からの攻撃なら、ひとたまりもないだろう……」
逃げるんだ!!今すぐに立ち上がって逃げるべきだ。感覚がそう告げているのが身にしみて感じられるが、身体が動かない………。これが恐怖なのだろう、痛みはそこまで感じていないが、間違いなくその心には、恐怖という名の痛みが刻み込まれているようだ。
「!?」
そんな恐怖で動けない湊にどんどん歩いて近づいてくるヤツだったが、急に走り出し始める。(動けない僕にトドメを刺すのなんか、急がなくても良いはずなのに………)と、思ったのも束の間……湊の身体は、誰かによって抱き抱えられる。
「大丈夫ですか?」
攻撃を仕掛けるも、目標である僕を捉えることが出来なかったヤツは、そう僕に声をかけてくる爽やかそうな少年を恨めしそうに見ていた。
「え!?あ……はい。ありがとう……ございます……。貴方は?」
「俺?俺は
と、またもやわからない単語を含んだ自己紹介を、湊はお姫様抱っこをされながら聞くのだった。
○
お姫様抱っこから数分。
「湊くん、そろそろ一人で走れますか?」
そう健吾は湊に囁いてきた。お姫様抱っこされて走ってるので、耳と口が近いのだ。
現在は校舎の3階。ここは、渡り廊下になっていて、体育館へと通じている。
「え、ええ。走れますけど……あの、おろしてもらってもいいですか?抱えられたままだと走れないので……」
「あ、あぁ。そうですね。では、僕が合図を出したら直ぐに体育館の方へ走るようにしてください。体育館に着いたら、照史さんへ電話をかけながら、学校外へと脱出してください!真実は全て照史さんが話してくれますから」
そう言いながら、健吾は湊を下ろして立たせる。
そこでやっと、湊は健吾の容姿を正確に確認できた。
(助けてくれたのはありがたいけど……旧日本の軍人みたいな服に刀………んー、展開についていける気がしない………。)
「じいちゃんが……分かりました。合図、お願いします……」
と、体育館の出入り口を見ながら答える。この際、格好のことについて考えるのは二の次だ。
彼の作戦に、成功性があるのなら、賭けるしかない……。出口までの距離はおよそにして200m前後。中学は陸上部……ブランクを考えると、25秒程度でしか駆け抜けることはできない………。
その速さで、ヤツを振り切ることができるのか?
一応、健吾と呼ばれた人が護衛をしてくれるみたいだが、彼がどれほどヤツを抑えられるのか分からないし……。
そんなことを考えていると、4階の廊下を突き破り、健吾と湊の目の前に、ヤツが降りてくる。
そして、目をグルグルと一周させると、一言。
「いつのまにか囲まれていたか……。これは迂闊には動けんな。ん?だが隊長クラス特有の気を感じない………。ふむ……、デニスに引っ張られたか」
「へ、ここに副隊長がいますけど?」
「副隊長ごときで俺は止められん………さっさと緋神湊を渡してもらうぞ……」
と、例のスピードで突っ込んでくる。
「今です!!走って下さい!!」
健吾からの合図、湊は背後で刀が交わる音を聞きながら、決して振り返ることなく体育館へと走るのだった……。
●
「じいちゃん!?」
あれから数秒経ち、必死の限りで渡り廊下を走り抜けて体育館に着いた湊の前には、照史が立っていた。
既に彼の息は上がっており、相当急いで高校まで来てくれたのが目に見える。
「湊!?無事だったのか!?」
体育館の扉を開けると、すぐに照史が駆け寄ってくる。
「うん、何とか。副隊長?の健吾さんのお陰で。それで、あいつは何なのさ!?真実はじいちゃんに聞けって!?」
「焦るな空、一旦落ち着くのじゃ。呼吸を整えろ。」
「はぁ、はぁ、はぁ………。大丈夫……じいちゃん…」
「時間がないから、率直に言うぞ。わしらは蟹の血を受け継いている蟹の一族じゃ。そして、お前を狙った連中、ヤツらは猿の血を受け継ぎし猿の一族じゃ。わしらとヤツらは何千年前から合戦を繰り広げておる、これが俗に言うさるかに合戦じゃ。そして今、その合戦は混沌を極め、お互いの一族を根絶やしにするまで戦いを続ける全滅戦争状態へと陥っている。だからお前は狙われたんじゃ、蟹の一族じゃから!!」
「は?へ?じいちゃん、全く意味がわからないよ!!猿とか、蟹とか、合戦とか、戦争とかさ!?冗談きついよ!!」
「それが真実じゃ!!すぐに受け入れろとは言わぬ!!だが、現在進行形で湊!お前の命が狙われるんじゃ!?深くは考えなくてもいい!!まずはこの家から逃げることが最優先だ!!だから湊!わしについてこ……………!?」
刹那……あの気配がした……。先程図書室前の廊下で感じたあの気配……来る、猿が!!
「湊!!!」
その気配を感じ取れたのも束の間……照史が湊を押しのける形で猿と接触した。
「グッ………」
凄まじいスピードだったのだろう、照史はそのまま体育館の壁を貫通し、中庭の方へと猿に押し込まれて行く。
「じいちゃん!?」
湊はすぐに中庭へと降りていく。
ほんの数十秒だったはず……一分も掛からなかった………なのに………
「じ、じいちゃぁぁぁぁん!!!??」
湊が中庭へと駆け込んで初めに目に入った光景は、地面へと拳を振り下ろし終えた笑顔の猿の姿と、その拳にお腹を貫かれた照史の姿だった。
「へ、このジジイ弱いったらありゃしねぇ!!それでも蟹の一族か?あぁん?全く歯応えがなさすぎるぞ………折角ここまで来てやったと言うのによぉぉ!!!」
「じいちゃん!!しっかり!!」
「おっと!!行かせはしねぇぜ!!お前が本当のターゲットだからなぁ!?あの副隊長ってやつも、このジジイも弱すぎる!!お前はターゲットなんだろ!?勿論、強いよなぁ!?」
照史の側へと向かおうとする湊に向かって何かを投げながら、そう叫ぶ。中庭の地面がその投げてきた何かによる摩擦によって焦げて煙が上がる。
(なんてスピードで投げるんだ、アイツは!?これは、石……なのか?あんなのが体に当たったら即座に貫通してしまう………くそ、じいちゃん……)
「おいおい!!何だよ!!何もしてこねぇじゃねーか!!早く
「刀!?そんな物………ん?すぐ近くに刀がある……これで……」
(気配で分かる……ある程度の石の位置が……これも蟹の力なのか………これなら投げられても避けれる。さっきもヤツの攻撃は、僕の肉体に大きなダメージを入れられなかったし……だが、直撃はまずい!!全身でビリビリ感じるぞ……)
その後、3発の石を回避すると、僕は畳に落ちている刀を拾う。
(暖かい………何か、僕を包んでいるみたいだ………)
「お前の刀はねぇのか?そんなジジイのオンボロな刀なんぞ構えやがって!?」
「!?」
(これ……じいちゃんのなのか……そういえばじいちゃんも蟹の一族って言ってたし……でも、この刀から感じる……じいちゃんはまだ生きてる!!早いところこの猿を倒してじいちゃんを病院に連れて行かないと!!ん?病院でいいんだよね……)
「そ、ら……ダメじゃ……逃げるんじゃ……何も鍛錬もしていないお前じゃ猿には勝てん……」
照史はその力を振り絞って湊へと語りかける。
「でも!!」
(逃げられない………じいちゃんを残して一人で逃げるなんて……僕には出来ないよ!!)
「ジジイ!!うるせーんだよ!!雑魚は黙っとけ!!」
そんな湊の思いも叶わず、ヤツは照史へ拳を打ち込んでいく……。
「ガッ!!グッ!!」
「辞めろぉぉぉぉぉ!!!」
その様子に耐えられず、足が動いた!!早すぎると自身で認知できるほど、凄まじいスピードで駆け抜けた………。
石を全て避けながら、そのスピードで空は照史を抱き抱えると、その場から中庭の端まで避難する。
(まずい……中庭から出ようにも、何かが出るのを阻んでいる……これも猿の力なのか!?)
「ほう、やるじゃねーか、ターゲット。でも少し遅かったな」
「何がだ!!!?」
「みな…………と………」
「じいちゃん!?あぁ、こんなに血が……急いで止血しないと……えっと……どうすれば……」
「もうええ、わしの命はここまでじゃ……だから最後に一言だけ…………湊お前はわしの……自慢の孫……じゃ……」
その瞬間、湊の脳裏には沢山の照史との思い出が鮮明に蘇った。物心ついた時から両親はおらず、この祖父である照史が懸命に自身を育ててくれた……。食事は洗濯、掃除など、はじめは出来なかったことも努力して出来る様になってくれた……全ては自分自身、緋神湊のために……。
「じいちゃん………ありがとう、忘れない……」
湊はそう告げると、猿へと向き直った……。
(ヤツは絶対に許さない……絶対にだ!!!)
「お別れは終わったか?なら俺と戦おう!!お前のその速さ!!感激だ!!ターゲットとされるだけのことはある!!さぁ!!ん?」
だが、猿は戸惑った……祖父を殺された恨みから、血の気あふれるターゲットが、自身と最高の戦いを繰り広げる、そんな展開を予想していたからだ。
だが、実際は違った。そのターゲットは、猿に向き合って刀を構えていたが、その目に光は無く、ただ絶望し、諦めている人にしか見えなかった。
「は??はぁ……拍子抜けだ……。完全に光を失ってやがる……なんか気分も一気に冷めたな……よし、殺そう……あの方から言われたターゲットだし、殺しとかないと、俺が殺されちまうからな……あーあ、今日は楽しく無かっ………!?」
猿は油断していた……だが、決して警戒を怠った訳ではない……には自身の得意とする進入を阻止するための結界を張っていたし、ターゲットは勿論、ジジイにも気を配っていた……なのに!!
「何故俺は腕を切られているんだ!!!!」
急に右腕に感じた痛み、猿がすぐに確認すると、そこには腕がなかった……
「こいつを探しているのか…?」
「!?」
そして中庭のバルコニーの手すりの上、猿の右腕を持って猿を眺めている少年が一人……そう、あのターゲットだ。
だが、やはりその目に光はなく、死んでいる……。
「ほう、やるじゃー……!?」
「おい、今のお前に喋っている暇はあるのか?」
(な……何が起こった!!先程のは百歩譲って仕方ないとしても、この完全に戦闘態勢を取っている俺に気配を感じ取らせず左腕も斬り取られるとは!!)
「グッ!!ヴォォォォ!!」
「へぇ、その腕、再生できるのか?それも猿の力なのか?でも関係ないか……」
「へ、強がるのも……!?なに!?両腕を!!」
再生したのも僅か数秒、次は両腕が同時に斬られてしまう。
「じゃ……消えろ!!!」
それに気を取られていた猿は、自身の背後、自身の頭上にターゲットがいることに気づくことが出来なかった。猿はその言葉に反応を示すことが出来ないまま、首を斬り落とされた。
パリン!!!!
その瞬間、中庭を封じのめていた何かが壊れると、一人の少女が介入してくる。
「猿の匂い……ここかしら?」
「新手の猿か?……すぐに仕留める……」
「!?」
(僕の攻撃が……防がれた……。というかこの人、健吾さんと同じ隊服を着ている……誰だ?……!?)
そんなことを考えている矢先、湊はその人からかかと落としを喰らわされて気絶してしまう。
「びっくりした……。猿かと思ったけど、彼は緋神湊よね?」
気絶した少年を見ながら、写真と照らし合わせる。3回くらい繰り返すと、本人だと断定し、現場を見渡す。そこには、血を流して死亡しているおじさんと猿がいた。
「このおじさんが………猿を倒したのかしら?それとも……彼?」
「隊長~!!待ってくださ……いよぉぉぉ!!!あぁぁぁ湊くん!!大丈夫!!あ、気絶してるだけか……良かった。俺があの猿を止められなかったから心配してたんだ」
全身ボロボロになった、半開きの目を懸命に開けている健吾が、中庭へと入ってくる。
「副隊長……その怪我……って猿を逃したの?」
「あ、いや……ええっと……」
「じゃあ報告書…頼んだ……じゃ、私は彼を連れて先に帰るから………」
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